Yahoo!ニュース

バングラデシュの医療事情と日本からの寄付の実態を考える

柳田絵美衣臨床検査技師(ゲノム・病理検査)、国際細胞検査士
バングラデシュの大学病院の廊下にて。現地の検査技師とともに。

■バングラデシュという国

インドの東側に位置し、親日国として有名な東アジアの地、バングラデシュで2016年7月に残酷な事件(ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件)が起き、日本人7人を含む尊い命が奪われたことは、いまだ記憶に新しい。あの日を境に、日本人が現地に入国することが規制され、簡単に立ち入れない国の一つとなった。親日国と名高いバングラデシュでの事件は我々日本人も大きな衝撃を受けた。

ダッカ襲撃テロ事件

出典:外務省 

バングラデシュの国土面積は14万7000Km2(日本の約4割)、人口は約1億6千万人であり、人口密度世界第7位。都市国家を除くと世界で最も人口密度が高い国である。

バングラデシュ人民共和国

出典:外務省

世界の人口密度ランキング

出典:世界経済のネタ帳

あの日が来るまで私は年に数回、バングラデシュの第二の都市チッタゴンに赴き、”日本式の検査技術”を現地の医療スタッフに伝授する仕事をしていた。

■凄まじい医療格差

訪れた大学病院で最初に目にしたのは、病院の廊下のあちらこちらで泣き叫ぶ人々の姿だった。患者の親戚全員が集まり、病院内で泣き叫ぶことが日常の一場面。 「病院で死ねること」はとても有難く、「恵まれたこと」であり、身内皆が集まり「病院で」死者を送り出すことが重要だそうだ。

バングラデシュの医療状況は、まさに「格差」。個人が開業しているクリニックでは最先端の装置が導入されており、質の高い試薬と装置で検査や治療を受けることができる。富裕層の患者がターゲットだ。その一方で、公の施設である大学病院では、資金不足、人材不足、物資不足であり、最低限の医療を行う場所となっており、貧困層の受け入れ場所となっている。

■貧困層を受け入れる公立病院の日常

公立の医療機関では、貧困層の人々があふれていた。広い部屋に、ベッドが数台並び、そこに人々があふれている。ベッドの数と病室内にいる人の数が合わない。床に横たわる人で歩くスペースも無い。

バングラデシュ(チッタゴン)の大学病院の病室内。床にも患者が横たわる。
バングラデシュ(チッタゴン)の大学病院の病室内。床にも患者が横たわる。

当時、私が勤務していた日本の大学病院とチッタゴンの大学病院のベッド数はほぼ同等で約900床。日本の大学病院のベッド稼働率は80~90%つまり入院患者数は720~810人であるのに比べ、チッタゴンの大学病院の入院患者数は約2000人だ。枕もないベッドの上で横たわる患者と、床に横たわる人々。彼らは患者の付添人ではない。床に横たわる”患者”だ。ベッドの料金が払える人と払えない人の差だ。

■劣悪な医療環境を見た

「ここは、がん患者専用の病室だ」と案内された部屋のドアは無く、他の病室とは布1枚で仕切られている。この布1枚こそが、彼らが「特別な病室」と扱われている証である。免疫力が低下している患者にとって、感染症対策は全くとられていない。特有の薬剤臭が鼻をつく。だが、その公の医療機関で治療を受けることすらできない貧困な人々もいる。「医療機関で死ねる」ことは、「有難い」こと。床であっても、十分な治療を受けられなくとも、「病院に入院した」ことは彼らのステイタスになる。

使用済みの薬品瓶が無造作に放置されている。患者は汚れた衣類をまとい、ベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺めている。医療スタッフは言う。「病院でがん治療を受けられている患者は幸せです」と。彼らの言う、がん治療とは何なのだろう。

手術室と紹介された部屋には木製のドアがあり、ドアを開けると中は、他の部屋と同じ。普通の部屋にベッド1台と、メスが置かれた小さな机があるのみ。滅菌、消毒という概念は無さそうだった。

■寄付品の末路

検査専用室では、十年前の日本で日常的に使われていた装置が広い場所を占領していた。スタッフは自慢げに「日本の機関が寄贈してくれた装置だ。すごいだろう。」と言う。しかし、稼働していない。装置に使用する試薬、器具などの消耗品が購入できず、そのまま放置され、さび付いていた。装置が故障すると、自分たちでは直せない。専門家に直してもらう費用もない。そのため、壊れたままの状態で放置され続ける。

そんな装置たちがどの部屋にも置いてある。ただ「日本から贈られたものだ!」というためだけに、そこに置かれているように思えた。

これが真実だ。

■本当に必要なものを

・・・違う。

彼らに必要なものは、高価な装置ではない。流行りの検査方法ではない。「買えないものを買ってあげる」ことが必要なのではない。彼らの力で継続できるシステムと、現場の患者に合った検査方法と治療システムを構築することだ。

彼らは「made in Japan」に強い憧れを持っていた。彼らにとってはお宝であるが、これらの寄贈、寄付は果たして彼らに何をもたらしているのだろうか?

現地の状況、現地の事情を調査し、把握したうえで、現地の人々が継続していけること、それに必要なものを寄贈して欲しい。それらが我々の税金が使われたものだとすれば、なおのことである。無意味な無駄遣いだけは、避けてもらいたい。

我々は、何十年も前に日本で活躍していた半自動の検査装置を日本国内で探し出し、バングラデシュに贈った。

説明書を見ながら、現地の工具屋で工具を調達し、

現地の工具屋で役立ちそうな工具を調達。
現地の工具屋で役立ちそうな工具を調達。

現地のスタッフたちとともに修理をし、使用方法を教えた。

現地スタッフ(医師、技師)に検査工程について説明する。
現地スタッフ(医師、技師)に検査工程について説明する。

その装置は現在も、バングラデシュで動いているそうだ。

日本から持ち込んだ装置を修理し終え、試運転を始める。
日本から持ち込んだ装置を修理し終え、試運転を始める。

新しい装置を設置する代わりに、病室にドアを設置してほしい。

高価な試薬の代わりに、手術室に十分な量の消毒液がほしい。

彼らの現状を知ってほしい。彼らに必要なものを知ってほしい。

臨床検査技師(ゲノム・病理検査)、国際細胞検査士

医学検査の”職人”と呼ばれる病理検査技師となり、細胞の染色技術を極める。優れた病理検査技師に与えられる”サクラ病理技術賞”の最年少、初の女性受賞者となる。バングラデシュやブータンの病院にて日本の病理技術を伝道。2016年春、大腸癌で親友を亡くしたことをきっかけに、がんゲノム医療の道に進み、クリニカルシークエンス技術の先駆者として奮闘中。臨床検査専門の雑誌にてエッセーを連載中。講演、執筆活動も多数。国内でも有名な臨床検査技師の一人。

柳田絵美衣の最近の記事