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#コロナとどう暮らす】部活休止の学生・生徒たちへ 大学指導者からのアドバイス

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
中学・高校の全国大会は次々と中止になった。生徒はどう受け止めればいいのか?(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの影響により、中学・高校・大学の運動部員は活動休止が続いている。さらには全国高校総体(インターハイ)や全国中学校体育大会(全中)の中止が決まり、生徒は具体的な目標が失われてしまった。指導者や保護者も頭を抱えていることだろう。実戦経験を積めない今、選手たちはどんな練習をし、自身の成長をどうやって確かめていけばいいのか。

 スポーツ運動学が専門で、富山大学人間発達科学部准教授の佐伯聡史さんにインタビューした。佐伯さんは体育施設機器・器具メーカーと共同で「逆上がり練習器」を開発するなど、運動の課題を可視化し、段階を踏んで技を習得する研究に取り組んでいる。一方で、学生時代は体操競技で実績を残しながら、インターハイ決勝目前の事故によるけがでひのき舞台を降りた苦い経験もある。試練を競技人生の糧にするには、どうすべきなのだろうか。

富山大学人間発達科学部准教授の佐伯聡史さん
富山大学人間発達科学部准教授の佐伯聡史さん

 ――佐伯さんは富山大学の体操部の監督でもあります。現在、体操部の活動は?

 練習場所となっている体育施設が使えませんし、大学からは課外活動全面禁止の通知があったので、12人の部員に対しては「在宅でできることを、やっておこう」と言うのが精いっぱい。活動より感染しないことが大切です。主将には「発熱などの症状が出ていないか全員に確認してほしい」と指示し、毎日報告のメールがきています。

 ――中学・高校の全国大会は軒並み中止になりました。ジュニア選手権など競技ごとの全国大会や国民体育大会は、新型コロナが収束すれば実施されるのでしょうか。

 競技ごとならともかく、複数の競技が一斉に開催される大会は難しいでしょう。インターハイや全中が中止になり、3年生のショックは大きいと思います。勉強の遅れを取り戻すために学業を優先し、そのまま引退してしまう生徒も少なくないかもしれません。そういう子に対する言葉は、見つかりません。しかし、早く目標を切り替えてほしいと思っています。

 しかし、プロ・実業団選手を目指したり、スポーツで大学進学を考えたりしている生徒に対しては「どんな状況でも、できることをやるしかない」と伝えたいです。トップアスリートは今も練習をしています。この時期に踏ん張った人が次のステージで力を発揮できるはずです。

「新型コロナ明け」はモチベーションが高まる?

 ちなみに、私の長男は高校1年生、長女は中学2年生で、いずれも体操競技に取り組んでいます。彼らには「自分と競技の距離感を、この機会に見極めよう」と言いました。今、自分と向き合い、競技への思いを確かめてくれればいい。「新型コロナ明け」には、本当にその競技が好きか嫌いか分かるはずです。「新型コロナ明け」の初練習に、うちの大学の体操部員が、モチベーションを高めて参加してくれることを楽しみにしています。

 ――インターハイの決勝目前でけがをし、挫折を味わった経験から、現状に苦しむ生徒・学生へ伝えたいことは何でしょうか。

 私の場合も理不尽な状況でしたが、受け入れざるを得ませんでした。周りの人は心配してくれたけれど自身は、あっけらかんとしていました。そして、何十年も経つと苦しい思い出はプラスでしかない。指導者として選手に伝えられる重要な経験の一つです。今は「いい経験をした」と思っています。

 最終学年の生徒は、いろんな思いがあるでしょう。しかし、受け入れるしかない。いつか「あんなこともあったな」と思い出すはずです。「競技をやりたかった」という気持ちを、自分の人生で生かしていくしかありません。

どうなる? 体育系の大学入試

 ――全国大会の実績が進学・就職を左右するケースもあります。全国大会が実施されなければ、選ぶ側は困るのではないでしょうか。

 プロに行くレベルであれば、高校の最後の大会に出場しなくても確実に声が掛かります。NPB(日本プロ野球機構)やJリーグの球団スカウトは、早くから逸材を見いだし、チームに必要だと思う選手の獲得に動いています。問題は大学入試です。体育大学や実技(実績)の比重が高い学部(学科・コース)は、高校時代の全国大会での成績を選考基準の一つとしています。さらには特待生の入学金や授業料の減免額に入学前の実績を反映させることもあります。

 高校1、2年生の時に実績を残した生徒がいなければ、実技試験のみで選考することになる。すると合格者に(入学金・授業料減免の基準となる)序列をつけられないでしょう。しかし、それは悪いことではないかもしれません。入学後の実績を、翌年の授業料の減免に反映していく考え方に移行していけばいいのですから。

 高校時代に全国大会で優勝した学生が燃え尽き症候群から大学で伸び悩み、競技を離れるケースも少なくありません。それでは大学も出身高校も困るのです。むしろシステムが変わって、いわゆる「出来高制」のような考え方を大学のスポーツ界で取り入れる方がいいと思います。

