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『ファインディング・ニモ』は、カクレクマノミの生態を考えながら見ると、より楽しい&奥深い映画になる!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
カクレクマノミ(写真:イメージマート)

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

ピクサーの大ヒット映画『ファインディング・ニモ』は、マーリンとニモの大冒険を描く楽しいファンタジーだ。

物語は、グレートバリアリーフの海で、母親のコーラルと400個の卵がオニカマスに襲われ、父親のマーリンとニモだけが残される……という悲劇から始まる。

このツライ経験から、マーリンはニモをとても大切に育て、決して危険な目に遭わせないようにしていた。

『ニモ』の日本語吹き替え版において、マーリンを演じているのは木梨憲武さんで、心配性の父親っぷりがスバラシクいい。

そんなマーリンの心配をよそに、ニモは冒険したくてたまらず動き回り、ついに人間につかまってしまい……という展開になるのだが、この映画の設定を科学的に考えると、興味深いことがたくさんある。

ニモとマーリンは「カクレクマノミ」で、これが属するスズキ目スズメダイ科クマノミ亜科の魚たちは、オモシロイ特徴をいくつも持っているからだ。

なお、グレートバリアリーフに棲むことから、マーリンやニモは「イースタンクラウンアネモネフィッシュ」では……と指摘する専門家もいる(カクレクマノミの生息域は、主に東南アジアの海)。

これもクマノミ亜科の魚で、外見も生態もカクレクマノミにきわめて似ている。

ここでは「ニモはカクレクマノミ」として考えるけど、イースタンクラウンアネモネフィッシュに置き換えても、内容は変わりません。

◆イソギンチャクのなかに棲む

クマノミ亜科の魚は30種いて、すべてに共通してるのは、イソギンチャクと共生することだ。

イソギンチャクは、海藻のように見えるけど、動物である。

体は円筒形で、いちばん上に口があり、それを囲むように何本も触手が生えている。

触手の表面には刺胞という小さな袋が無数についていて、袋の内部には、毒液と刺糸という管が入っている。

魚やプランクトンが刺胞に触れると、刺糸を発射して毒を注入する! 

こんなオソロシイ動物と、カクレクマノミは共生しているのだ。

他の魚はイソギンチャクには近づかないから、カクレクマノミは触手のあいだに身を隠したり、そこに卵を産んで、他の魚から守ったりしている。

一方、イソギンチャクは動物とはいえ、とてもゆっくりしか動けないため、カクレクマノミ食べ残しをもらうことで、効率よく餌を得られる。

両者は、どちらにも利益のある「双利共生」関係にあるのだ。

カクレクマノミの体長は大きくなっても8cm、ニモのような子どもだと2cmほどで、海は天敵だらけだ。

したがって、イソギンチャクからあまり離れることはなく、また一つのイソギンチャクに棲み続けるという。

『ニモ』の最初のほうで、マーリンが「危険がないか、まわりを見回す。サッと出て、サッと引っ込む」と、イソギンチャクから顔を出したり引っ込めたり……を繰り返して、ニモにうんざりされるシーンがあるが、あれこそがカクレクマノミの正しい生態といえる。

ニモに「サメに会ったことある?」と聞かれて「ないよ。会いたくもないね」と答えていたけど、もう当然すぎるほど当然の姿勢なのだ。

ところで、カクレクマノミはなぜイソギンチャクの毒にやられないのか?

これには「毒に対する免疫がある」「体から出る粘液の効果で、刺されない」などの説が唱えられていたが、2015年に愛媛県の高校生が「粘液のマグネシウム濃度が関係している」という論文を発表して、大きな話題になった。

海水にはマグネシウムが溶けているが、実験によって「刺胞が触れた魚の体表のマグネシウム濃度が海水より低いときに、イソギンチャクは毒を出す」ことがわかったという。

そしてカクレクマノミは、海水よりも濃いマグネシウムを含んだ粘液をまとっていた!

アニメのなかでマーリンは、学校へ行こうとはしゃぐニモに「ちょっと待った、体磨きは? イソギンチャクに刺されてもいいのか?」と言う。

これなど、体を磨くことでマグネシウムの濃い粘液が出る、ということかもしれませんなあ。

◆パパがママになる!?

イソギンチャクとの共生の他に、クマノミ亜科には大きな特徴がもう一つある。

群れにはメスが一匹しかおらず、そのメスがいなくなると、いちばん大きなオスがメスに変わる!

ビックリ仰天だが、3万~4万種いる魚類のうち、300~500種が、このような「性転換」をする。

魚類の性転換には、メスとして生まれて後でオスになる「雌先成熟」と、オスからメスになる「雄先成熟」がある。

転換のきっかけは、体の成長や環境の変化などさまざまだ。強い子孫をたくさん残すための仕組みと考えられている。

クマノミ亜科の魚たちは、唯一のメスが産んだ卵と、いちばん大きなオスの精子で次の世代を産む。

そのほかのオスたちは精巣が未発達で精子を出せない。

そしてメスがいなくなると、たくさんの卵を産むために、いちばん大きなオスがメスとなり、次に大きいオスの精巣が発達して精子を出すようになる。

こうして群れは、たくさんの卵を産むメスと、強い精子を出せるオスがいる状態が保たれるのだ。

この事実から考えると、マーリンとニモはどうなってしまうのか?

オニカマスに襲われて、お母さんのコーラルがいなくなったいま、いちばん大きなオスはマーリン。

ってことは、パパがママになる!

そして、次に大きなオスはニモ。

自分がパパになる!

そうして、2人のあいだに次の世代が大繁栄するということに……!

また、過去を振り返れば、かつてコーラルは最大最強のオスだったのかもしれない!

うむむむ、いろいろとビックリだが、人間と魚がどれほど違う生物かがしみじみわかります。

とはいえ、それは現実のカクレクマノミの話。

『ファインディング・ニモ』において、パパのマーリンはずっとパパとして、ニモを温かく育て続けたことは、作品がしっかりと描いている。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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