Yahoo!ニュース

「知っていることがすべて真実とは限らない」香取慎吾の報道されなかった“真実”

てれびのスキマライター。テレビっ子
SMAP解散を伝えるスポーツ新聞(写真:アフロ)

SMAPの解散騒動以降、メディアでは様々な報道がされてきた。

特に香取慎吾に関しては、「もっとも強硬に解散を主張した」とされ、一部では「芸能界を引退し画家に転身する」だとか「海外に留学する」といったことが、“本人が親しい知人に語った”こととして、まことしやかに報道された。香取自身も所属事務所が発表したFAXに添えられた短いコメント以外、この件に関してほとんど口を閉ざしていたため、それが事実かのようにひとり歩きしていった。

しかし、7月19日に放送された『おじゃMAP』では山崎弘也から「留学するんでしょ?」と今後のことを聞かれると、「ちゃんと答えようか?」と前置きし、香取慎吾は以下のように語った。

「20代とか『(留学)行きたいな』とかあるじゃん。俺、40歳!(笑)。今、留学して勉強しない!

「俺を画家にしたいの? 画家は微妙かなぁ。絵はこれからも描きたいよ。(今までのスタンスと)一緒!

俺、引退しないから

報じられてきたこととはまったく逆の答えだった。もちろん、その言葉が100%本音かどうかは本人以外知る由もないことだ。

しかし、僕らが報道で伝え聞いて知っていることが“真実”とは限らない、そんなことを改めて思い知らされる放送だった。

ところで、香取慎吾といえば、かつてこんな番組が放送されたことがある。

香取慎吾、山荘に立て籠もる!!

「誠にショッキングな事件です!  タレントの香取慎吾容疑者が現在奥多摩町の山荘に女子高校生2人を人質にして立て籠もっている模様です! そこで番組の予定を変更いたしましてこの事件の模様をお伝えしたいと思います」

本来では『SMAP×SMAP』が始まる時間に、「緊急報道番組」が始まった。

現場の中継では、ヘリコプターからたくさんの警官隊、報道陣が山荘を取り囲む様子が映し出される。

そして、やや興奮気味のリポーターが事件の概要を伝えている。夜8時50分頃、若い女性の声で110番通報があったという。それは以下のような内容だった。

・奥多摩町の山荘に友人と2人で監禁されている。相手の男はタレントの香取慎吾である。

・香取慎吾に迫られ、断られるとナイフで脅し監禁状態にされた。

・香取慎吾はかなり興奮している。

実はこの事件の前から、香取慎吾が面識があった女子高生「A子」にストーカー行為を行っていたと、一部報道で伝えられていた。通報をした女性の身元は警察から発表されていないが、取材班の調べではA子にほぼ間違いがないという。捜査官は約30分前に現場に到着したが、電話も通じず、問いかけにも応じないため、内部の状況は分からない。だが、窓越しに香取慎吾本人と思われる人影は確認されたという――。

もちろんこれは、実際のニュースではない。「緊急報道番組」をリアルに模したモキュメンタリーの一種である。

「香取慎吾2000年1月31日」と題され『SMAP×SMAP』特別編として1999年12月13日に放送された。もう20年近く前の作品だが、今見ても色あせない幻の名作である。そして現在に通じる問題が数多く提示されている。

「緊急報道番組」のスタジオにはアナウンサーの他、急遽、コメンテーターとしてテリー伊藤や芸能リポーターの前田忠明、そして専門家として元警視庁捜査一課の男性が集まっている。

「なんでこうなっちゃったんですかねえ。先日仕事で一緒になったんですけど、まったくそんな素振りを見せなかった」と本当に中にいるのが香取なのかと疑問を呈するテリーに対し、前田は「間違いないと思いますよ。今日収録現場に姿をあらわさないんだから」と返す。

さらに番組では、実は翌日のワイドショーで放送する予定だったという「A子」に対する独占取材のVTRがあると言い、それを流すことに。

そのVTRの冒頭には、「人を好きになったらどんな手を使ってもものにするまで諦めないですね」という香取のラジオ番組での発言が抜き取って挿入され「香取慎吾を凶悪犯にした!? 本当の理由!」というテロップが踊る。

発端はインターネット上の掲示板への書き込みだった。それはA子と香取の交際の様子を伝えるもの。

翌月には、マンションの出口で2人をとらえた2ショット写真が掲載される。

それにマスコミが追随し、「香取慎吾に新恋人!! 相手は女子高生」と報道。

しかし、その後の続報で、2人は「交際」関係ではなく、香取が「ストーカー行為」をしていたという事実が発覚。香取がA子を男子トイレに連れ込むなどをしてしつこく追い回す姿が写真付きで報じられた。

