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藤島ジュリー景子さんが使われた事業承継税制って? 不動産鑑定士兼税理士がそもそもの問題点を探る

冨田建不動産鑑定士・公認会計士・税理士
(写真:REX/アフロ)

■はじめに

故・ジャニー喜多川氏の生前の不適切な行為により、ジャニーズ事務所(以下、同社につき敬称略)が揺れています。

個人的には、本来責められるべきはジャニー喜多川氏であり、罪を償うべきはこの人物と思います。ただ、残念ながら既に亡くなっていて、罪を償わせられない点に歯がゆい思いを禁じ得ません。

ここでは個人的な思いはさて置き、税理士兼不動産鑑定士の立場から、事業承継税制について整理の上で、本件での教訓をどう捉えるか考えてみたいと思います。

■事業承継税制とは

国税庁のサイトでは、以下の説明がなされています。

法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。

元々は事業承継税制は、中小企業の経営者が亡くなった際などに「(土地等のその会社の資産が大きいことで株価が膨らみ)相続税負担が大きすぎて、相続税が払えなくなるので会社をたたむ」結果、せっかく、そこまで培ってきたその事業が承継されず、しかもその会社に勤務していた人たちが職を失う…という事態を回避しようと作ったものでした。

この件では、藤島ジュリー景子氏が事業承継税制を使って、株主として居続ける点が批判されています。

そして、確かにこの使い方は、「当初の立法趣旨にはそぐわない」面は否定できません。

ただ、藤島ジュリー景子氏は不当な税逃れや脱税行為はしていません。

認められた制度を有効に使っただけで、税の面からは何ら責められることはないのです。

ですので、税理士としては、藤島ジュリー景子氏の行為は、少なくとも税制面では「責められる筋合いはない行為である」と言わざるを得ないのです。

ある記事で、国税庁関係者が苦言を呈している旨の報道がありましたが、税務署は粛々と納税手続を進めるだけですので、そのようなことを言う関係者が国税庁内部に本当にいるのだろうか…とも思います。

ジャニー喜多川氏に対する責任追及がかなわない今、代替として藤島ジュリー景子氏に対する批判の声が殺到している面があるのでしょうが、この辺りは安易な誹謗中傷に走らないように、冷静に判断すべきでしょう。

■報道では860億円の相続税と言われているが…

ジャニーズ事務所の本社がある赤坂9丁目のビルの、登記上の土地の地積は約3,397平米とあり、前面道路の相続税路線価は、ジャニー喜多川氏が亡くなった令和元年度で2,020,000円/平米(ちなみに令和5年は2,410,000円/平米)です。

少々ややこしいのは、この土地、不整形の減価が若干考えられるなどの背景がありますので、本当は細かい補正が必要です。ただ、ここでは概算ですので、ざっくり計算して約68億円(約3,397平米×2,020,000円/平米)としましょう。

建物については、相続税計算の基礎となる固定資産税評価額の正確な額が不明のため、まだ固定資産税評価額がない新築建物の固定資産税評価額の計算に代用される令和3年新築建物課税標準価格認定基準表の東京法務局管内の数値で代用することとします。

鉄筋コンクリートの事務所の単価は152,000円/平米。総務省の経年減点補正率を見るに平成31年時点で新築後17年経過の鉄筋コンクリート造の事務所ですから、0.7908ですので、登記上の面積は約14,120平米のため

152,000円/平米×0.7908×約14,120平米=約17億円

が、もちろん誤差は考えられますが、概算の固定資産税評価額と言えるでしょう。

誤解されないように念を押すと、ここで算定したのは、あくまでも「ジャニーズ事務所の土地や建物の『相続税計算用の便宜的な評価額』」であって、市場の価格とは全く違います

