【WWDC2016】iPhoneのプライバシー保護宣言行ったアップルの意図
アップルは米カリフォルニア州サンフランシスコにおいて、27年目を迎える開発者向け会議「WWDC 2016」を開催。アップルが提供している4つのソフトウェア基盤(iOS、macOS、watchOS、tvOS)について、今年のアップデート計画を発表した。これらの発表は、iPhone、iPad、Mac、Apple Watch、Apple TV、それぞれが今後進んで行く道程を示している。
アップルが並べる数字は、いつも刺激的だ。
アップル製品向けにソフトウェアを開発する1300万人のうち、74カ国から5000人以上が参加。72%が初のWWDC参加者で、350人が学生奨学制度を獲得しての参加者、そして120人が18歳以下(最年少は9歳の女の子)だという。開発者向けイベントとしては、マイクロソフトのBUILDも近い規模だが、年齢層の低さがアップルの強みを示している。
アップル製品専用のアプリが並ぶApp Storeには200万のアプリが登録され、累計ダウンロード数は1300億回、開発者に支払われた金額の合計は500億ドルに達する。Apple TVには1300以上ものビデオストリーミングチャンネルが提供されるようになり、6000を越えるアプリが提供されている。
しかも、Apple TVで視聴できる65万本もの映画とテレビ番組は、Siriを用いた音声認識検索で簡単にさがすことができる。「86年にヒットしたティーンエイジャー向け映画は?」といった質問に対しても、Siriは的確な情報を提供するようになった。
提供から1年が経過したApple Musicは1500万もの加入者を集め、ここで提供されるbeats1というラジオは世界でもっとも多くの視聴者を集めている。Newsアプリは2000タイトルが配信され、6000万人の月間アクティブユーザーが購読。iCloud Driveには100億もの文書が保管されているそうだ。
"強いiPhone"の本質
しかし、こうした数字には、実のところあまり大きな意味はない。
なぜなら、アップルには本質的に”ライバル”となる企業がないからだ。正確に言えばGoogleはライバルだが、彼らは自社でハードウェアを開発していない。NEXUSシリーズをメーカーと共同開発しているとはいえ、ハードウェアとソフトウェア、サービスを一体化して開発する立場のアップルとは、明確のその立ち位置が異なる。
翻ってハードウェアで評価する場合、アップルとサムスンはライバルになる得るだろうか?答はシンプル。ライバルたり得ない。なぜならスマートフォンの価値とはアプリにある。そしてアプリの機能や将来の可能性を決定付ける要素として「OS(iOSやAndroid)」が必要不可欠で、Androidスマートフォンメーカーが手を出せる範囲は限られてしまうからだ。
OSとネットワークサービスの統合やユーザーインターフェイスの大幅な改善、複数機能をまたがった利用シナリオなどの提案、ハードウェア機能と連動する個人認証や決済機能などは、端末メーカーだけであらゆる可能性に対処できるわけではない。
となれば、新たな提案を端末メーカーが行っても、すぐにAndroidそのものにキャッチアップされ、他のAndroid端末メーカーが似たような製品を作り始める。すなわち、Androidスマートフォンにおいて端末メーカーは”換えが効く”ものだが、iOSスマートフォン(iPhone)において端末メーカーであるアップルは不可分な関係にある。
アップルが出したプライバシー保護のステートメント
やや話が横道に逸れたが、筆者が注目したのは、”プライバシー保護”を前面に押し出したコメントをしたことだ。もちろん、どの企業、プラットフォーマーも”プライバシーを軽視する”などとは言わない。
しかしアップルは今回、端末で収集される個人の行動にまつわる情報を端末外に出さないと宣言した。メッセージ交換アプリのiMessage、映像/音声通話サービスのFaceTime、家電のネットワーク制御を行うHomeKitなどで、一貫した暗号化を行い端末外にデータを置かない。
iOS 10には、さまざまな行動の結果を多層的に追跡しながら学習させる”ディープラーニング”という手法を、文字入力や写真の自動判別などで用いる、一種のAI(人工知能)要素が盛り込まれているが、その際にもデータの分析・判別処理は端末内で完結している。
もちろん、端末操作のすべてがアップロードされないわけではない。
Siriでは音声認識処理そのもの、マップやNewsでは利用者の行動データとサービスを連動させることが、アプリの構造上必要不可欠だからだ。しかしいずれの場合も、個人を特定させるデータ通信は行っていないとアップルは説明する。
さらに一歩踏み込んでスマートフォンの使い勝手や機能性を上げようとすると、さらに多くのユーザーデータをアップロードしなければならなくなってくる。個々のユーザのプライバシーを守りながら、大人数のユーザの使用パターンを分析することで、iOS 10は絵文字の予測入力やSpotlightのリンク先入力予測、メモのLookup Hints(入力したメモに関する情報を示す機能)に利用される。
そこで、アップルはディファレンシャル・プライバシーという技術を導入した。これはかつてNETFLIXが視聴パターン分析と、その結果のサービスへの応用に用いた手法に近い。情報から徹底的に個人につながる情報を排除した上でサービス改善のために収集する。しかし、その分析結果を利用する際には、個人の行動データをサーバに通知せず、サーバ上にあるしかるべきデータを覗き見するように参照する。こうすることで、ビッグデータの活用とプライバシー保護を両立できるという。
筆者はセキュリティ技術の専門化ではないが、アップルの主張によると彼らの実装は、第三者である学術機関からも高く評価されていると話した。
プライバシー保護技術がAI機能の質を高める
現在、マイクロソフトもグーグルも、AIやBOTを、自社プラットフォームで活用することに没頭している。しかし、質の高いAIを実現するには、ユーザー行動の自動学習が必要不可欠だ。利用者の行動データの収集に関して、プライバシー保護の宣言と活用を同時に出したことは評価したい。
なぜなら、この戦略がクラウド時代の新しい商品ジャンル、商品を考える上で、ひじょうに重要になってくると思うからだ。また、可能な限りの処理を端末側で完結させる手法は、ハードウェアと基本ソフト、サービスをすべて保有するアップルの強みをより際立たせることにもなる。
たとえば、ハードウェア側に特別な用途のコプロセッサを搭載することで、分析処理などを端末内に閉じる形で処理可能にするなどのアプローチも、採ろうと思えば採用できる。成熟期にあるスマートフォン市場における競争において、この違いは決して小さな違いとは言えないだろう。