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変わる「月9」? 『監察医 朝顔』の意外性の魅力

太田省一社会学者
フジテレビビル(写真:アフロ)

 フジテレビ系で現在放送中の「月9」枠ドラマ『監察医 朝顔』。第7話まで進んだところだが、視聴率も初回からずっと二桁をキープして好調だ。

 その理由として、2つの意外性の魅力があると思う。

推理ものでありながら、家族ドラマ

 まずひとつは、作品そのものの意外性だ。

 主演の上野樹里演じる万木朝顔は大学の法医学教室に勤務する法医学者。そして時任三郎演じる万木平は刑事であり、朝顔の父親でもある。この2人が協力しながら毎回起こる事件の謎に挑む、というのが基本ストーリーだ。

 これだけを聞くと、よくある推理ものかと思うかもしれない。ところがこのドラマは違っている。こうしたタイプのドラマでは、事件は放送時間終了間際に解決するのが通常だろうが、この『監察医 朝顔』では事件の決着はかなり早い。そしてそこから、父娘を中心にした家族の日常、そして人生がじっくりと描かれる。

 事件の謎解き自体も面白いのだが、印象としては推理ものというよりもむしろ家族ドラマだ。同名漫画が原作だが私自身なんの予備知識もなく初回を見ていて、放送時間に比べてあまりに早く事件が解決したので意外な展開にかなり面食らった。

 その初回の最後に明らかになったのは、朝顔の母親のことだった。朝顔と2人で東北の実家に帰省した彼女は、ちょうどその日に起こった東日本大震災で行方不明になってしまった。そしてそれから時が経ったいまも、夫である平は時間を見つけては東北に赴き、彼女の手がかりを探している。

 こうして『監察医 朝顔』は、死と向き合う職業にそれぞれが就き、母親であり妻である女性が不在のまま生きていく父娘の物語を軸に進行していく。そしてそのあいだに朝顔は風間俊介演じる父の同僚刑事と結婚をし、娘も生まれる。

 クスッと笑えるような場面もあるが、全体に語り口は抑えられ、淡々とさえしている。しかしそれは表向きだけのことで、それぞれの登場人物の心のうちには様々な思いがある。その点、上野樹里、時任三郎、風間俊介の3人の演技は、いずれも見応えがある。喜怒哀楽の感情をステレオタイプな演技で見せるのではなく、せりふのちょっとした言い回し、表情の変化で見せてくれる。そしてそこに醸し出される3人の空気感が、リアルな「家族」がまるでそこにあるかのように感じさせる。とりわけ随所で発揮される上野樹里の繊細な表現力には舌を巻く。まさに適役と言ったところだ。

“静かな「月9」”としての新しさ

 もうひとつの意外性。それは、「月9」としての意外性だ。

 ここまで書いてきたところからもわかるように、『監察医 朝顔』は“静かな「月9」”で、それがとても新鮮だ。それはおそらく、多くの人たちが「月9」に対して抱いているきらびやかで弾けたイメージとは真逆のものだろう。

 そんな「月9」のイメージが定着したのは、いまから30年ほど前にあったトレンディドラマのブームからである。「月9」における最初のトレンディドラマとされる『君の瞳をタイホする!』(1988年放送)は、渋谷の警察署に勤務する刑事たちが主人公。ただそこで描かれたのは、事件捜査よりもむしろ陣内孝則、三上博史らが演じる刑事たちが日々合コンやナンパに精を出す姿だった。

 その意味では、この作品でも警察関係者の日常がドラマの中心になっていた。ただそこで描かれたのは家族の日常というよりは、ゲーム的な恋愛模様だった。最新のブランド服に身を包み、分不相応にも見えるおしゃれなマンションに住む男女が恋愛ゲームを繰り広げる。そんなトレンディドラマは、浅野温子と浅野ゆう子の「W浅野」がブームを巻き起こすに至って定着する。1990年代には、『東京ラブストーリー』(1991年放送)、『あすなろ白書』(1993年放送)、『ロングバケーション』(1996年放送)などヒット作が続いた。

 実は、今回の『監察医 朝顔』には、それらの作品に出演した女優たちが揃って出演している。たとえば第7話では、朝顔と法廷で対峙する裁判の被告役で有森也実が28年ぶりの「月9」出演を果たした。

 さらに『あすなろ白書』の石田ひかり、そして『ロングバケーション』の山口智子は、ともに重要な役どころで出演している。石田ひかりは先述した朝顔の母親役。したがって回想場面や家族写真のなかにしか登場しないが、その柔らかな佇まいは役にぴったりで存在感十分だ。一方、山口智子は朝顔に法医学への道を歩ませるきっかけとなった同じ法医学教室の主任教授役だ。これも山口らしいノリを感じさせながら、朝顔をあたたかく見守る役柄を好演している。

 このように、「月9=恋愛ドラマ」というブランドの形成に大きく貢献した女優たちが、「月9」の新たな方向性を予感させる今回の作品に出演しているのもどこか感慨深い。

 以上のように、『監察医 朝顔』は、いい意味で先入観を裏切ってくれる意外性の魅力にあふれたドラマだ。そしてそれとともに、地道であること、普通に生きることのかけがえのなさを声高にではなく静かに伝えるドラマだ。そこにはバブル景気の時代に定着したトレンディドラマ的なものからそろそろ脱却し、平成を経て令和に入った日本社会の現実を踏まえたドラマ作りをしようというスタッフの意思が感じられる。そうしたことも頭の片隅に置きながら残りの回を見ていただければ、この作品の楽しみかたもいっそう広がるのではないだろうか。

社会学者

社会学者、文筆家。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本社会の関係が研究および著述のメインテーマ。それを踏まえ、現在はテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、歌番組、ドラマなどについて執筆活動を続けている。著書として、『水谷豊論』(青土社)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『テレビ社会ニッポン』(せりか書房)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『中居正広という生き方』『木村拓哉という生き方』(いずれも青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)などがある。

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