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乾貴士は断っていた。現地取材で見えた「安倍晋三・スペイン国王晩餐会」招待の真相。

豊福晋ライター
定位置を確保した乾はゴールという結果を求め続けている。(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

エイバルの乾貴士が、安倍晋三首相、スペイン国王らが参加する晩餐会に出席するため帰国し、リーガ2試合を欠場するー。

スペインで3月30日に広まったこのニュースはすぐに日本にも伝わり、議論を呼んでいる。両国とも、メディアやファンの反応は“乾はリーグ戦を2試合休んでまでこの会に参加するべきなのか?”というものだ。”拒否すべき”との声もあり、中には”乾はなぜシーズン中なのに行きたがるのか?”と批判するものもあった。

誰が、なぜ乾の晩餐会参加を望んでいるのかー。

それはスペイン国王なのか、安倍晋三首相、あるいは外務省なのかー。

そして乾を引き抜かれるエイバルの監督はどう考えているのかー。

憶測が溢れる中、エイバルの幹部とPR部に取材をすると、いくつかの真相が見えてきた。

はじまりは3月中旬のある日のこと。日本からのファーストコンタクトは突然だったという。

エイバル広報部の電話が鳴る。相手はマドリードにある在スペイン日本国大使館員だった。彼は、日本の外務省が安倍晋三首相とスペイン国王フェリペ6世、レティシア王妃らが参列する晩餐会に乾を招待する意向である旨を伝えてきた。そしてクラブのアマヤ・ゴロスティサ会長に繋ぐように求めたという。

外務省の命を受けた在スペイン日本大使館がエイバル側と接触したわけだ。

それではなぜ、外務省は乾を望んだのか。

2004年よりエイバルの幹部を務め、現経営陣の中で一番の古株となるアグスティン・ライダルガは言う。

「スペイン国王が来日するということで、日本政府は乾にスペインと日本をつなげるような存在となること、アンバサダーとしての役割を求めてきました」

スペイン国王夫妻は国賓として4月4日から7日まで訪日する。安倍首相との会談、夕食会の他、天皇皇后両陛下とも会見する予定だ。

外務省は来日するスペイン国王をもてなす場に、スペインに関係のある日本人を集めようとした。

エイバルのPR部のイニャキ・ドゥケが続ける。

「スポーツの分野においては、リーガでプレーする乾が最適だと判断したとのことです。スペインで活躍する日本人は他にもいますが、彼らを代表する存在として選ばれたわけです」

この招待を、ゴロスティサ会長とクラブ幹部は快諾したという。

「クラブとしては願ってもないチャンスです。安倍首相とスペイン国王がいる席に、エイバルの選手が参加する。それだけで大きな出来事ですし、クラブの名も広まります。知名度が上がれば、マーケティング面でもプラスになる。クラブとしては、是が非でも行かせたいと思うのは当然です」

安倍晋三、フェリペ国王、乾貴士。

確かにインパクトはある。エイバルはバスクの村の小クラブに過ぎない。在スペイン大使館からの一本の電話は、日本市場を狙うエイバルにとって願ってもない吉報だった。今年からクラブ公式サイトに日本語版も登場するなど、クラブは日本を強く意識している。3月にはマーケティング部から2人が東京に出向き、日本の代理店に営業をかけた。目的は親善試合、イベント開催やグッズ販売などに関する日本でのコンタクトを作ること。今季のエイバル対バルサの試合前には、全選手のユニフォームにカタカナで選手名を入れピッチに登場している。

クラブ上層部がクリアしなければならなかったのは現場の意向だった。

幹部はすぐに、乾を日本へ行かせてもいいか、メンディリバル監督に確認した。メンディリバルは、日本市場を重視するクラブの方針を理解し、乾にどう思うかを尋ねたという。

興味深いのは、乾がここで「試合があるから」と、一時は帰国に否定的な考えを示したことだ。

乾としては、シーズン中の帰国には抵抗があったのだろう。

現在の彼が求めているのは、何よりも得点という結果だ。今季は先発の座を確保し好パフォーマンスを見せ続けているが、まだ得点にはつながっていない。少しでも多くの試合に出て結果を出したい、そんな思いは強いはずだ。

前節のエスパニョール戦後にも「今季は一定のパフォーマンスはできているけれど、もっと上のレベルに上げていくのがこれからの課題。結果をどう出していくかをしっかり考えないと」と話している。

乾の思いを汲んだメンディリバルは、監督として乾は重要な選手であること、直接聞いた本人の気持ちを幹部に伝えた。

これに焦ったのはクラブ上層部だ。

乾が帰国しないとなると、エイバルの名を広めるチャンスを失うことになる。幹部たちは監督の返事を聞くと、すぐに乾の説得にかかった。

「クラブのために、頼むから日本へ行ってくれ」

そう嘆願し、最終的に乾の了解を得たそうだ。

乾自身が帰国を望んだかのような推測もあるが、事実はそうではない。むしろ彼自身はスペインで結果を求めてプレーしたかったのである。

”この帰国により監督の乾への印象が悪くなるのでは”という声もあったが、エイバルに残りリーグ戦を戦うことを望んだ乾への信頼は揺るがないだろう。

エイバルの1部残留がほぼ確実なこともこの決定に影響した、とイニャキはいう。

「当然、今のエイバルの状況がいいことも大きかった。もしクラブが残留争いを戦っていたら、間違いなくこのタイミングでの帰国はなかったでしょう」

クラブの意向に沿うことも、時として必要になるのも確かだ。特に、エイバルは予算が限られた小クラブ。この種のイベントに引っ張りだこのレアルマドリーやバルセロナではない。クラブとしては、スペイン国王と安倍首相がいる席に招待されて断ることなどできない。乾もおそらくこれらの事情を理解し、ある意味大人の対応をしたはずだ。

外務省が見ているのは、サッカー選手としての乾というよりも、接待時の見栄えなのだろう。現時点では、乾の晩餐会での役割もはっきりしない。

乾がスペイン語でスペイン国王と接する時間はあるのか。

安倍首相とサッカー談義をすることは?

あるいはただそこにいるだけで、優雅な晩餐会を飾るための役割になるのか。

エイバル幹部が期待しているように、国王と首相の間で関係をつなぐような役となるのであれば、今回の帰国の意味はあると言える。しかし、ただ席に座り、その他大勢とともに来賓として見守るだけだったとしたら・・・。

外務省は、結果を求めて海外で奮闘しているプロ選手をシーズン中に日本に招待する意味を、軽く捉えていたのではないか。

断ることもできたーというのは簡単だろう。しかしこの招待がエイバルという田舎の小クラブを舞いあがらせることにまで想像は及ばなかったか。

日本から届いた一通の招待状はエイバルを歓喜させ、最終的に乾はそれに応じる形となった。

4月6日の夜に東京で開かれる、安倍首相、スペイン国王、乾貴士の晩餐会。それは乾にとって、エイバルにとって、意味のあるものになるだろうか。

同じ日、遠く離れたスペインで、エイバルのチームメイトはリーグ戦を戦っている。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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