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ナイキの厚底シューズ快進撃は2019年も続くのか

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
厚底シューズで日本新記録を出した設楽悠太選手(写真:つのだよしお/アフロ)

 2018年もあと数分で幕を閉じる。いやはや毎年同じことを考えるが、今年も激動の1年だった。マラソンファンとしての立場から言わせてもらうと、ナイキに始まりナイキに終わった年だったように思う。マラソンに興味のない人からすると、いったいなんのこっちゃと思うかもしれない。そう、スポーツメーカのナイキ、NIKEのことだ。2018年はナイキが開発した“厚底シューズ”がマラソン界に革命をもたらした年として記憶に刻まれることになるはずだ。

 と言っても実はナイキの厚底シューズは一昨年からすでに話題になっていた。なんとなく耳に入ってはいたがそれほど興味を抱かなかった。そんな私がハッキリ意識したのは2018年2月の東京マラソンからだった。この大会で3位(日本人1位)に入って16年ぶりにマラソンの日本記録を更新した設楽悠太選手(Honda)が履いていたのがナイキ ズーム ヴェイパーフライ4%という厚底シューズだった。設楽選手が右手を高らかに上げてゴールするシーンはその後、ニュースで何度見てもカッコよかった。そして、その足元にあるブルーのシューズが妙に気になりだした。私が朝日新聞デジタルで連載している「今日からランナー」で初めて記事にしたのが3月のことだった。

「上級者は薄底」の常識を破る!

 それまで長距離ランナーの常識としては、上級者(速い人)ほど底の薄いシューズを履くものだと決まっていた。それが、見るからに底がぶ厚い、こう言っちゃあなんだが初心者向けのようなシューズをトップランナーたちが履いて、次々と結果を出していたのだ。前年(2017年)12月の福岡国際マラソンでは1位から3位まで全員がこのシューズの着用者だった。明けて2018年正月の箱根駅伝では、往路優勝(総合2位)した東洋大学チームを中心に実に40人近い選手がヴェイパーフライ4%を着用していた。そのため2017年は4位だった箱根駅伝でのナイキのシューズ占有率がアシックスを抜いて1位になっていた。そして、2月の東京マラソンでの設楽選手の日本記録更新という流れだった。

 ところが、ヴェイパーフライ4%の進撃はそれだけでとどまらなかった。とどまらなかったどころかこの設楽選手の快挙はナイキのシューズ革命の号砲(開始の合図)に過ぎなかったことが後でわかる。周知のように、16年ぶりの日本新記録はわずか7カ月余後の10月7日、シカゴマラソンで設楽選手と同学年の大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)に塗り替えられたのだ。

 2020年の東京オリンピックに向けて、日本実業団競技連合が日本新記録を出した選手に1億円の報奨金を出す制度を設けていたため、世間では「1億円が年に2度も出た」ことに話題が集中したが、私はそれよりもシューズに注目していた。

世界新記録もナイキの“厚底シューズ”が叩き出した

大迫選手もあの“厚底”だった
大迫選手もあの“厚底”だった

 そうなのだ。またしてもあの厚底シューズ、ヴェイパーフライ4%だったのだ。レース中継を観ながら鳥肌が立ってしまった。なぜなら、その1週間前の9月29日に同じナイキのシューズを履いたケニアのエリウド・キプチョゲ選手がベルリンマラソンで2時間1分39秒という驚異の世界新記録を樹立したばかりだったからだ。これは凄いことになってきたぞと思ったものだ。

 このとき大迫選手が履いていたのは設楽選手が東京マラソンで履いていたヴェイパーフライ4%をさらに軽量に進化させたヴェーパーフライ4%フライニットというモデルだった。鮮やかなオレンジ色だ。テレビでシカゴマラソンの中継を観ていた人は、上位集団の選手のシューズがほとんどオレンジ一色だったことを覚えているだろうか。なんとこのレースでは、1位モー・ファラー、2位モジネット・ゲレメウ、3位大迫、4位ケネス・キプケモイ、5位ゲーレン・ラップの全選手がヴェイパーフライ4%フライニットを着用していたのだ。テレビのレース中継はまるでナイキのプロモーションビデオのようだった。