実際にジャニーズ事務所の本社の土地や建物を不動産として売買すれば、現在の不動産市場を鑑みるに、この何倍もの値段がつくであろう旨も、ご記憶いただければと思います。

もっとも、登記上はジャニーズ事務所がこの土地や建物を購入したのはジャニー喜多川氏が亡くなる前年の平成30年2月と割と直近です。ジャニー喜多川氏に関する相続税について述べると、このような場合、実際の取得価額(市場で成立した価格)に一定の補正をした額が相続税評価額と扱われる場合もあり得る点も、頭の片隅に留め置いていただければと思います。

一方、報道によると、事業承継税制を使わなければ860億円の相続税が…とされています。

これだけ財産があれば最高税率55%が適用でしょうから、860億円÷約55%→約1,563億円が、相続財産の評価額となります。

その大半はジャニーズ事務所の株式の価値と思われますが、同社が所有するジャニーズ事務所の本社の土地建物を相続税路線価ベースで計算しても約68億円+約17億円で約85億円。

非上場株式の評価は、類似業種比準方式という方式等の色々と難解な規定がありますので、その会社が所有する土地や建物の相続税評価額が相続税計算上での株価に直結するとは限らない面はあります。

ただ、その算定方式で納税者が有利な場合は、「その会社の持っている財産から債務等を差し引いた純粋な財産の価値」に基づき相続税計算上の非上場株式の額が評価されると考えてよいでしょう。

と、いうことは、約1,563億円と約85億円の差額で本社の土地建物以外で1,400億円以上の財産の開差があることを示すことになります。

仮に平成30年の実際の取得価額を反映した価格を相続税申告に際して用いるとしても、いくらなんでも相続税路線価に基づく評価額85億円の不動産が市場価格ベースとは言えいきなり500億円以上とかになることはさすがに考えづらいですから、やはり大きな開差が残ると言えるでしょう。

その開差の根拠が筆者には見えないですし、ここがこの件に関する報道の疑問と思っています。つまり、860億円の算定根拠とは? という点です。

誤解かもしれませんが、もしかして、報道が面白おかしく書きたいがために盛っているのでは…とも思えなくもありません。

少なくとも、相続税が860億円と言うのであれば、具体的な税理士による計算結果を示すべきでしょう。一応、一株あたりの評価額をこの位で…という想定はおいているようですが、専門家の具体的な名前や一株あたりの評価額の算定根拠が書かれていない以上、税額の根拠も希薄と言わざるを得ないでしょう。

ジャニー喜多川氏の不適切な行為に関連して各種メディアが反省の意を表していますが、このような「専門家による納得できる具体的な根拠を示さず、評価額や税額を報道する」点もまた、各メディアが猛省すべきでしょう。

■藤島ジュリー景子氏の行動を、税理士としてはこう見る

世間では、令和5年9月現在「事業承継税制を使いたいがために、株を持ち続けている」ことが批判の的となっていますが、税理士としての筆者の感覚は「そりゃそうするよな」というものです。

なぜなら、事業承継税制の適用を放棄したら、860億円かはともかくとして莫大な相続税が課され、下手すれば破産の危険性すらあるのでは…とすら思える状況だからです。

それであれば、世間の批判が強くとも、なんとしても持ち続ける…というのは、むしろ頷ける話です。と、いいますか、筆者が同じ立場でもそうするでしょう。

ジャニーズ事務所の被害者への救済の不備を批判するのは筆者も賛同しますが、藤島ジュリー景子氏の税に関する行為を批判するのは筋違いでしょう。

この点に関してもし責めるとすれば、そのような制度を構築した立法府でしょう。そこは勘違いしてはならないと思います。

ただ、個人的には、その上で、「その節税でメリットを受けるのであるから、その分、税とは離れて人として、具体的なビジョンを示した上で、そのメリットに見合うように積極的な被害者への救済に寄与していただきたいな」とは思います。

■実は、こういう傾向にある

事業承継税制の制度創成期の一時期、公認会計士向け、もしくは税理士向けの研修で事業承継税制の研修が頻繁に開催されていたため、筆者も何度か受講したことがあります。しかし、実は筆者個人としては、実際に事業承継税制の手続を業務でしたことはありません。

