「過労死自殺はなぜなくならない?」誰もいわない単純な理由
大手広告代理店に入社してわずか8カ月の女性社員がクリスマスの晩に投身自殺したことで、日本企業の長時間労働と過労死があらためて批判されています。この広告代理店では2013年にも30歳の男性が過労死(病死)しており、労働基準監督署からの度重なる是正勧告を無視していたことが「悪質」と見なされ、刑事事件も視野にいれて立ち入り調査が行なわれました。
報道によれば、女性社員はインターネット広告を担当する部署に配属され、クライアント企業の広告データの集計・分析、レポート作成などを担当していました。このネット広告部門は9月末に、レポートを改ざんして運用実績を虚偽報告したり、広告不掲出で過剰請求するなどの不正行為が発覚したばかりでした。その原因について会社側は、「現場へのプレッシャーも含めてマネジメントが配慮すべきだった」「複雑で高度な作業に対して恒常的に人手不足だった」と説明しています。
女性社員は自殺前、SNSに「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」「いくら年功序列だ、役職についてるんだって言ってもさ、常識を外れたこと言ったらだめだよね」などと投稿しており、混乱する現場と稚拙なマネジメントの犠牲になったことは明らかです。
批判を受けて広告代理店は、本社ビルを夜10時に一斉消灯するなど深夜残業を抑制する措置をとりましたが、はたしてこんなことで問題が解決するでしょうか。
広告代理店はこれまで、テレビと新聞・雑誌を主な媒体として営業を行なってきました。それが2000年代に入って急速にインターネットにシフトしたため、従来のビジネスモデルを大きく転換しなくてはならなくなりました。
欧米企業はこのようなとき、まずはインターネット広告に精通した人材を外部(たとえばヤフーやグーグル)から引き抜き、プロジェクトチームのトップに据えます。チームのメンバーも、プログラミングやWEBデザインの経験がある若手をベンチャー企業などから集めるでしょう。まったく新しい分野なので、本社の社員は他部門との連絡役がいればいいだけです。
こうしたエキスパート集団なら、ネット広告のイロハも知らない新人が配属され、素人同然の上司に翻弄されて擦り切れていく、などという事態は考えられないでしょう。だったらなぜ、こんな簡単なことができないのでしょうか。
それはいうまでもなく、年功序列・終身雇用の日本企業では、プロジェクトの責任者を外部から招聘したり、中途入社のスタッフだけでチームをつくるようなことができないからです。そのため社内の乏しい人材プールから適任者を探そうとするのですが、そんな都合のいい話があるわけがなく、「不適材不適所」で混乱する現場を長時間労働のマンパワーでなんとか切り抜けようとし、パワハラとセクハラが蔓延することになるのです。
なぜ労基署は、この違法・脱法行為を是正できないのでしょうか。それは官公庁こそがベタな日本的雇用の総本山で、民間企業を強引に指導すると「だったらお前たちはどうなんだ」とヤブヘビになるからです。事件を批判するマスメディアも同じ穴のムジナで、無意味な説教を繰り返すだけです。こうしてどれほど犠牲者が出ても、長時間労働も過労死も一向になくならないのです。
『週刊プレイボーイ』2016年11月7日発売号
禁・無断転載