香取は一連の報道に対し、沈黙を貫いたため、取材班は相手の女性A子に接触。彼女は独占取材に応じ、その出会いからこれまでのことを語った。

「香取さんの誕生日の日、私はプレゼントを用意していて渡そうとしたときに転んじゃったんですよ。そのときに、香取さんが抱き起こしてくれて。そのプレゼントの中にケータイの番号を書いていてそれを見て電話をしてきてくれたんです」「彼は私と深い関係っていうのを考えていて、でもまだ高校生だし断ったんです」

すると香取は待ち伏せをし「話がある」と強引に迫ったり、一方的にプレゼントを贈ったりしてきたという。

実際、彼女が香取からもらったというネックレスは、以前香取がしていたものと同じであることは、残された収録素材から証明された。

「この女子高生のインタビューからも慎吾くんがストーカー行為をしていた事実がハッキリしましたよね」

VTR明け、前田忠明が語っていると、マスコミ各社に香取慎吾本人からFAXが届いたと、その文面が読み上げられる。

「世間をお騒がせして大変申し訳ありません。SMAPの香取慎吾を捨て、僕は一人の女性を愛して生きていきます。

日頃お世話になっている皆様、ファンの皆様には、大変ご迷惑をおかけしますが、これも一人の男として決めたことです。わがままを許して下さい。香取慎吾」

それに対し、「わがままというより犯罪ですよ!」と前田が激昂している。

そうこうしているうちに、人質のうちの一人が自力で脱出。ナイフで刺されケガをしているという。脱出した女性の話では香取は錯乱しており、いつ危害を加えてもおかしくない状況とのこと。これを受け、狙撃隊が現場に到着した。

専門家も「もし女子高生に危害を加えたなら強硬手段もやむを得ないでしょう」と語る。

番組では、視聴者へ「強硬手段をとるべき」か「引き続き様子を見守るべき」かで電話によるアンケートを実施するのだ。視聴者の投票は「強硬手段をとるべき」が「見守るべき」を上回った。

そして、強行突入。

大混乱の中、銃声が聞こえる。

撃たれた香取がタンカに乗せられ運ばれていく――。

報道されなかった“真実”とは?

すると、突然、香取が立ち上がり画面に向かって語りかける。

あなたはこの一連の報道をどう見ていましたか?  

人の生死がかかわった状況であるにもかかわらず、ひょっとしたら興奮して楽しんでご覧になった方もいるんじゃないでしょうか。そう、特に『強硬手段をとるべき』に投票したあなた。

あなたが知っていることがすべて真実とは限らない

今からお見せする本当の真実。それを見終わった後、あなたはどう感じるのでしょう?」

この作品を演出したのは、長江俊和。

のちにフェイクドキュメンタリーの傑作『放送禁止』シリーズ(テレビ版7作、映画版3作)を作ることになる監督だ。この作品は『放送禁止』の原型のひとつだと言える(それ以前に『FIX』や『Dの遺伝子』などモキュメンタリー形式の作品を作っているのでその発展版でもある)。

『放送禁止』では、本編のあと、真相を解明するヒントとなるシーンの画像が何の説明もなく短く挿入されるが、「香取慎吾2000年1月31日」では、香取が視聴者に呼びかけた後、香取側から見た事件の概要がドラマとして放送される。従って、前半はドキュメント風の演出、後半はドラマ演出という構成だ。

そこで実際には、まったく逆の関係、つまりA子がストーカー行為を行っていたことが明かされる。

掲示板への書き込み、報道の推移、写真、プレゼント、FAXなど、A子が巧みに情報を流し、印象操作をしていたのだ。

A子はあるきっかけで、香取に対して愛憎半ばの感情に至るのだが、それも彼女の誤解に基づくものだということが分かる。

だが、その誤解が解けて2人が心を通わせた直後、警察が突入。香取は狙撃されてしてしまうのだ。

物事は一方向からだけでは、分からないことがある。男女関係だけではない。どんな問題でもそうだ。

どちらが善でどちらが悪か、一方に決められている時は特に警戒しなければならない。

まことしやかに伝えられている“事実”が、“真実”とは限らない。

「ショッキングな情報が入ってきました。たった今、SMAPの香取慎吾容疑者の死亡が確認されました。繰り返します。SMAPの香取慎吾容疑者が死亡しました」と再び“報道番組”に戻り伝えられる中、番組は、香取のこんな言葉で締められる。

時に誤解があったとしても人と人とは、解りあえる

 僕はそう信じている」

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

てれびのスキマの最近の記事