本日、4月1日深夜(24:12~24:58)、テレビ東京で『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の新作が放送される。
この番組は2017年10月に第1弾が放送され、いきなりギャラクシー賞月間賞を獲得するなど大反響を巻き起こした。リベリアのエボラ出血熱の生存者、娼婦として働きながら墓地で暮らす元少女兵、台湾マフィアの組長などの“ヤバい人たち”の「飯」を見せてもらうというグルメ番組の体裁をとったドキュメント番組である。
翌年の第2弾ではロシアのカルト教団やセルビアで国境を超えようとする難民、第3弾ではロサンゼルスで刑務所から出所したばかりの男性、ガンジス川の火葬場で働く人たちの「飯」を扱った。
第4弾では、放送時間をゴールデンに移し『ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート』と名を変え、ケニアのゴミ山で暮らす少年や香港の民主化デモの参加者たちの「飯」に密着した。
そして第5弾となる今回は深夜に戻り、フィリピンの「炭焼き村」で暮らす少年やゴミ捨て場で残飯を集める少年少女たちを取材したという。
演出を担当しているのは、上出遼平。今年3月には書籍版『ハイパーハードボイルドグルメリポート』を上梓した。
一体、こんなヤバい番組を作っている上出の原点は何なのだろうか。
ヤバい男の学生時代
上出遼平は、早稲田大学卒業後、2011年にテレビ東京に入社した。
入社してすぐ『ありえへん∞世界』にADとして配属された彼は、ごくまれにあった海外ロケの際、ほとんど喋れないにもかかわらず「中国語できます」と手を挙げ、たびたび海外ロケに同行していた。すると、「海外系のロケはカミデにやらせるか」というような空気ができあがったという。
やがて『世界ナゼそこに?日本人』が立ち上がり、この番組でADからディレクターに昇格した。タレントではない人たち、俗にいう"一般の人"を取り上げて、1時間の番組をつくるというノウハウをすべてここで学び、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の構想を固めていった。
様々な国の色々な料理を目にして「そんな調理法ある?」とか「そんなもの食う?」と思い、興味をかきたてられた。
そんな上出は、学生時代、「ほんの少し」の期間だが、非行に走ったことがあるという。当時は、どうして意味もなく自分も周りも傷つくようなことをしているのか、自分でもわからず悩んでいた。その経験から、大学では犯罪学を学び、少年非行を研究することにした。様々なことに興味はあったが、一番の謎は自分の中にあると感じたからだ。なぜ、自分は非行に走ったのかと。
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』には人を殺したり、犯罪を犯した人が多く登場する。
大学での勉強の傍ら、ボクシングを始め、1年でプロのライセンスを取ったと同時にボクシングをやめた。このとき、中国のハンセン病隔離村で活動するNGOから誘いを受けた。エネルギーが有り余っていた上出は、この時代にまだ“隔離された村”があるなんて、と好奇心が駆り立てられて、すぐに参加することにした。
このときの経験が、彼がテレビ局に入るきっかけとなった。
最寄りの村から山を三つ越えなければならない隔離村。そこに暮らしているのがハンセン病の“快復者”たちだ。小学生の頃に隔離された人たちが60歳とか70歳になってなお、ギリギリの生活をしている。本来なら家族のもとに帰っていい人たちが差別のために帰ることができないでいるのだ。上出もまた、初めて村に行った時、彼らと握手をするのを一瞬、躊躇してしまった。一生懸命学んだことを頭でぐるぐる思い返して、「大丈夫だ」と結論を出して握手したのだ。
家族は村八分。隔離された少年は一生そこに戻れない。どんどん病気は悪化する。そんな人たちが、今日はトマトがうまいこと作れたんだとか、お前せっかくだからニワトリさばいていけよとか、そういう風に小さな幸せをかき集めて、たくましく生きている。こういうことをいろんな人に知ってもらえないかとテレビ局の就職試験を受けた。その面接の際、上出は面接官にこう言った。
多くの場合、ドキュメンタリー番組は既に問題意識のある人しか見ない。本当に制作者が見てもらいたいであろう、こういう問題が社会にあることを知らない人たちが、チャンネルを合わすことは少ないだろう。
だったら、どうやって見てもらうことができるのか。その答えのひとつが『ハイパーハードボイルドグルメリポート』だ。
「やさしい」というキーワード
同じような題材を扱っても、この番組のような味わいにならないだろう。その違いは、取材者が取材対象者に徹底して寄り添うということだろう。
この番組をつくるために大切にしているキーワードがあるという。それは「やさしい」ということだ。ロケは上出本人も行うが、他のディレクターが行うものもある。そのディレクターには、VTRを作る腕があるのはもちろん、「やさしい」人であることを求めている。
この番組で印象的なシーンを挙げればキリがないが、たとえば第4弾『ウルトラ~』でのケニアのゴミ山で暮らす少年・ジョセフを追ったエピソード。ゴミを収集するトラックの荷台に乗って、ゴミを仕分けすることで日銭を稼いで生活をしている。その生活を書籍版で上出はこう描写している。
そうやって心を交わしていく2人。ジョセフはふと「日本語を勉強したい」と言う。「なぜ?」と問うと「だって、日本人と話したいもん」と答えるのだ。
彼が暮らすゴミ山に戻り、ゴミを被って稼いだなけなしの金で買った食材で飯を作るジョセフ。
ゴミ山に座るジョセフの背後に二重の虹が架かった。それはあまりにも美しい光景だった。過酷で残酷な現実の中にもやさしさや美しさがある。
「おいしい」は「美味しい」と書く。なぜ味に「美しい」という字をあてるのか。この番組を見るとその意味がわかったような気がする。
上出は書籍版の「さいごに」でこのように書いている。
けれどひとつだけ、自分の行いが許された気持ちになる瞬間があるという。それは取材対象者から別れ際に「また来てね」「あなたに会えてよかった」と言われるときだ。