Yahoo!ニュース

「70歳代を高齢者と言わない宣言」した大和市の意図はどこにあるのか

斉藤徹超高齢未来観測所
(写真:アフロ)

「70歳代を高齢者と言わない都市」宣言とは

 4月12日の神奈川新聞に神奈川県大和市が、「70歳代を高齢者と言わない都市」宣言をしたという記事が掲載されました。

同市の広報発表記事によると、宣言文は以下の通りです。

「70歳代を高齢者と言わない都市 やまと」宣言

・「人生100年時代」を迎える超高齢社会では、一般に65歳以上を高齢者とする固定観念を変えていくことが必要です。

・年齢を重ねても、自らの健康を維持し、自立した生活を送れるよう努めている方、豊かな知識と経験を生かし、様々な役割を果たしている方など、一人ひとりが大和のかけがえのない存在です。

・支えを必要とする方には手を差し伸べながら、この世代の方々が、個々の意欲や能力に応じて、いつまでも生き生きと活躍していただきたいと考え、「70歳代を高齢者と言わない」ことを宣言します。

出典:大和市ホームページより

 「70歳代を高齢者と言わない都市」とは、一見すると奇妙な都市宣言のようにも思えます。実は、同市は2014年にも「60歳代を高齢者と言わない都市」宣言を行っており、すでに実績があります。

 わずか4年で宣言の対象年齢を10歳も引き上げるのはいかがなものかという気もしますが、これには理由があります。

 以前、こちらのヤフー!ニュース(「75歳以上を高齢者に」という提言を検証してみた)でも記事にしましたが、昨年1月に日本老年学会・日本老年医学会「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ」が発表した内容がその理由です。現在高齢者の定義の多くが65歳以上となっていることに対し、現在の高齢者は、身体的・精神的ともにかつての高齢者よりも「若返り」が見られることなどから、75~89歳を高齢者としようという提言でした。

 これを受け、今回の宣言では対象年齢を60歳代から70歳代に引き上げを行ったわけですが、わずか4年で見直しを図るだけの緊急性や必然性があったのかについては、いまひとつ理解できません。すでに大和市は、平成21年に「健康都市やまと」宣言を行い、健康寿命を延ばすためのさまざまな施策を実施しています。十分これで事足りるのではないかという気もします。

 が、それにもかかわらず、あえて再び「○○歳代を高齢者と言わない都市」を行ったのは、むしろ「宣言」することに意味があると考えたのでしょう。

 そこで、次に地方自治体が都市宣言を行うことの意味について考えてみましょう。

「都市宣言」の現在

 地方自治体のホームページを確認すると、さまざまな都市宣言を行っていることがわかります。平均すると5つから6つ程度の都市宣言をしているところが多いようで、宣言のテーマも多岐にわたります。神奈川県各市の都市宣言をざっと分類してみると、以下のようなテーマで行われていました。

平和テーマ:「非核平和都市宣言」「平和都市宣言」

環境テーマ:「環境都市宣言」「河川をきれいにする都市宣言」

健康・福祉テーマ:「健康都市宣言」「福祉都市宣言」「健康文化都市宣言」

教育文化テーマ:「生涯学習都市宣言」「スポーツ都市宣言」「教育都市宣言」

安全テーマ:「交通安全都市宣言」「安全都市宣言」「子どもの安全を守る都市宣言」「バリアフリー都市宣言」

人権テーマ:「人権都市宣言」「男女共同参画都市宣言」

市民テーマ:「親孝行都市宣言」「ふれあい市民宣言」「明るくたくましい青少年が育つ都市宣言」

 平和、環境、健康、安全などテーマは多岐にわたるようですが、いずれも行政が志向する内容であり、特筆すべき点はありません。(唯一、親孝行都市宣言(厚木市)が、少し興味を引きましたが。)「都市宣言」を行うことで、我が自治体は「○○」に力を入れている、と言いたいことはわずかに伝わるものの、そこに行政としての独自性を見いだすことは出来ません。

そもそも「都市宣言」とは何か

 そもそも自治体が行う「都市宣言」とは、何を目的として、また何がきっかけで始まったのでしょうか。その起源ははっきりとはしません。おそらく1958年の愛知県半田市による「非核都市宣言」が最初ではないかと言われています。

 当時は、日本はまさに核の議論に揺れる時代でした。米国、ソ連による水爆実験が頻繁に行われ、核の恐怖が市民の間で身をもって感じられた時代でもありました。1954年に公開された映画「ゴジラ」は、明らかに核の恐怖をメタファーとするものでした。そんな時代の「非核都市宣言」は、市民の生命の安全に関する国家への一種の異議申し立てであったのです。

 特に宣言年を詳しく調べているわけではないので、ここからは推測となりますが、おそらく各種「都市宣言」には、それぞれの時代環境を背景とした一種のブームのような動きがあったのではないでしょうか。こちらの動きは異議申し立てというよりは、大きくは都市(行政)ブランディングの一環として捉えることができます。

 例えば、交通問題が大きな社会テーマとなった1970年代に交通事故ゼロを目指す「交通安全都市宣言」が増え、環境が社会テーマとなった2000年前後に「環境都市宣言」が増えるといった具合です。最近では、おそらく「男女共同参画」や「生涯学習」などが増加しているでしょう。

「70歳代を高齢者と言えない都市」を目指して

 このような文脈で、改めて「70歳代を高齢者と言わない都市」宣言を考えると、現在、急速な勢いで高齢化社会が進む日本の中、これはいちはやく「元気な高齢者」にポイントを当てた宣言であると言えます。

 「長寿社会」や「高齢者」などといった言葉ではなく、「70歳」というキーワードを盛り込んだところにマーケティングセンスが感じられます。その意味では、都市ブランディングの視点からは極めて慧眼と言えるでしょう。しかしながら、その具体的な施策内容として、「70歳代を高齢者と言わないこと」だけでなく、高齢期においても元気な働ける就労環境の実現や元気な高齢者が地域の人々を支援するための多世代交流の仕組みなどの整備など、具体的な施策の積み上げも期待したいところです。

 各種施策の実現によって「70歳代を高齢者と言えない都市」が実現されることを期待したいと思います。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

斉藤徹の最近の記事