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企業に「在宅7割」要請へ。COVID-19対応で変化するテレワークソリューションの遷移

大元隆志CISOアドバイザー
リモートアクセスソリューションに対する引き合いの変化

 西村康稔経済再生担当相は26日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加している現状を踏まえ、各企業が社員のテレワーク率70%を目指すよう経済界に要請する考えを明らかにした。ただ、一方で国民の移動を推進する「Go To キャンペーン」が開始されていること、また、製造業中心の中小企業等ではテレワーク化が難しいといった批判の声もあがっている。

 しかし、政府の指導を待たずとも、大手を中心にテレワーク化対応が進んでいるのは明らかだ。既に大手では、政策対応でのテレワーク化ではなく、競争力強化、セキュリティ強化、5G対応も見据えた「自発的なテレワーク化」へ舵を切り始めている。

■COVID-19によって変化してきたリモートアクセスソリューションに対する引き合いの変化

 筆者は、クラウドベースのゼロトラストセキュリティを実現するリモートアクセスソリューションのコンサルティングを2018年から担当しているが、2018年当時に企業の担当者に「VPNは危険です、これからはゼロトラストです」と説明しても、耳を傾けてくれる担当者等ほぼゼロに等しかった

 しかし、COVID-19の世界的な感染拡大によって、この状況は一変した。これは、筆者の実体験を基に作成したCOVID-19感染拡大と共に、リモートアクセスソリューションに対する引き合いにどのような変化が起きてきたかをまとめたものだ。

リモートアクセスソリューションに対する引き合いの変化。筆者の実体験を基に作成。
リモートアクセスソリューションに対する引き合いの変化。筆者の実体験を基に作成。

 まず、最初のトリガーとなったのは、中国での武漢の都市封鎖だ。この時、武漢でビジネスを展開していた企業からリモートアクセスソリューションに対する問い合わせが急増した。緊急対応が必要なため、クラウドで提供可能なリモートアクセスが必要であり、クラウドで提供可能なリモートアクセスソリューションの情報収集が始まった。

 次に、4月に入ると日本国内でも緊急事態宣言が発令された。これを契機に日本国内でビジネスを展開する内需中心の企業からもリモートアクセスソリューションに対する問い合わせが増加した。この時、先行して武漢で都市封鎖を経験していた企業は一早くリモートアクセスソリューション導入に踏み切り始めていた。

 そして、緊急事態宣言が解除された6月に入るとリモートアクセスソリューションに対する引き合いも停滞するかと思ったが、減ることはなかった。COVID-19と共存していくという視点にたった恒久対策としてのリモートアクセス導入といった視点で、VPNではなくゼロトラストセキュリティモデルで、あるべき姿のインフラを検討したいという声が増えてきた。また、世界中でCOVID-19によるテレワーク化が進んだことで、VPNゲートウェイや外部に公開されたリモートデスクトップサーバー、在宅勤務者を狙ったソーシャルエンジニアリング攻撃が増加傾向になり、サイバー攻撃対策という視点でもゼロトラストセキュリティモデルを検討したいという問い合わせが増えてきた

 ほんの半年前までは見向きもされなかった「ゼロトラストセキュリティ」というキーワードが、今では顧客の方から提案を希望される状況へと、一気にシフトしてきたのである。

 特に6月以降、緊急事態宣言が解除されてからの企業の問い合わせ増加は、政府方針とは関係無く、企業が自発的にテレワーク化、インフラ改革に至った結果と筆者は受け止めている。

■差が開く一方の外資系IT企業との働き方

 筆者は、仕事上外資系企業との取引が多いが、GAFAと呼ばれるIT大手や、その他の外資系IT企業と仕事を進めていても皆「テレワークが絶対」と口にする。テレワークに不向きとされる新規開拓を担う営業担当者であっても本社からの指示で客先訪問は厳しく禁じられていると耳にする。

 一方、日本では緊急事態が解除され、既にテレワーク率は2割に低下しているという調査結果も出ている

 テレワーク化に舵を切れば、切った直後は仕事の進め方に無理が生じて生産性が落ちたように感じても、仕事の進め方が完全にテレワーク思考になれば、生産性は大きく向上される筈だ。筆者も4月以降完全テレワークで仕事を進めているが、生産性は1.5倍程度に改善されていると感じる。理由は明らかで、移動時間が大きく削減されるので、COVID-19前では都内の客先訪問であったとしても、途中に移動時間を考慮しなければならないので、午前と午後に1件ずつ、あるいは午後に2件程度が客先訪問は限界だった。出張が伴えば1日潰れることも当たり前だった。