 そして12月、男子マラソンの国内メジャーレースの締めくくりといえる福岡国際マラソンで服部勇馬選手(トヨタ自動車)が日本人として14年ぶりに外国勢を抑えて優勝を果たした。服部選手のシューズもナイキの厚底だ。またしてもヴェイパーフライ4%フライニットでの優勝だった。テレビを観ながら、思わず「またかよ!」と身を乗り出してしまった。ちなみにこのレースでは2位、3位のアフリカ勢はアディダスで、4位は日本人の設楽悠太選手だった。そう、日本人の1位、2位がナイキの厚底シューズだったということなのだ。ついでに言うと、6位、7位もヴェイパーフライ4%だった。だから、服部選手が終盤にスパートをかける前までは先頭集団のほとんどがシカゴマラソンのときと同じように鮮やかなオレンジのシューズで足元を固めていたことになる。

シューズを履き替えて自己ベストを連発した服部選手

「推進力が最後まで落ちることがなかった」と語る服部選手
「推進力が最後まで落ちることがなかった」と語る服部選手

 そうして、福岡国際マラソンでの優勝から数日後、服部選手にインタビューする機会があった。シューズに関する部分だけ抜き出してみても実に興味深い。服部選手がヴェイパーフライを本格的に履き始めたのは今年9月からだったという。

「そこからずっと自己ベスト連発で、ハーフマラソンでは1分半くらい伸びました。とにかく推進力がすごくて、初めて履いたときはむちゃくちゃ進むなと。ただ、この推進力で(フルマラソンを)最後までいけるのか(自分の脚がもつのか)と、悪い意味じゃなくて疑問に思った。でも、結論を言うと、自己ベストを出したハーフも今回のフル(福岡国際マラソン)も最後まで推進力が変わらなかった。そういった意味ではすごいと思う。終盤も最後まで推進力がもったというのは、このシューズのおかげなのかとも思います」

 ヴェイパーフライを履き始めてから自己ベスト連発というのは、やはりこの厚底シューズのポテンシャルの高さということだろう。いったいどういう仕組みなのかは、過去に書いた記事があるのでそちらを参照してもらいたいが、改めて今年1年、ヴェイパーフライ4%が叩き出した成績を調べてみると、改めてそのすごさに驚かされる。

世界6大マラソンの表彰台の過半数を占める

世界最速のキプチョゲ選手がサインをしたヴェーパーフライ4%フライニット
世界最速のキプチョゲ選手がサインをしたヴェーパーフライ4%フライニット

 まず、国内の代表的なレースでは、東京マラソンでは設楽選手(2位)の他、女子の1位、2位、3位がヴェイパーフライ4%着用だった。名古屋ウイメンズマラソンでは1位と3位、北海道マラソンは男女の優勝者がともに履いていた。そして福岡国際マラソンの服部勇馬選手だ。それだけではない。

 2018年6月のサロマ湖100kmウルトラマラソンで、それまで日本人の砂田貴裕さんが持っていたウルトラマラソン100kmの世界記録が愛知県の市民ランナー、風見尚さんによって20年ぶりに更新された。あまり知られていないが、実は、この風見さんが履いていたのもヴェイパーフライ4%だった。まさに“記録破りシューズ”なのだ。

 世界6大マラソン(ワールドマラソンメジャーズ=WMM)の表彰台(1位~3位)に目を転じると、東京マラソン男子は3位の設楽選手、女子は1位、2位、3位をヴェイパーフライが独占した。ロンドン男子の1位、2位、3位、女子の1位、2位、3位と表彰台に上がったすべての選手がヴェーパーフライ4%だった。パーフェクト賞だ!

 ベルリン男子の1位=世界新記録、女子の2位、3位、シカゴは前述のように男子は1、2、3位、女子は1位、2位、そしてニューヨークシティマラソンでは男子1位、2位、3位、女子は2位、3位といった具合だ。男女合わせると、なんと1位14人、2位15人、3位13人とWMMの表彰台に上がった選手の過半数を占めている。この勢いが果たして2019年も続くかおおいに見ものなのである。

 さあ、明日は朝8時半からニューイヤー駅伝だ。そして明後日から箱根駅伝もある。チームの勝敗とともに、それぞれの選手が履くシューズに着目してみるのも面白いだろう!

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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