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福井で人気の「猫寺・御誕生寺」 修行の場と対照的な「ゆるい空間」

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
おみくじの箱の上には猫が。御誕生寺では約30匹の猫が好きな場所で過ごしている

 福井に行くたび、必ず立ち寄る場所がある。越前市にある禅寺・御誕生寺(ごたんじょうじ)だ。曹洞宗の大本山である総持寺を開いた、瑩山紹瑾(けいざん・じょうきん)禅師の生誕地ということで建てられた由緒ある寺である。近年、「猫寺」として多くの観光客が訪れている。板橋興宗(いたばし・こうしゅう)住職(91)が2002年に捨て猫4匹を保護したところ、数十匹の猫が集まるようになった。

一斉にえさを食べる猫たち
一斉にえさを食べる猫たち

 御誕生寺の全ての猫には名前と首輪が付いており、避妊手術済みだ。板橋住職の著書や、ブログ、SNSによって認知度は高まり、全国から支援が得られるようになった。年間約3万人もの参拝客が訪れる。境内には募金箱が置かれ、寄付も受け付けている。集まったお金は、えさ代や治療費などに充てられる。

 寺では、子猫の里親を探す活動なども展開している。「御誕生寺でもらった猫は、縁起がいい」と、人気が高い。高倍率になるそうだ。とはいえ、無制限に子猫や保護猫を受け入れているわけではない。無断で猫を遺棄することのないよう、注意を促している。

 現在、約30匹がのびのびと暮らしている。「猫の楽園」にいると、気ぜわしさが消えていく。眠ったり、じゃれたりして、思い思いに過ごす猫たちに見入ってしまった。

若い僧侶に抱き上げられるモフモフ
若い僧侶に抱き上げられるモフモフ
今は亡きレオ
今は亡きレオ
アンディーと猫は適度な距離を保っている
アンディーと猫は適度な距離を保っている

僧侶が5日ごとに「猫係」

 修行僧によると、5日ごとに「猫係」が回ってくるという。主な仕事は、えさやりや病気の猫の体調・衛生管理、名前をつける、など……。2年前の訪問で印象に残った猫の近況を聞いてみた。

「モフモフは、どこですか?」。若い僧侶が指さした先に、姿が見えた。観光客の要望に応えて、ポーズを決めている。長毛で品があり、どっしりとしたメスだ。「女子だから? 若いお坊さんたちに遊んでもらっていると、うれしそうですね」というと、「時々、猫パンチを食らいます」とのこと。人懐っこいが、気は強いらしい。

「レオはどうしていますか?」と聞いてみた。中国出身の女性が帰国する際、寺に託していった猫で、ぷっくりした口元と、ほうれい線のようなしわがユニーク。御誕生寺の名物猫で、2年前に出会った時には最古参だった。残念ながら、2017年8月16日に亡くなったとのこと。書籍やカレンダーでは、今も愛嬌のある姿を見ることができる。

 猫の顔ぶれは、来るたびに少しずつ変わっている。ちなみに、今年の冬からは犬も1匹加わり、御誕生寺の新たな人気者になった。盲導犬からキャリアチェンジした「アンディー」だ。訓練を受けてきたので、猫や人に飛びかかったり、無駄にほえたりしない。それぞれの猫と絶妙な距離を保ちながら、仲良くしている。

えさやりの準備をする「猫係」の僧侶
えさやりの準備をする「猫係」の僧侶

午前7時半と午後3時にえさやり

 午後3時になると、「猫係」の僧侶の周りに、猫が集まって「ニャー、ニャー」と大合唱を始めた。食器として使っている雨どいを取り出し、えさを盛る。すると、猫たちは整列して、一斉に「カリカリ」を食べ始めた。20匹近い猫が並んでえさを食べる様子は、壮観だ。御誕生寺のえさやりは、午前7時半と午後3時の1日2回とのこと。この時間に合わせて訪ねることをお勧めしたい。

