実はクリスチャンの家系なのに…キリスト教徒を処刑してきた北朝鮮の独裁者たち
北朝鮮ではクリスマスを公に楽しむことはできない。しかし、金正恩体制とキリスト教は不思議な縁で結ばれている。
憲法上は信仰の自由が認められている北朝鮮でクリスマスを楽しめないのは、キリスト教が事実上の「禁教」として弾圧の対象となってきたからだ。クリスマスを楽しむ習慣も一般的には根付いていない。
その一方、クリスマス・イブにあたる12月24日は、宗教とは関係のないところで、北朝鮮にとって重要な意味を持つ日となっている。北朝鮮のカレンダーにはこう書かれている。
「抗日の女性英雄 金正淑(キム・ジョンスク)同志が誕生された」
地下教会の信者を処刑
金正淑氏は金日成主席の妻であり、金正日総書記の実母、すなわち金正恩党委員長の祖母にあたる。金日成氏を始祖とする金王朝、いわば金氏朝鮮の国母の生誕記念日が、奇しくもクリスマス・イブにあたるわけだ。金氏朝鮮のルーツにまつわる大切な記念日が、禁教であるキリスト教の教祖であるイエス・キリストの降誕を祝う記念日と重なるというのはなんとも皮肉な話だが、北朝鮮はキリスト教に対して時には処刑を厭わず弾圧してきた。
秘密警察である国家安全保衛部(現国家保衛省)は、中国から脱北者が強制送還された際、「中国でキリスト教関係者と接触したか」と厳しく問いただし、場合によっては情け容赦ない拷問を加え、処刑してきた。
かなり古い話だが、2000年には咸鏡北道(ハムギョンブクト)会寧(フェリョン)市に住んでいたパク・ミョンイル(仮名)さんが、中国を訪れた際に入手した聖書を所持していた容疑で、国家安全保衛部に逮捕された。裁判を経ずに過酷な人権侵害が常態化している収容所に送られ、その後の安否は不明だ。
(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も)
2010年には、平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)市で地下教会に通っていた23人が逮捕された。主導者3人は処刑され、残りは収容所送りとなった。いずれも、中国でキリスト教に接したのをきっかけに、教会に通うようになった人々だった。
(関連記事:北朝鮮、地下教会の主導者3人を処刑)
このようにキリスト教を弾圧してきた北朝鮮の体制には、決して国民に知られてはならない秘密がある。金日成氏自身が、クリスチャンの家庭で育ったという事実がそれだ。彼が教会に通っていたことは、本人の回顧録でも述べられている。両親が「休息のため通っていただけだ」とする記述になっているが、実際はそうではあるまい。
金日成氏の母親、つまり正恩氏の曾祖母にあたる康盤石(カン・バンソク)氏の名前は、新約聖書に出てくる「使徒ペテロ」にちなんでいる。イエスがペテロに「あなたは私の盤石だから、お前の上に教会を建てよう」と語ったように、「盤石」はキリスト教で特別の意味を持つ言葉とされているのだ。
もともと分断される以前の朝鮮半島北部は、南部よりキリスト教が盛んであり、平壌(ピョンヤン)は『東洋のエルサレム』と呼ばれていたほどだった。金日成氏の父親が通っていた学校も、キリスト教系の学校だった。彼自身も、キリスト教の影響を強く受け、手術を受ける前には祈っていたという証言すらあるのだ。
(参考記事:キリスト教を弾圧した金日成も手術前には祈っていた)
建国の父の母がクリスチャンで、国母の誕生日がクリスマス・イブ。金正恩体制とキリスト教は、このように浅からぬ因縁で結ばれている。しかし、唯一独裁体制を敷く北朝鮮で、たった一人の最高指導者(金日成、金正日、金正恩)を国民に崇めさせるためには、より強力な唯一神信仰であるキリスト教を排除しなければならなかったのだろう。
それでも、2000年頃から中国を通じてクリスマス文化が入り込み、若者の間でこっそりとパーティーを楽しむのが流行っている。とくに平壌の幹部や富裕層の若者や大学生は、「キリストの誕生日」というよりは、世界的な楽しいイベントの日として盛大にパーティーを開き、クリスマス・ソングを歌って楽しむ。一部の若者達がクリスマスを楽しむ様子を北朝鮮当局は苦々しい思いで見ているだろう。しかし、特権階級が中心になった遊びであり、すでに定着しつつあることから厳しく取り締れないようだ。
密かに楽しまれているクリスマスパーティーはともかく、北朝鮮でキリスト教を含む信教の自由が認められるためには、金正恩体制の変革なしにはありえないだろう。いずれ北朝鮮でも「そういえば私らの若い頃はクリスマスを楽しむことさえ禁じられていたんだ」と、笑い話ができる時代が来ることを望んでやまない。