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開催国なのにハンド世界選手権、日本で話題にならず… 元SB松中信彦氏語る成功のカギ

田中森士ライター・元新聞記者
大会特別サポーターを務めた元ソフトバンクホークスの松中信彦さん(中央右)

熊本で開催中の「2019女子ハンドボール世界選手権大会」(11月30日〜12月15日)。11日の日本代表(おりひめジャパン)にとっての最終戦は、37対20で欧州勢のルーマニアに圧勝した。地元のテレビ各局は大会期間中、日本戦を分担して中継。地元紙の熊本日日新聞も連日一面、スポーツ面、社会面と紙面を大きく割いて大会を応援した。集客は目標の30万人に迫る勢いで、大会関係者は「一定の成功を収めた」と評価する一方、別のハンドボール関係者は「県外におけるメディア露出は限定的で、全国的な盛り上がりとまではいかなかった」と振り返る。ハンドボール界がより盛り上がるために必要なものとは何か。大会特別サポーターを務め、日本代表の戦いを会場で見守った、元ソフトバンクホークス選手で平成唯一の三冠王・松中信彦さん=熊本県八代市出身=に、日本代表の最終戦が終わった直後の会場で聞いた。

松中氏とハンドボールの縁

松中さんとハンドボールをひきあわせたのは、長男だった。中学3年時にハンドボールの全国大会に出場。会場で長男を応援した松中さんは、驚きをもって試合を見つめていた。

スピード感のある攻撃、選手同士が激しくぶつかり合う守備、多彩なシュート。松中さんがハンドボールの魅力を知るのに、1試合あれば十分だった。

中国に勝利して笑顔を見せる日本代表選手たち。欧州遠征を行うなど着実に強化は進んでいる(筆者撮影)
中国に勝利して笑顔を見せる日本代表選手たち。欧州遠征を行うなど着実に強化は進んでいる(筆者撮影)

長男の練習に足繁く通い、ルールを覚えた。試合も積極的に観戦するようになった。ハンドボールと関わるようになった松中さんはある時、小学生がハンドボールを学べる場が少ないことを知った。「ハンドボール界のすそ野を広げる力になりたい」との思いから今年4月、福岡で小学生のハンドボールチーム「KINGS」を立ち上げた。

最終戦で勝利した日本代表に拍手を送る松中さん(中)(筆者撮影)
最終戦で勝利した日本代表に拍手を送る松中さん(中)(筆者撮影)

そのようなタイミングにおいて、地元・熊本で世界選手権が開催されることは、何かの縁だと感じた。大会特別サポーターに就任し、大会関連イベントなどに積極的に関わった。

勝利が注目をもたらす

この日の日本代表最終戦で、プレーヤーオブザマッチ(最優秀選手)のプレゼンターを務めた松中さんは、会心の勝利に笑顔だった。「最終戦で強いハートを見せてくれた」。

プレーヤーオブザマッチ(最優秀選手)に選ばれたGK亀谷さくら選手(中央)とプレゼンターを務めた松中さん(中央右)。松中さんはこの1年、大会特別サポーターとして大会の認知度向上に奮闘した(筆者撮影)
プレーヤーオブザマッチ(最優秀選手)に選ばれたGK亀谷さくら選手(中央)とプレゼンターを務めた松中さん(中央右)。松中さんはこの1年、大会特別サポーターとして大会の認知度向上に奮闘した(筆者撮影)

一方で、全国的な報道は大会を通して盛り上がりを欠いた。松中さんは「まず代表が強くなること。そうすればメディアからの注目度も高まり、人気が出る」と指摘する。

最終戦でルーマニアに勝利し抱き合って喜ぶ日本代表選手ら。前日のスペイン戦で負けた悔しさを晴らした(筆者撮影)
最終戦でルーマニアに勝利し抱き合って喜ぶ日本代表選手ら。前日のスペイン戦で負けた悔しさを晴らした(筆者撮影)

今年開かれたラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会では、日本代表の快進撃に日本中が熱狂した。松中さんは「突然盛り上がったわけではない」と言い、前回大会で日本代表が南アフリカ代表を破ったことをターニングポイントとして挙げた。