小倉さんの周りは猫が集まる
小倉さんの周りは猫が集まる
 親しみやすい板橋住職
親しみやすい板橋住職

 猫寺に行くと必ず、板橋住職の横でニコニコしながら猫と一緒にいるのは、近くに住む小倉実さん(68)である。もともと大工で、40代後半で腰を痛め、引退した。それから母親の介護をしていたそう。近隣の県に出向き、祭りを見るのが長年の楽しみだった。踊りの輪の中に入り、いろんな人と仲良くなって年賀状をやりとりしてきた。近年は脳血管障害のため、遠出はできない。年賀状も途絶えてしまっている。「母親がいたとき、猫を飼っていたから……」と、しばしば御誕生寺へ足を運ぶ。おかげで、地域の人との縁がつながっている。

「ここに来て、板橋住職の話を聞いていると、ほっとします。のんびりしています。病気は少しずつ回復していますよ。小さい子どもに出会えるのがうれしいね。寄ってきてくれる。いい雰囲気、いい雰囲気……」

猫は「ただ反応するだけ」のさわやかな存在

 小倉さんが「ほっとする」という板橋住職の話、どんな内容なのだろうか。

「猫には坐禅も勤行もありません。のんべんだらりと寝そべって、忙しく動き回る修行僧を横目で見ています。横目で見て、しかし『がんばれよ』とか『寒いのに大変だね』とか思っているわけではありません。犬ならうれしそうに托鉢についてきたりするのでしょうが、猫はそんな愛想はせず、ただ寝転んでいるだけです。

 ただ寝転んでいる。人間のように『これじゃ駄目だ。起きてはつらつと働こう』とも、『いやあ、寝転んでいるのが一番楽ちんだよ』とも考えません。『言語』をもたないのでいろいろ考えるということがないのです。

 だから頭の中をカラッポにして、ただ寝転んでいられる。それで春の柔らかな風が吹いてくれば、気持ちよさそうに目を細めるし、危険が迫れば、サッと身をかわす。その身のこなしの素早いこと。誰かがえさを持って近づいてくれば、のそりと立って寄っていきます。風に鳴る風鈴と同じように、思考や言葉の介入なしに、ただ反応するだけの、実にさわやかな存在です」(『あたりまえでいい/ぐうたら和尚の“日々これ好日”』板橋興宗著、佼成出版社)

大勢の観光客でにぎわう御誕生寺
大勢の観光客でにぎわう御誕生寺

 猫は、忖度も、演技もせず、行動する。だから、接している人間は、考えすぎることをやめ、自然に振る舞うようになる。「猫の楽園」には、癒やしの力が備わっているように感じる。

 御誕生寺は、禅寺。凜(りん)とした雰囲気があり、本来は厳しい修行の場である。猪苗代昭順副住職はいう。「猫がいることで、寺の外は『ゆるい空間』になっています。寺にはいろんな事情を抱えた人が訪れる。そんな方にとって猫と過ごす時間は、お経を聞くようにリラックスできているのではないでしょうか」。このギャップが、御誕生寺の魅力なのだ。

※写真/筆者撮影

▲気品あふれる美猫モフモフ
▲気品あふれる美猫モフモフ
▲観光客の前でポーズを決めるモフモフ
▲観光客の前でポーズを決めるモフモフ
▲おとなしいアンディーは子どもに人気
▲おとなしいアンディーは子どもに人気
▲ふっくらとした顔の猫
▲ふっくらとした顔の猫
▲右目をけがした猫が
▲右目をけがした猫が
▲ベンチの上でお座り
▲ベンチの上でお座り
▲両手をそろえてお出迎え
▲両手をそろえてお出迎え
▲風格のある長毛の猫
▲風格のある長毛の猫
▲寄付をした人はこの中から返礼品を一つ選んで
▲寄付をした人はこの中から返礼品を一つ選んで
▲初夏のころには蓮の花が美しい
▲初夏のころには蓮の花が美しい
▲亡くなった猫をまつる慰霊塔
▲亡くなった猫をまつる慰霊塔
▲絵馬には飼い猫への思いがつづられている
▲絵馬には飼い猫への思いがつづられている

※「御誕生寺」のブログ

https://blogs.yahoo.co.jp/gotanjouji

※「御誕生寺」のFacebook

https://www.facebook.com/gotanjouji/

※「越前市観光協会」のホームページ

http://machiaruki.welcome-echizenshi.jp/course/20171118_gotanjyouji/

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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