2014年ツール・ド・フランス第13ステージ 記者たちも走っている
自転車レースの取材に初めて来た女性記者に、「右も左も分からないので、一緒にゴール地へ行ってもらえませんか?●●選手のコメントが絶対に必要なんです」と頼まれたことがある。
快諾して、準備をして、待ち合わせして、その彼女の姿を見ると……。ハイヒールを履いて、大きなショルダーバックとパソコンバッグ、さらに腕にはスプリングコートもかけられている。
「あのー……その格好で行くんですか?」
と私が訪ねると、サッカー取材歴の長い彼女はきょとんとした。
「……走りますけど?」
彼女は何のことか理解できなかったようだ。そして、突如として笑い出した。
「え?走る?」
競技場で行われるスポーツならば、インタビュー用のミックスゾーンが、たいていは用意されている。試合後の選手はそのミックスゾーン前を必ず通過するため、記者たちは一箇所に待機していて、声をかけるだけで良い。
自転車レースも、たしかに、ミックスゾーンというものは存在する。ただし、それは、区間勝者と4勝ジャージ着用者、敢闘賞の選手用である。ほかのあらゆる選手は――つまりグランツール一週目なら190人近いその他大勢の選手は――、フィニッシュ直後に自分でつかまえなければならない。ファンと記者とチームカーが入り混じる、カオスの中で。
「はい、走りますよ」
その日はチームタイムトライアルだったので、お目当ての選手は、時速50km以上のスピードでフィニッシュラインに突っ込んできた。そのまま私たちの前を通り抜けていく。私は猛然とダッシュし、人波を掻き分け、大きな声を上げて、その選手をつかまえた。彼女も慌てて追いかけてきたけれど、追いついた頃には、選手は再び走り出す体制に入っていて……。
もちろん、ゴール後のコメントを取ることだけが、ジャーナリストの仕事ではない。でも、あらゆる長距離移動に日差し、雨、風、雪、高山、寝不足、そしてゴール後の大運動会etc.を考えると、自転車ライターって「肉体労働だなぁ」とつくづく思う。フェンスをよじ登ったり、崖を駆け下りたりなんていうのも、日常茶飯事だ。
この日はプレスルームからフィニッシュ地まで、2.5km離れていた。シャトルバスでゴール前200mほどに降ろされると、急な階段を上り詰めて、ゴール前の記者待機場へとたどり着いた。新城幸也選手が大活躍したため、ゴール後たっぷりお話を聞いているうちに、シャトルバスの最終便を逃してしまった。
重い機材を抱えて、2.5kmの山道を歩いて、プレスルームへと帰り着いた。