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『ワンパンマン』サイタマの強さを「マジ反復横跳び」の威力から考えてみた!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ワンパンマン』の主人公・サイタマは強い。モーレツに強い。強すぎるほど強い。

すごい敵が現れた。人類の危機だ。そこにヒーロー・サイタマが現れ、パンチ1発で相手を粉砕する!

筆者は「主人公というものは、実力伯仲の戦いの末に、ギリギリで勝つのでは!?」と思い込んでいたから、最初はびっくりした。でも、あまりの強さに笑ってしまい、清々しい気持ちにさえなり、以来すっかり『ワンパンマン』のファンである。

ただし、サイタマ本人は「力と引き換えに ヒトとして大切な何かを失ってしまったのだろうか?」と悩んでいたりする。自分があまりに強く、簡単に勝てるので、戦いに恐怖も喜びも緊張も怒りも感じず、それゆえ無表情なのだという。気の毒だけど、これも面白い。

『ワンパンマン』の名シーンは数々あるが、ここでは「マジ反復横跳び」のエピソードから、サイタマの強さを考えてみよう。このワザは「音速のソニック」との戦いで披露された。

◆反復横跳びで分身する!

「音速のソニック」はS級ヒーローにも匹敵する実力の持ち主で、自称「最強の忍者」。その動きはあまりに速く、姿が見えない!

でもそれは「普通のヒーローには見えない」のであって、サイタマは軽くあしらう。するとソニックは「究極奥義 十影葬」を出した。これはサイタマを倒すために編み出したワザで、「特殊な歩行技術と超高速な身のこなしによって残像を発生」させるというもの。なんとソニックは、10体に分身した!

これに対してサイタマは「必殺“マジシリーズ”マジ反復横跳び」で、無数に分身! 直後、ソニックは昏倒した。

自分が何をされたのかわからないソニックに、サイタマは「反復横跳びしながら通り過ぎただけだ」。ソニックは「くそ……衝撃波だけでこの威力か…無数の分身…俺より速かった…」と独白して失神した。

つまりサイタマは、反復横跳びで無数に分身し、それによる衝撃波で相手を倒したのだ! あまりに意外な倒し方である。

だが、こんなことが可能なのだろうか?

「反復横跳び」は、1m間隔で引かれた3本の線を、真ん中→右→真ん中→左→真ん中……と繰り返しまたぐ運動だ。体力テストでは「真ん中→右」などを「1回」と数え、20秒間に何回できるかを計る。

サイタマと同じ25歳男性の平均は「54.29回」。1秒間の平均は2.7回で、線の間隔は1mだから、平均速度は秒速2.7mである。

サイタマの「マジ反復横跳び」は、そんなレベルではない。

マンガのコマに描かれたサイタマの丸いハゲ頭を数えると、63個もある! これは、ソニックと同じく「残像」によるものだろう。反復横跳びでは、右や左で折り返すときは一瞬静止するから、それが残像になったと思われる。

人間の網膜に残像が残る時間は0.1秒といわれるので、同時に63個のアタマが見えたということは、サイタマは0.1秒間に63回折り返したのだ。これを、体力テストと同じ20秒間続けたら、1万2600回の折り返し。反復横跳びの記録としては「2万5200回」になる。

これによって、どれほどの衝撃波が発生するのだろうか?

マンガの描写から、サイタマの1回の往復距離は3mほどと思われる。0.1秒間に63回折り返すから、スピードは3m×63÷0.1秒=秒速1890m=マッハ5.6だ。

ソニックから1mの距離を、サイタマがこの速度で通過した場合、ソニックが受ける衝撃は940kg。体重をはるかに上回る衝撃波であり、吹っ飛ばされるのも当然である。

つまり、反復横跳びでソニックを倒すのは、科学的にもナットクできる方法だったのだ。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

などと書くのは簡単だけど、実際にやるサイタマは大変だろう。

反復横跳びの場合は、走り続けてマッハ5.6に達するのとはワケが違う。右と左では瞬静止しなければならないから、右(静止)→真ん中(マッハ5.6)→左(静止)→真ん中(マッハ5.6)……という緩急ありすぎる運動を繰り返すことになる。

これにはとてつもない脚力が必要だ。踏み切りの瞬間に体の重心を30cm動かすとしたら、必要な脚力は体重の61万倍、すなわち61万G。もちろん、普通の反復横跳びでもGはかかるが、25歳男性平均の54.29回に必要な脚力は1.3Gでしかない。サイタマの脚力はその47万倍なのだ!

◆サイタマはなぜ強くなった?

サイタマはなぜこんなに強いのだろう?

最初から強かったわけではないらしい。本人によれば、サイタマは22歳のとき、就職活動中に怪人と遭遇したのをきっかけに、3年間、頭がハゲるほどの特訓をしたという。

そのメニューは「腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10km」。すごいがんばりだとは思うが、それで47万倍にも強くなれるのか?

3年とは1095日。サイタマはこのトレーニングを1095回繰り返すことによって47万倍に強くなった。すると「1日につき、1.2%ずつ強さが増した」という計算になる。

「たったそれだけ?」と思ってしまいそうになるが、これは大変な増強率である。

1日に1.2%の利子がつく貯金というものを想像してほしい。1000円から始めたとすると、1日目で1012円、2日目で1024円、3日目で1036円と、初めは日に12円ずつしか増えないが、やがて小数点以下が効いてきて、4日目で1049円。これが「複利」のオソロシさで、10日目で1127円、1ヵ月で1430円、2ヵ月で2046円、半年で8767円、1年で7万7783円、2年で605万261円、3年で4億7千万円! つまり、めでたく47万倍になる。

サイタマも、こうした目を見張るペースで強くなったのだろう。

日々の積み重ねの実り豊かさに感動するべきか、日々1.2%増という進歩のすごさに驚くべきか。

いずれにしても、サイタマは強い。清々しいほど強いのだ。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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