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アメリカで起きているのは「ふたつのリベラル」の対立

橘玲作家
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ旋風があいかわらず止まりません。イスラーム圏の特定の国からの「入国禁止令」は全米ではげしい抗議デモを引き起こし、トランプはメディアでも「暴君」「差別主義者」「サイコパス」などさんざんないわれようです。

しかしその一方で、世論調査では米国人の約半数が「入国禁止令」に賛成しています。さらに興味深いのは、リベラルな若者を中心にトランプを支持する層が増えていることです。

「トランプ・デモクラット(トランプの民主党員)」と呼ばれる彼らはSNSでつながった30歳以下のグループで、その多くが民主党の大統領予備選挙で、格差是正の急進的な政策を掲げてヒラリー・クリントンと争った「民主社会主義者」バーニー・サンダースを応援していました。アメリカの若いリベラルは、民主党主流派と手を携えて新政権に反対するのではなく、民主党員のままトランプに「転向」したのです。

右(共和党)か左(民主党)かの従来の政治思想では、若くてリベラルな民主党員がトランプを支持する現象を説明できません。これを理解するには、メディアや知識人のレッテル張りから距離を置いて、トランプが「リベラル」であることを認めなくてはなりません。

アメリカ独立宣言は、人権と自由・平等を高らかに掲げて近代の画期を開きました。自然権である人権は普遍的なものですから、すべてのひとに平等に適用されなければなりません。こうして奴隷制は正当化できなくなり、南北戦争へと突き進んでいきます。

独立宣言の理念に照らせば、特定の国のひとだけに一方的に入国を制限するのは普遍的な人権に反します。自由の国アメリカは、不幸な難民を平等に受け入れなければならないのです。これを「コスモポリタンなリベラル」の立場としましょう。

ところがトランプは、「アメリカファースト」によって、このリベラリズムを反転させました。彼が重視するのは、「アメリカ人の自由、平等、人権」なのです。こうして、「国民国家が外国人の“入国する権利”より、国民をテロから守ることを優先するのは当然だ」との主張が生まれます。こちらは「ドメスティックなリベラル」です。

トランプはさまざまな「暴言」をTweetしますが、黒人を批判することはありません。彼らも「アメリカ国民」だからです。評判の悪い「国境の壁」もメキシコからの不法移民の流入を止めるためのもので、合法的に市民権を取得したヒスパニックを追い返そうとはしていません。「入国禁止令」についても、あくまでも治安対策で「宗教を信じる権利」は守られると政権は強調しています。

トランプのやっていることは、かなり危ういとはいうものの、どれもリベラリズムの範囲内に収まっています。これが、国内の経済格差に憤慨する「リベラルな若者」がトランプに「転向」できる理由でしょう。

アメリカでいま起きていることは、「コスモポリタン」と「ドメスティック」の2つのリベラリズムの対立です。そして民主政が多数決(人気投票)である以上、アメリカでもヨーロッパでも、もちろん日本でも、「自国民ファースト」のリベラルが常に優位に立つのです。

参考:日本経済新聞2017年2月8日「解剖トランプ流 支持の民主党員台頭」

水島治郎『ポピュリズムとは何か』(中公新書)

『週刊プレイボーイ』2017年2月20日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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