「反社のみなさま」発言から身分制社会日本を考える
安倍首相が主催する「桜を見る会」をめぐってバトルが繰り広げられていますが、ここでは「紛争」からちょっと距離を置いて、「反社のみなさま」発言について考えてみましょう。記者から見解を求められた官房副長官(衆議院議員)が、「反社会的勢力のみなさまが出席されたかどうかは、個人に関する情報であるため、回答を差し控えたい」と述べた“事故”です。
以前書いたように、サッカーJリーグの審判は「日本語」の使い方に苦慮しています。フリーキックの壁を下げさせる時、”Step back.”といえばメッシやクリスティアーノ・ロナウドでも素直に従います。ところが日本語で「下がれ」「下がりなさい」というと、興奮状態にある選手は侮辱されたと感じて食ってかかってきそうです。だからといって「下がってください」では、審判が選手にお願いしているようで権威がなくなってしまいます。
ここからわかるのは、英語の表現は自分と相手が「対等」であることが前提になっているのに対し、日本語はどちらが目上(目下)かを決めるようにできているということです。誰もが(うすうす)気づいているように、初対面のひとと会ったとき、尊敬語や謙譲語を組み合わせてお互いの上下関係を確定しないと円滑なコミュニケーションが成立しないのです。
ラジオのディレクターから聞いた話ですが、出演した政治家がすこしでも横柄な言葉づかいをすると、「上から目線でけしからん」という抗議の電話が殺到するそうです。日本人は「身分」に敏感なので、自分が「下」であるかのように感じさせる言葉がラジオから流れてくると、ものすごく不快に感じるのです。
こうした「不適切」な言葉づかいがSNSなどで炎上するようになったことで、政治家や芸能人などは「下から目線」に神経質にならざるを得なくなりました。それを日頃から徹底していると、「反社会的勢力」という(尊敬してはならない)グループに言及するときに、とっさに「みなさま」を付けてしまうという珍事が起こるのです。
ではこのとき、どのようにいえばよかったのでしょうか。
「反社会的勢力が出席したかどうかは……」とすればどこからも文句はこないでしょうが、日常の言葉づかいとしてはかなり冷たい感じがするので、政治家が(記者会見を通じて)有権者に語りかける場面では使いにくいでしょう。
「反社会的勢力のひとたち」は「みなさま」よりマシでしょうがやはりへりくだったようなニュアンスがあり、「反社会的勢力の者ども」は明らかに上から目線です。そうなると、「一般に反社会的勢力と指摘されるような人物」くらいが無難でしょうが、とっさにこのような言い換えができるにはかなり高度な言語的能力が要求されるでしょう。
「よろしかったでしょうか」のように、若者たちが尊敬語や謙譲語を誤用することが批判されますが、これは「四民平等」の近代社会と日本語がミスマッチを起こしているからです。政治家が日本語の使い方に戸惑っているのだから、若者がもっと戸惑うのは当たり前です。
そうなると、日本人が相手と対等に話をするには、公用語を英語にするしかないのかもしれません。
『週刊プレイボーイ』2019年12月9日発売号 禁・無断転載