Yahoo!ニュース

駅からハイキング『高崎駅開業140周年記念★歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク』コース前半/高崎市

Takasaki_asagi地域情報ライター(高崎市)

高崎駅開業140周年記念イベントのひとつ、JR東日本「駅からハイキング」の新設コース『歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク』を歩いてきました!

参加申込不要。高崎駅周辺の市街地を歩くほぼ平坦なコースです。
いつも近くを通っているのに知らなかったことがたくさんありましたよ。

駅からハイキング『歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク』コース紹介~前半

① 高崎駅観光案内所

赤/高崎駅観光案内所
赤/高崎駅観光案内所

窓口に「駅からハイキング&ウォーキングイベント 受付はこちら」と案内が出ています。
駅からハイキングのアプリを提示して、コースマップを受け取ります!

※マップ不要の場合は受付は必要ないそうです
※マップ不要の場合は受付は必要ないそうです

高崎駅を中心に、西口に6ヵ所、東口に3ヵ所ポイントが設置されています。
群馬県民・高崎市民が市内をこんなに歩くことってなかなか無いでしょ…と思いますが、指定されたポイントを目指して歩くのはきっと楽しい!

駅からハイキング『歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク』マップ
駅からハイキング『歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク』マップ


歩行距離:約7km、所要時間:約3時間15分に設定されたコースなので、出発時間によってはお弁当やおやつを準備した方が良いかもしれません。
私は11時スタートだったので、イベントスクエアで見掛けた「金谷ホテルベーカリー」でパンを2つ購入しました。

金谷ホテルベーカリーのイベント出店は4月15日まで
金谷ホテルベーカリーのイベント出店は4月15日まで

カフェやレストランにも立ち寄りやすいコースなので、体力や好みに合わせて楽しみながら歩けたらいいですね。コース周辺には「絶メシ」人気店もありますよ。

それでは高崎駅西口からスタートです!聖石橋の手前まで歩きます。

高崎駅西口
高崎駅西口

② 龍廣寺(高崎という地名の由来となった寺)

龍廣寺
龍廣寺

井伊直政が「和田」と呼ばれていたこの地に新たに築城する時、龍廣寺初代住職白庵秀関和尚と相談され、この地を「高崎」と命名しました。そのことから山号を「高崎」とし、井伊直政のお戒名が「清凉院」であったことから、高崎山清凉院龍廣寺となりました。そのため、県内でも唯一の「高崎」の山号を持つ寺院でもあります。
龍廣寺HPより抜粋 ※山号「高崎」は、はしご高 立つ崎)

龍廣寺
龍廣寺


次のポイントはすぐお隣りです

③ 頼政神社(高崎山車まつりの起源となった神社)

石段を上がると頼政神社です。坂道の途中にも入口があります。

画像左から:R17バイパス・頼政神社・高崎公園への坂道・龍廣寺の石垣
画像左から:R17バイパス・頼政神社・高崎公園への坂道・龍廣寺の石垣

高崎の山車は、京保2年(1717)頼政神社の祭典から記録にみえ、それが明治2年ごろまで続き、その時は飾り屋台と言われたもので、明治2年には24台ありました。
令和5年高崎まつりHPより抜粋)

頼政神社
頼政神社

頼政神社の境内には、”心の燈台”内村鑑三の漢詩「上州人」の碑もありました。

内村鑑三の漢詩「上州人」の碑
内村鑑三の漢詩「上州人」の碑


高崎公園と高崎市役所前を通り、高崎城址「乾櫓・東門」へ向かいます。

高崎公園
高崎公園


群馬シンフォニーホール・群馬音楽センター東の遊歩道を歩きます。

④ 高崎城「東門・乾櫓」

東門は、もとは追手門(現在の高松郵便局付近)から南約240メートルにある「出桝形(でますがた)」の北側(現在のシンフォニーロード付近)にあり、通常は扉を開き、城内に出入りする武士や商人などを通行させたいわば通用門でした。(高崎市HP 高崎市文化財情報より抜粋)

左:高崎城東門 右:高崎城乾櫓  (南側から撮影)
左:高崎城東門 右:高崎城乾櫓 (南側から撮影)

乾櫓はもとは高崎城本丸の北西、戌亥(いぬい)の方角にあった櫓です。
乾櫓は17世紀末頃に改築されたと推定されています。明治維新後に払い下げとなり、近郊の農家で納屋として使用されていたものを、昭和51年現在の位置に復元移築しました。(高崎市HP 高崎市文化財情報より抜粋)

(北側から撮影)
(北側から撮影)

高崎城址の東門・乾櫓とお堀と土塁は、桜の季節は特に写真映えしますね♪

慈光通りを高崎駅方面へ戻りつつ次のポイントへ。

⑤ 大信寺(悲劇のプリンス徳川忠長が眠る寺)

駅からハイキングHPに『大信寺は幼稚園併設のため、入口が閉まっている可能性があります。その際は入口を開けて中へお入りください。(大信寺入口より奥に進みますと、高崎市指定史跡「徳川忠長の墓」があります)』と記載されていたので、入口の扉を開けて見学させていただきました。

 大信寺
大信寺

悲劇のプリンス徳川忠長さんとは、どのようなお方なのかと掲示板を読んでみると…

 大信寺/高崎市指定史跡「徳川忠長の墓」
大信寺/高崎市指定史跡「徳川忠長の墓」

徳川忠長は、徳川第二代将軍 秀忠の子として生まれ、幼名を国松と言った。第三代将軍 家光の弟であったが、幼少の頃から才気は兄より優れていたため父母は弟の方をより可愛がり、これが原因で家光に疎まれる事となったと言われる。(高崎市教育委員会 掲示板より抜粋)

まさに直系のプリンスでした!
高崎城に幽閉された後、28歳の若さで生涯を終えたそうです。(大信寺の掲示板に詳しい経緯が記されています)


次は、高崎駅東口方面へ。城東小学校の近くにある「長野堰用水円筒分水」へ向かいます!
コース後半は次回の記事でご紹介します。

長野堰用水円筒分水
長野堰用水円筒分水

【詳細情報】
駅からハイキング
【高崎駅開業140周年記念】歴史と文化にふれる高崎今昔ウォーク
公式HP
開催期間:2024年4月1日(月)~6月30日(日)
スタート駅:高崎駅
参加申込:不要
◆コースマップは高崎駅観光案内所にて配布 
◆コースに含まれる「旧井上房一郎邸」は月曜休館
注! 旧井上房一郎邸の入口となる高崎市美術館は4月12日(金)まで展示替えのため休館。旧井上房一郎邸も4月12日まで入れません。

地域情報ライター(高崎市)

住むなら高崎!環境も便利さも安全性も最高!と満足しつつ、知らない土地へ旅に出ることが多かった過去十数年。Stay Homeを経て改めて地元高崎に注目してみたら魅力的で気になるスポットがたくさん増えていてびっくり! これからは高崎を旅するように歩いて、地元の魅力をひとつひとつ味わい尽くします。

Takasaki_asagiの最近の記事