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高齢者施設が水害を受けやすい場所に建つ理由 「特養銀座」では3分の1が川沿い

斉藤徹超高齢未来観測所
高齢者は災害弱者になりやすい(写真:Motoo Naka/アフロ)

豪雨による高齢者施設の罹災

異常気象の影響により、毎年のように日本各地が想定を超える豪雨に見舞われ、予想外の水害で住宅家屋、学校、病院などが浸水し、多大な被害を受けるケースが相次いでいる。

なかでも痛ましいのが、特別養護老人ホームなど高齢者施設が被害に遭遇するケースだ。水害のみならず各種の災害時に機敏な判断や避難行動が困難な高齢者は災害弱者となりやすい。

最近では本年7月熊本県球磨川の氾濫により、特別養護老人ホーム「千寿園」(球磨村)では14人の高齢者が犠牲となった。隣接する芦北町では10施設、人吉市でも9施設が浸水するなど球磨川流域の5市町村で27施設が被災した。(2020年8月3日朝日新聞西部朝刊)

2019年10月には川越市内を流れる越辺(おっぺ)川の堤防決壊により下小坂の特別養護老人ホーム「川越キングス・ガーデン」が床上浸水し、利用者と職員がボートで救助された。(2019年11月19日東京新聞)

高齢者施設は川沿いに多いのか

上記のケースに留まらず、水害時に高齢者施設が被災するケースは比較的多い気がする。もしかすると高齢者施設が水害に遭いやすいのは、こうした施設の立地特性として川岸に建てられる場合が多いからではないか。

実はそう考えたのには理由がある。筆者はロードバイクに乗るのが趣味で、以前は休みに多摩川沿いのバイシクル・ロードをよく走っていた。調布あたりから多摩川を上流に向けて遡ると、府中あたりから次第に緑が目立つ。そして青梅市あたりになると川沿いに高齢者施設が目立つようになってくるのである。

青梅市をはじめ、あきる野市、日の出町、羽村市などの西多摩地区は福祉関係者からは特養銀座地区と呼ばれている。特別養護老人ホームを運営する際、経営安定のためには自ずと地価の安い場所を求めざるを得ない。その結果、東京だと都下で安価な地区が各種老人ホームの立地として浮上する。加えて、こうした施設を建設する際、近隣住民からの反対も懸念されるため、周辺に民家の少ない川沿いなどが選ばれることになる。また、これらの施設は設置が困難な都内23区の協力施設としても機能することになる。

実際に青梅市は川沿いに高齢者施設が多く立地しているのかどうか調べてみた。青梅市のホームページや介護施設紹介サイトなどを参照しつつ、GoogleMapにプロットしたのが図1である。プロットしているのは、特別養護老人ホーム、老人健康保険施設、療養病院、グループホームなどの高齢者施設である。

図1 青梅市の主要高齢者関連施設配置図(筆者作成)
図1 青梅市の主要高齢者関連施設配置図(筆者作成)

マップの左中から右下部にかけて多摩川が流れている。一定数(全体の約3分の1程度)の施設が川沿いに立地していることが窺える。また施設は市街地ではなく、市街地の外れや山沿いに立地しているところも多い。こうした傾向は青梅市のみならず他の市町村においてもそうではないだろうか。

加えてこれらの地区は、都市計画上では市街化調整区域として指定されているケースも多い。

市街化調整区域と高齢者福祉施設

「市街化調整区域」は、都市計画法に基づき無秩序な都市化に一定の制限をかけるために設けられたもの。基本的には区域内では新たな建築物を建てたり、増築するといった開発行為は制限される。一般には優良な農地、優れた自然環境を有する区域に加えて、溢水、堪水などによる災害の恐れがある区域が開発を制限すべき市街化調整区域として指定される場合が多い。

しかし、いくつかの例外規定もある。詳細は自治体により異なるが、都市計画法第34条により、ホテルやゴルフコース等の観光関係施設、コンビニやドライブインなど交通の便に資する施設などは開発が認められている。加えて、市街化区域では開発が困難や不適当であり、かつ開発審査会で許可を得られた施設として納骨堂や老人ホームなどの建設も例外規定に含まれている。つまり一定の審査が通れば、高齢者施設の一部は市街化調整区域に建設して良いのである。

実際に一定の自治体では市街化調整区域での高齢者施設認可を行なっているようである。これに関しては、松川寿也、中出文平、樋口秀各氏による論文「市街化調整区域での有料老人ホームの許可基準に関する一考察 −有料老人ホームの開発審査会基準とそれを規定・未規定とする自治体に着目して−」(2016年10月「日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.51 No.3」で詳細な分析がなされている。

それによると平成27(2015)年12月現在、立地位置が特定できた全国10,784施設のうち、約1割887件が市街化調整区域に立地しているそうである。特に愛知県は117施設と突出して多く、群馬県、三重県、佐賀県などでは市街化調整区域への立地依存度が3割以上であるなど市街化調整区域に対する一定の依存が進んでいることが指摘されている。

しかし市街化区域に立地が困難だから、その代わりに立地上の課題がある調整区域への無節操な認可を行うことは問題がある。

2018年の改正都市計画法施行後は、開発申請が必要であるが、一部の自治体では開発審査会上であまり審査されないまま認可を出しているケースもあるようで、これについては安全基準に照らした上での厳格な審査が求められていると言える。審査会など一定の盛土を行うといった条件付きで開発が認可されるケースもあったようであるが、近年の傾向として想定外の水害被害が広がるなかで、今後の審査会のあり方も一定の見直しが必要となってくるだろう。

国は被災の恐れがある特別養護老人ホームや病院などに対し、避難計画の策定、訓練実施を義務づけているが、残念ながら計画策定施設は約半数弱に留まっている。施設職員が避難に関するノウハウも持たない中で単純に義務を強制するのは無理がある。施設は慢性の職員不足に悩まされており、策定のゆとりもないのが実状だろう。こうした実状を理解した上で、災害専門家による避難計画策定支援や、近隣ボランティアの協力も交えた避難サポート体制の構築などが求められているのではないだろうか。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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