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市川猿之助さんの事故に関する3つの懸念

河西千秋札幌医科大学教授(精神医学)

市川猿之助さんの事故について報道を注視してきた。おおかたのメディアは、警察の捜査の行方を待つという論調であるが、地域メンタルへルス対策、および自殺対策に注力している立場から3つの懸念を指摘したい。第1点は、よくメディア報道に出てくる「捜査関係者の話では」だ。詳細はともかくも事故の核心的な部分がまったく明らかにされていないのにもかかわらず、正確性どころか真実か否かということすらわからないような内容の報道が垂れ流されているような状況である。第2点は、このような報道の垂れ流しが猿之助さんや、その他の関係者に与えるであろう影響である。大切な人を失う喪失体験は、故人の親族や関係者にとって自殺のリスクとなることが知られている。関係者というのは意外なところにもいるものであり猿之助さんほどのかたであれば影響は計り知れない。また、自殺事故などの重大なメンタルへルス事故が生じた後の過剰な報道は群発自殺を誘発することが知られている。第3点は、猿之助さんご自身の安全の確保についてである。ご自身が両親を亡くされた直後であり、また、もしも市川猿之助さん自身が自殺を企図されたのであれば、自殺企図をした事実そのものが、次に自殺企図を生じる最大のリスクだからだ。報道にあるように、猿之助さんが本当に医療機関を退院されておられ、まったく医療的な保護のもとにおられないのだとしたら非常に心配である。精神科救急や自殺対策を専門とする精神科医であれば、自殺企図直後のかたが薬物中毒から回復されたからといってすぐに退院させてしまうことはしない。専門的病床への入院を勧奨し、ご本人の安全を確保し、自殺企図の背景にある諸問題の解決を図りながら、同時にご本人が知らず知らずのうちに陥っていた精神疾患をはじめとするメンタルへルス問題を同時進行で解決し、自殺再企図のリスクを低減させていく。猿之助さんが今どこでどなたと一緒におられるのか、そして自殺企図を防止するための専門家の関与があるのかどうか、行き過ぎた性急な捜査が行われたりしていないのかどうか、とても心配している。

札幌医科大学教授(精神医学)

実家は東京最古の歯科の一つで、銀座で生まれ育った。銀座の泰明小学校、千代田区立一橋中学校、都立青山高校に通い、山形大学医学部を卒業後、横浜市立大学医学部精神医学講座に所属し、精神科医として附属病院と関連病院に勤務する傍ら、大学院、米国UCSD、スウェーデン・カロリンスカ研究所にて研究に従事した。その後、自殺対策に取り組み、救急医療、がん医療、職域、地域、教育など様々な領域で自殺対策に取り組み、最近、同僚らと開発した自殺未遂者医療モデルが診療報酬化され国際的に関心を持たれている。2015年より現職。前国際自殺予防学会日本代表、日本自殺予防学会副理事長、日本うつ病学会理事など