 しかし、テレワーク化した今では、移動時間が無くなったため、1日3件程度のMTGは容易になり、出張もなくなり日本全国を移動時間無しでカバー出来るようになった。また、会議室の空きを調べるような無駄な雑務もなくなった。更にはZoomのウェビナー機能をつかい、移動時間削減で出来た隙間時間を利用して、筆者一人で50名程度を対象とした社内セミナーを開催することが出来た。これも以前は会場の準備や受付の人員をアサインしたり、セミナー終了後の出席確認やアンケート集計もしなければならないのでアシスタントを2~3名確保する必要があったのが、今ではたった一人で開催出来るようなった。

 筆者の実体験だけでもテレワーク化前と今では大きく生産性の違いを感じている。そして、完全テレワーク化にシフトしつつある外資系では、こういった働き方が当たり前になっていくのだと考えると、未だに「オフィスに出社しなければ仕事が進まない」と嘆いている日本企業を見ていると、また生産性が大きく引き離されていくのだろうか?という気持ちになってしまう。

■5G活用を見据えた、インフラ刷新も

 まだまだ先進的な極一部の企業ではあるが、COVID-19対応でインフラ投資を進めるのだから、中長期的な視点で5G化も見据えたインフラ構築を視野に入れた企業も現れている。

 

SaaS利用増加に伴い検討の進んだSD-WAN化。
SaaS利用増加に伴い検討の進んだSD-WAN化。

 これは、COVID-19以前によく検討されていた企業ネットワークのSD-WAN化のイメージ図だ。Offic365等のSaaSアプリケーション導入に伴ってSaaSに対するトラフィックが増加傾向になり、支社のSaaSへのトラフィックを企業のデータセンターに集めてからSaaSへと向ける従来型のインフラ構成では、WAN回線の増給やユーザの体感速度が犠牲になってしまっていた。

 これらを解消するためにSD-WANを用いて、支社から直接インターネットへ向かわせる「ローカルブレイクアウト」という技術が注目を集めていた。しかし、COVID-19によって、そもそもこういった「オフィス中心」のネットワーク設計に疑問を感じる企業も現れている。

 

在宅勤務を前提とした5Gの利点も活かしたネットワークとセキュリティのデザインが求められている
在宅勤務を前提とした5Gの利点も活かしたネットワークとセキュリティのデザインが求められている

 

 これが、最近筆者がよく利用している概念図だ。これから数年かけて通信網は5Gへと徐々に切り替わっていく。5G化のメリットは高速、低遅延であることだが、従来のデータセンターに全てのトラフィックを集約するという考え方では5Gのメリットが活かせない。急速にテレワーク化が進んでいることも考慮すれば、そもそもオフィスに大量のネットワークトラフィックが発生するという前提にたつのではなく、在宅勤務者の自宅から、5Gを利用してクラウドを直接利用出来るデザインがこれから求められるアーキテクチャではないか?と問いかけている。勿論、この方式ではセキュリティポリシー等、従来とは大きく思想をかえていかなければならない。

 大きな変化を伴うが、こういった考えに賛同してくれる企業も現れだしている。

■日本政府の対応とは別軸で企業の変化への対応は始まっている

 西村経済再生担当相の発表に批判が集まってはいるが、企業の競争力維持という視点では、元々競争力の高い外資系企業はテレワーク化が絶対であることを鑑みれば、政府批判を行い、政府からのサポートがないことを理由に、企業としての変化への対応を怠れば、自然と競争力は低下していくことになるだろう。

 日本企業に目を向けてもテレワーク化を推進出来ている企業と、そうでない企業で従業員の満足度に影響が現れだしているし、人材確保にも影響が現れてくるだろうと推測している。また、先進的な企業では一歩先を見据えたITインフラ刷新へと動きだしている企業も存在する。

 政府に対してはより一層のテレワーク化対応へのサポートを検討頂きたいが、企業経営層も変化に対応する努力が求められそうだ。

CISOアドバイザー

通信事業者用スパムメール対策、VoIP脆弱性診断等の経験を経て、現在は企業セキュリティの現状課題分析から対策ソリューションの検討、セキュリティトレーニング等企業経営におけるセキュリティ業務を幅広く支援。 ITやセキュリティの知識が無い人にセキュリティのリスクを解りやすく伝えます。 受賞歴:アカマイ社 ゼロトラストセキュリティアワード、マカフィー社 CASBパートナーオブ・ザ・イヤー等。所有資格:CISM、CISA、CDPSE、AWS SA Pro、CCSK、個人情報保護監査人、シニアモバイルシステムコンサルタント。書籍:『ビッグデータ・アナリティクス時代の日本企業の挑戦』など著書多数。

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