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「おばあちゃまの美人服」が高齢社会を救う

斉藤徹超高齢未来観測所
いつまでも美しい80代でありたい(マダムトモコカタログより)

長寿大国にふさわしい商品が少なすぎる

日本が世界一の長寿国であることは、すでに多くの人はご存じでしょう。日本人の平均寿命は女性86.99歳で世界1位、男性は80.75歳で世界3位です。しかし長寿とはいっても死ぬまで若い頃のままというわけにはいきません。年を重ねるに従い、人間の身体や認知、生理機能にはさまざまな変化が生じます。白髪が増える、シミ・シワが増加する、物忘れしやすくなる、トイレが近くなるなど、いわゆる“老化現象”を我々は受け入れざるを得ません。それらの老化現象は、我々に不便を強いてくることもしばしばあります。高齢になって暮らすということは、このような不便さとの共存を強いられることでもあります。

世界に冠たる長寿大国であるにもかかわらず、高齢期の人生を豊かに過ごしていくための商品やサービスが整えられているとは言いがたいのが現状です。成人とは異なる幼児、子供のためにはさまざまな商品が整えられているにもかかわらず、高齢期を快適に過ごすための商品にはまだ多くの開発余地が残されているのではないでしょうか。今回ご紹介するファッション・ブランド「 マダムトモコ」は、そのような高齢期女性のための洋服です。

マダムトモコのファッション・スタイル

一般に高齢期に起こる身体変化には、次のような変化が挙げられます。筋肉量の減少や関節部分の機能低下により、上肢・下肢の可動幅が減少する。関節が曲がりづらくなり、握力や脚力が低下する、指先の細かな動作ができなくなるといった変化です。また、“老人性円背”という症状も生じます。背中や腰が大きく曲がったり丸くなったりした高齢者を見かけたことがあると思います。これは加齢に伴い、骨密度が低くなり、脊椎の椎間板が変形することによって起こるもので、とりわけ女性に多く見られる現象です。これらの変化は概ね70代後半から80代以降に生じてくるものです。

マダムトモコの特徴は、このような高齢女性特有の身体変化をきちんと捉えた点にあります。例えば、「身体のラインが出にくく、しかもきちんと見える」「柔らかく、軽く、皺にならない」「着たり、脱いだりするときに快適」「優しい肌触りで、伸縮性がある」「おなかまわりがゆったり設計」「薄くて軽いのに暖かい」。このような機能的な特徴を備えつつ、エレガントでほどほどの品の良さを持つファッション・スタイルを実現しているのがマダムトモコです。

マダムトモコ店舗とオーナーの武石麗子さん
マダムトモコ店舗とオーナーの武石麗子さん

元々このような80代女性向けファッションを発想したキッカケはどこにあったのでしょうか。ブランドオーナーの武石麗子さんにお話をお伺いしてみました。実は、このような洋服を思いついたきっかけは、彼女の母親が年老いた祖母のためにつくった洋服から始まったそうです。彼女の母親がつくった洋服パターン(型紙)は、腰の曲がった人に合わせて作られたものでした。

これは、もしかすると誰も考えついていないのでは?そう考えた彼女は、「腰の曲がった人のための洋服」特許の取得に奮闘します。

そして「背の円い人のための上衣」「腰の曲がった人用のズボン」という2つの特許を無事に取得した彼女は、この特許を武器に高齢女性のためのファッション・ビジネスの起業を決意したのです。

しかし、そのときの彼女にファッションに関する経験やノウハウがあったわけではありませんでした。当時の彼女は2児の子供を抱える専業主婦、結婚前に仕事はしていましたがファッションとは縁のない広告業界。まったくゼロからのスタートでした。

生地の仕入れに日暮里の生地問屋街を訪れる、デザイナーやパタンナーを探す、小ロットでも引き受けてくれる縫製工場を見つける。このような地道な努力を続けていく中で少しずつ事業の形を整えていきました。

彼女が事業をスタートさせた2003年頃、世の中はインターネットがようやく普及していく時期であったこともあり、事業スタート当初の販売方法はインターネットによるオンライン販売が中心でした。その後、事業は少しずつ事業拡大を果たし、現在では世田谷区の桜新町に店舗を持ちつつ、商品カタログによる通信販売(年6回)とインターネット販売がメインの販売手法となっているそうです。商品を購入されるのは、高齢者本人よりも、息子さんや娘さんが自分の母親のために購入するという、いわゆる「親孝行ギフト」による購入比率が比較的高いそうです。

年をとってもおしゃれすることが肯定される社会へ

彼女がこの事業を通じて実現したいのは、「(年をとっても)おしゃれすることが肯定される社会」。往々にして、高齢者本人や子供からも、おしゃれすることを「年甲斐もなく」、「派手じゃない?」、「気後れしてしまう」といった言葉で否定してしまう人が一定層はいるそうです。

そうではなく、「いつまでもおしゃれをしたいという気持ちを持ち続けることが、元気な高齢者の創出につながる」と彼女は語ります。

年をとってスタイルが変わってしまうと、だんだんおしゃれするがおっくうになり、嫌になってしまう。そのように萎んでいく本人の気持ちを、息子世代や娘世代が、「いつまでもきれいな母親でいてほしい」と後押ししていくことが大切であると武石さんは語ります。

確かに彼女が語るように、年をとるとあまり自己主張せず、大人しくしておいたほうが無難だ、という気持ちになってしまう高齢者の方も多いかもしれません。「年をとったからこそ、自分の好きなファッションで自己主張しよう」そのように思える高齢者を増やしていくことこそが、明るく豊かな高齢社会の実現に繋がっていくのでしょう。

マダムトモコのホームページはこちら

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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