 ――高校入試のスポーツ推薦については、どうでしょうか。

 高校は「全国大会で優勝しなければ、この高校に入れない」ということは多くないですから、それほど大きな問題ではないでしょう。ただし、15歳前後は一つ一つの経験が競技力向上に直結し、たった1カ月でびっくりするほど成長する子もいる。そういった時期に実戦の経験を積めないことは、損失だと思います。

大会を開催できても課題は多く……

 ――全日本学生体操連盟は、8月に開催予定だった全日本学生体操競技選手権と全日本学生新体操選手権を10月に延期する方向で検討しています。全国大会が実施されるとしても地方予選をどうするかなど、課題は多いですね。

 試合会場を急いで確保するのは難しいでしょう。例えば採点競技なら、それぞれの練習場所で動画を撮影し、リモートで判定するなどの工夫が求められるかもしれません。球技は試合時間を短くするとか、2回総当たりのリーグ戦を1回にしたり、トーナメント戦にしたり、試合時間を短縮したり、タイブレーク制を導入したり……。大会運営には工夫が必要です。ほとんどの選手が練習不足ですから、暑さや故障への対策も入念にせねばなりません。

 ――ところで、新型コロナウイルスの感染拡大で、多くのアスリートが動画を公開しています。プロ野球・千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が自宅で簡単にできるトレーニングを紹介して話題を集め、サッカー、陸上競技、水泳など多くの競技のアスリートも。ご覧になった感想は?

 トップアスリートが妙技を披露している動画は少なくありません。一番、印象に残ったのは、2016年リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得したカヌー・スラロームの羽根田卓也選手(ミキハウス)が自宅で練習する動画です。インスタグラムで公開されており、羽根田選手が「今は外でカヌーの練習ができないので、漕ぐ感触を忘れないようにこうして工夫しています」と言って、水を張った浴槽にパドルを入れ、横に座って漕ぐ動作を繰り返しています。

カヌー・スラロームの羽根田卓也選手がインスタグラムに公開した動画
カヌー・スラロームの羽根田卓也選手がインスタグラムに公開した動画

心に響いたカヌー・羽根田選手の動画

 今、この状況で何ができるのか。家の中でできることを具体的にやって見せてくれています。素晴らしい技は見ていて面白いけれど、ためになるのは、恵まれない練習環境でどんな工夫をしているのかというアイデアです。

 さらにリクエストしたいのは、有名選手が失敗している若いころの映像と、それを克服するために何を考え、どんな練習をし、何が現在に生かされているのかという経験談です。若いアスリートは「五輪選手でもこんな時期があったのか」と親しみを覚え、「こうすればできる」と分かる。技術習得のコツを角度やタイミングなどを変えて、見せてもらいたい。また、課題を克服するために必要な筋力などを強化する特別な練習も知りたいです。

 ――現在、体育実技の授業もリモートで行っておられるとか。「役に立つアスリート動画」のヒントはありますか?

 非常勤の大学で、教員養成課程の必修科目は動画による実技指導をしています。例えば、倒立は手を「ハの字」にすると不安定で「逆ハの字」だと安定するとか、あごを引くのではなく出す方がいいとか、いくつかのポイントがあります。これらについて手をハの字に置いたり、あごを引いて力を加え、ぐらぐらしたりする様子を紹介しています。この時に留意しているのは、正確な実施を見せるだけでなく、典型的な失敗例を見せることです。

▲佐伯さんが倒立の実技指導のために撮影した動画「正しい倒立」。あごの角度、手の付き方などを指導している(佐伯さん提供)

▲佐伯さんが倒立の実技指導のために撮影した動画「倒立の『形』について」。前半は「わざと肩を前に出した状態」後半は「腰がそった状態」(佐伯さん提供)

「新型コロナ以降」のスポーツ界が楽しみ

 ――緊急事態宣言が段階的に解除され、今後は生徒・学生も日常を取り戻していくことでしょう。あらためて学生アスリートや指導者へのメッセージをお願いします。

 生徒がオーバーワークにならないよう、指導者は注意深く見守り、時にはストップをかけねばなりません。学生に対しては「今まで以上に、感染しないよう気をつけよう」と言っています。「自粛疲れ」は誰にでもあり、今後は開放感の中で練習したり、仲間と外食したりするでしょう。そういう時、細心の注意を払ってほしいのです。

 新型コロナ禍によって「スポーツの価値」が身に染みて分かりました。食や医療の必需性と違って、生活の中にスポーツがなくても生きていくことはできます。しかし、味気ない。韓国女子ゴルフツアーが再開された映像を見て純粋に「スポーツっていいなあ」と思いました。新型コロナを機に、スポーツ各界の勢力図が変わるのではないでしょうか。若い人にはチャンスが広がり、ベテランは苦しむかもしれない。そういった「新型コロナ以降」のスポーツ界の動向が本当に楽しみです。

Zoomでインタビューを受ける佐伯さん
Zoomでインタビューを受ける佐伯さん

※クレジットのない写真/筆者撮影

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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