それまでは注目度がそれほど高くなかったラグビー日本代表。しかし、南アフリカを破ったことで、メディア露出が急激に増えた。この出来事が布石となり、日本大会でさらなる活躍を見せたことで、ラグビーファンが確実に増えたと松中さんは分析する。

会場に掲げられた日本代表を応援する寄せ書き。連日多くのファンが会場に詰めかけた(筆者撮影)
会場に掲げられた日本代表を応援する寄せ書き。連日多くのファンが会場に詰めかけた(筆者撮影)

松中さんは、2006年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝を経験している。大会を通じたドラマ。そして頂点に立つという最高のエンディング。当時、日本列島は沸き立った。

スペインに敗れ涙を見せる日本代表の選手たち。会場では健闘をたたえる拍手が鳴り止まなかった(筆者撮影)
スペインに敗れ涙を見せる日本代表の選手たち。会場では健闘をたたえる拍手が鳴り止まなかった(筆者撮影)

今回のハンドボール世界選手権で日本代表は、スペインやモンテネグロといった強豪をあと一歩のところまで追い詰めながらも、終盤突き放され破れた。

「やはり強豪国に勝つことが重要なんです。そうすれば徐々に注目度が上がり、盛り上がっていく。普及活動も当然大事だが、それだけが先行してもなかなか広がらない」

「会場に足を運ばないと面白さは分からない」

シュートを放つ藤田明日香選手(7)。スピーディーな展開はハンドボールの魅力の一つだ(筆者撮影)
シュートを放つ藤田明日香選手(7)。スピーディーな展開はハンドボールの魅力の一つだ(筆者撮影)

ハンドボールの魅力について、松中さんは「スピードと激しさ」を挙げる。日本代表の今大会の戦いぶりも、これらを体現していた。大柄な海外勢を相手に、体格で劣る日本代表がどのように攻め、どのように守るのか。「観戦していて本当に楽しかった」と今大会を振り返る。

日本代表に対しては「強くなって一つでも多く強豪に勝ってほしい。それがハンドボール界の盛り上がりにつながる」とエールを送った。

「強くなって一つでも多く強豪に勝ってほしい」と日本代表にエールを送る松中さん(筆者撮影)
「強くなって一つでも多く強豪に勝ってほしい」と日本代表にエールを送る松中さん(筆者撮影)

国内の女子ハンドボール界では、これから日本選手権やリーグ戦が始まる。世界選手権が日本で開催され、かつ最終戦で強豪を破った直後だけに、非常に大切な試合だ。

松中さんは「ハンドボールの本当の面白さは実際に観戦しないと分からない部分が大きい。ぜひ多くの人に会場に足を運んでもらえたら」と呼びかけている。

いかにして「にわかファン」を取り込むか

今大会の企画運営に関わる熊本県ハンドボール協会の奥園栄純理事長は筆者の取材に、「今回の大会によってハンドボールの『にわかファン』と呼ばれる人たちが増えたと聞いている。こうした人たちをどうやって『本当のファン』へとつなげていくかが重要だ」と指摘。その上で「今大会の経験を今後のハンドボール界の発展のために生かしていきたい」と前を向いた。

「今大会の経験を今後のハンドボール界の発展のために生かしていきたい」と語る熊本県ハンドボール協会の奥園栄純理事長(筆者撮影)
「今大会の経験を今後のハンドボール界の発展のために生かしていきたい」と語る熊本県ハンドボール協会の奥園栄純理事長(筆者撮影)

今回、筆者もすっかりハンドボールの虜(とりこ)となった。一方で、会場に足を運ばないことには魅力が伝わりにくい競技であるとも感じた。2020年には日本代表も出場する東京五輪が控えている。松中さんが指摘するように、まず代表が強くなり、メディアに取り上げてもらう機会を増やしていくことが求められる。東京五輪まで残された時間は少ない。ハンドボール界にとっての大きなチャンスに向けて、日本代表のさらなる活躍に期待したい。

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

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