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年金プラス・アルファの収入を得る暮らし、「仕事付き高齢者住宅」とはどのような住宅か

斉藤徹超高齢未来観測所
皆で野菜を栽培し収入を得る(写真提供:伸こう福祉会)

高齢期に働き続けることの重要性の高まり

長寿化が進む日本の中で、近年「高齢期において働き続けること」が重要な社会テーマとして浮上してきています。高齢期の就労がテーマになるのは大きく下記の2つの視点からです。

ひとつは、平均寿命の延伸が進む中、元気なうちはできる限り働いたほうが良いという視点。リタイアして自宅に引きこもってばかりいるのは不活性。生計維持のためだけでなく、就労を通じて社会の役に立つという自己効力感も生まれ、日々の生活に張り合いを感じられる。健康寿命延伸のためにも働き続けた方が良いという視点です。

そして、もうひとつはいうまでもなく社会保障費用の視点です。元気なうちは年金のみに頼るのではなく働き続けるべきだ。年金支給も遅らせたほうが、財政的にもプラスだ。だから高齢期になっても働けるうちは働くべきという視点です。

たしかに増大する社会保障費用抑制の観点から見ても、働き続けることは重要かもしれません。しかし、加齢変化に応じて出来ることは自ずと限られてきます。いつまでも現役時代のように働き続けられるわけでもありません。その意味では、高齢期では、「多様に働くことの出来る場づくり・環境づくり」が重要と言えるでしょう。

今回取り上げる「仕事付き高齢者住宅」は、後期高齢期においても健康的に働くことの出来る場づくりに対するひとつのチャレンジです。

仕事付き高齢者住宅プロジェクト

クロスハート湘南台二番館の外観(筆者撮影)
クロスハート湘南台二番館の外観(筆者撮影)

神奈川県藤沢市、小田急江ノ島線湘南台駅からほど近い介護付き有料老人ホーム「クロスハート湘南台二番館」。ここで2017年に開始したのが「仕事付き高齢者住宅プロジェクト」です。発端は、当時お付き合いのあった地元で長らく高齢者支援の活動をしているNPOの代表を訪れた高齢のお客様の声から。

「年金のほかに、月5万くらい稼げるような仕組みがあれば、ちょっとおいしいご飯を食べたり、お孫さんにいいものを買ってあげることが出来るのに、という相談を頂いたんです。そこで、仕事付き高齢者住宅プロジェクトをスタートさせることしました。」(社会福祉法人伸こう福祉会 中村洋平さん)

具体的なプロジェクトの内容としては大きく2つ。ひとつは高齢者でも比較的簡単に働ける高床式砂栽培農業施設を用いた「クロスハートファーム」での野菜栽培事業。もうひとつは、施設内における保育補助、掃除、食器洗浄、散歩補佐などのライフサポート事業。この事業は経済産業省による「平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業」として提案・採択され、事業が一層加速されることになりました。

高床式砂栽培農業施設は、東レ建設株式会社が開発した「トレファーム(R)」のシステムを採用したもの。栽培方法の特徴としては、1.砂栽培、2.高床式ベッド、3.IoT自動潅水システム、が挙げられます。

土ではなく砂場での栽培メリットは、砂なので土壌が硬い土よりも作業が楽になることに加え、連作がより簡単になること。建設足場材で栽培ベッドがしつらえられているため、腰をかがめる必要もなく、高齢者でも作業が楽に行えます。

車椅子でも座ったままで作業が可能です。面倒な水やりや肥料やりは自動化され、遠隔管理操作も可能となっており、毎日野菜のメインテナンスが必要といった煩わしさからは、一定程度開放されることになります。

この「クロスハートファーム」の野菜栽培に取り組み、収穫した野菜を販売し、利益を分配する。こうした仕組みの構築を目指してプロジェクトはスタートしました。

スタートに当たっては、入居者に「これは趣味の野菜栽培ではなく、仕事として取り組んでいただくこと」を理解して頂くため、施設内できちんと説明会を開催。納得した上で参加していただいた。参加者はみな要支援・要介護の方。種まき、育床、水やりから収穫まで栽培に取り組みました。