そして、これは筆者が特別というわけでもないようです。

と、いいますのも、筆者は日本公認会計士東京会の税務委員会に所属しているのですが、この委員会に所属する税務を専門で行っている、筆者同様に公認会計士の資格に基づき税理士登録をしている公認会計士たち数人に聞いても「使ったことがない」という声ばかりだったのです。

実は、事業承継税制は、「5年間は株を持ち続けていないといけない」等の形式的な要件や、その他の縛りが強すぎて、とても使い勝手が悪いのです。

結果、この制度を使うのは、「相続人が少なく、税務上は中小企業として扱われるものの実態としてはかなりの大企業」等のごく一部に限定されている傾向にあるようなのです。

むしろ、前述の税理士業務を行っている公認会計士たちに聞いても、「実際に使っている例を初めて聞いた」との声が多かったほどです。

個人的な意見として、現行の税制は、政治家の票対策なのでしょうが、変に「票を沢山持っている層」に対する悪しき配慮に基づく控除や税率の軽減ばかりが目立ち、日本が発展するための「民間の産業が育つための使いやすさ」などが配慮されていない…と考えています。言い換えれば、「議員やお役人の発想の不器用な税制」なのかなぁ…と。

事業承継税制も、民間の感覚を考慮して制度構築すれば、その活用がなされ、せっかくの事業をたたまずに済み技術の承継がなされていた…との例も潜在的にはあるのではないでしょうか。

他方、実態としては「議員やお役人の発想の不器用な税制」が当面は継続する点を認めて、現実的な行動としては、ある意味では「税務上で賢くなる」、即ち、藤島ジュリー景子氏のような「税制の使い方を合法的な範囲で工夫し、過剰な税負担を回避する」アンテナを張ることも必要かとも思いますが、いかがでしょうか。

■最後に

税制は、票対策に基づく過剰な配慮を排して、日本が発展し、真面目に働いている層こそが報われる制度にすることが大切でしょう。

今後は民間の感覚を取り込んで、今回の藤島ジュリー景子氏のような、「別の使われ方」をしないように制度構築しつつ、票に惑わされず、真面目に働いて自力で稼いでいる人が報われる税制にする。

具体的には、「今時点で働いていれば」普通に生活できるような配慮をしつつ産業の育成にもアシストをして、但しそれ以外の控除や税率の軽減については厳しく制限する等が考えられるでしょう。

このような税制の在り方を国民全体で考えていくことが、今後において求められるのではないでしょうか。

※筆者はジャニーズ事務所とは特に利害関係はなく、また、特段のファンというわけではない点を申し添えます。

一方で、所属タレントたちは、一人の赤の他人としてではありますが、健全に頑張っていると思いたい面はあります。

また、今回は色々な問題が表面化していますが、様々な社会貢献を過去にしてきた会社であることも忘れてはならないでしょう。

ですので、今回の試練をバネにして、膿は十分に出し切った上で、再びの発展を祈念したいとも思います。

不動産鑑定士・公認会計士・税理士

慶應義塾中等部・高校・大学卒業。大学在学中に当時の不動産鑑定士2次試験合格、卒業後に当時の公認会計士2次試験合格。大手監査法人・ 不動産鑑定業者を経て、独立。全国43都道府県で不動産鑑定業務を経験する傍ら、相続税関連や固定資産税還付請求等の不動産関連の税務業務、ネット記事等の寄稿や講演等を行う。特技は12 年学んだエレクトーンで、平成29年の公認会計士東京会音楽祭では優勝を収めた。 令和3年8月には自身二冊目の著書「不動産評価のしくみがわかる本」(同文舘出版)を上梓。 令和5年春、不動産の売却や相続等の税金について解説した「図解でわかる 土地・建物の税金と評価」(日本実業出版社)を上梓。

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