初年度に収穫された野菜は、近くにあるイオンでスペースをお借りし、育成に係わった人々が野菜を袋詰めして販売しました。

「店頭で実際にお客様が買ってくれることを体験して、初めて「これは本当に仕事なんだ」と実感された方も多かったと思います。」(中村さん)

2年目となった現在は、スーパーでの販売ではなく、同じ藤沢市内にある農家レストランに収穫した野菜を卸しています。野菜はレストランの料理にもなり、店頭で販売もされています。新鮮で美味しいとお客様にも評判は上々のようです。

実際の作業現場を拝見して

クロスハートファームの外観(筆者撮影)
クロスハートファームの外観(筆者撮影)

4月の某日。実際の作業を拝見させて頂いた。「クロスハートファーム」まで同行させていただいたのは、佐藤洋子さん(77歳・仮名)。当日はお一人でしたが、現在は12名の方々が農作業に係わっているそうです。施設から車で5分ほどの距離にある「クロスハートファーム」はビニールハウス内に2列の高床式ベッドが並んでいます。

栽培されていたのは、ミックスリーフ、フリルアイス、小松菜など。当日は収穫日にあたり、ハサミを片手に佐藤さんは次々と収穫していきます。筆者も一緒に収穫させていただいたのですが、作業は非常に簡易。砂床なので、野菜を持ち上げるにもさほどの力を必要としません。ごくごく楽に作業を進めることが出来ました。

野菜を収穫する(筆者撮影)
野菜を収穫する(筆者撮影)

収穫のあとは、納品にも同行させていただきました。訪れたのは農家レストラン「いぶき」。3ケースの野菜を納品し、本日の作業は終了です。とかく施設内にこもってしまいがちな入居者の方々にとって、こうして外出し、自然と触れる快適さは格別ではないかとも感じました。佐藤さんも、「こうして野菜作りに携われることは非常に楽しい」と笑顔で語られていたのが印象的でした。

農家レストラン「いぶき」の店内風景(筆者撮影)
農家レストラン「いぶき」の店内風景(筆者撮影)
収穫した野菜を納品する佐藤さん(筆者撮影)
収穫した野菜を納品する佐藤さん(筆者撮影)

社会的就労市場の拡大を目指して

中村さんによると、この2年間で得られた知見をベースに「クロスハート湘南台二番館」はさらに「仕事付き高齢者住宅プロジェクト」を拡張させていくつもりだそうです。具体的に現在取り組んでいるのは「裁縫」をテーマにした仕事づくり。入居者には女性が多いことから、近所の認可保育園で使う雑巾を縫い提供するといったことにもトライアルされているとのこと。

高齢期になっても働くことによって得られる自己効力感、これは何者にも代えがたいものです。老人ホームに入居された方で良く聞くのが、食事、洗濯、掃除など家事を自分でやる必要もなくなり、逆に不活発となり体調を崩される方もいらっしゃるという話。この「仕事付き高齢者住宅プロジェクト」は、後期高齢期における生きがい提供という文脈において極めて意義深いプロジェクトであると感じました。

また一方で、野菜栽培「トレファーム(R)」の開発に係わった東レ建設としては、誰でも簡単に農作業に参加できるこのシステムを、「ソーシャルファーム」の領域で広げられないか考えられているそうです。(東レ建設(株)トレファーム事業推進室 内田左和さん)

ソーシャルファームとは、社会的企業の1タイプで、障がい者や就労市場に不利な状況の人々を対象に、持続的な賃金労働を生み出すことを目的とした組織のことを指すものです。(Social Firm Europeホームページより)近年、障がい者分野でも就労することが大きなテーマとなっていますが、この手軽な野菜栽培が可能な「トレファーム(R)」は、こうした社会的就労の文脈にも叶うシステムであると言えるでしょう。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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