Yahoo!ニュース

「21世紀の『のど自慢』に」 「公共的価値」を追求するNHKの新たな挑戦

田中森士ライター・元新聞記者
プレゼンに向けて番組企画を練る参加者ら(筆者撮影)

地域活性化を目指すNHKが、新たな挑戦を始めた。参加者が「ディレクター」になって、地域を元気にする番組企画を出し合うというイベントで、その名も「ザ・ディレクソン」。番組関係者は「21世紀の “NHKのど自慢”を目指す」と力を込める。企画の意図や背景は何か。その舞台裏に迫った。

参加者が地域を元気にする企画を練る

「スライドと寸劇を組み合わせるのはどうかな」

6月16日、熊本市中央区のNHK熊本放送局。参加者の男性が、プレゼンの手法を提案すると、他のメンバーから「いいね」と賛同の声が上がった。会場内外のあちこちで、同じような光景が見られる。今回のテーマは「熊本の笑顔を全国に広げよう!」。テーマ同様、参加者も皆、笑顔だ。

プレゼンの手法を話し合う参加者ら(筆者撮影)
プレゼンの手法を話し合う参加者ら(筆者撮影)

昨年10月の新潟を皮切りに、静岡、甲府、旭川、秋田と開催し、熊本で6度目の地方開催を迎えたザ・ディレクソン。参加者らは当日発表されるチームに分かれ、約5時間で番組企画を立案。その後、1チーム3分間のプレゼンに臨む。「斬新さ」「郷土愛」「自分ごと感」「実現可能性」「チームワーク」について、審査員が採点。優勝チームのアイデアは、実際に番組化され、NHKで放送される。

ザ・ディレクソンの審査基準を説明したスライド(筆者撮影)
ザ・ディレクソンの審査基準を説明したスライド(筆者撮影)

番組関係者によると、ザ・ディレクソンの企画書には「のど自慢を目指す」との趣旨の記述があるという。たしかに、「イベント形式」「各地方局を巡る」という意味では、「のど自慢」と通じる。ただ、ザ・ディレクソンはこれらに加え、「参加者らが協力し、地域を元気にする企画を練る」という要素が加わっており、地域コミュニティー形成につながる可能性を秘めている。

コンテンツではなく「体験」、放送ではなく「場」を

ザ・ディレクソンが生まれた背景には、NHKの危機感が見え隠れする。花輪裕久チーフプロデューサー(CP)は、その意図について、「NHKが地域に必要な存在であることを再認識してもらうため」と説明する。

企画意図について「NHKが地域に必要な存在であることを再認識してもらうため」と説明する、花輪裕久チーフプロデューサー(筆者撮影)
企画意図について「NHKが地域に必要な存在であることを再認識してもらうため」と説明する、花輪裕久チーフプロデューサー(筆者撮影)

NHKが今年1月に発表した、2020年度までの3カ年経営計画は、「公共放送から“公共メディア”への進化」を柱としている。「地域社会への貢献」といった「公共的価値」の追求を通し、“公共メディア”実現を目指す考えとみられる。

「テレビ離れ」が進む昨今。これまで通りの役割を果たしていくことが、可能なのか。危機感を募らせたNHKが、一つの切り口として考え出したのが、コンテンツではなく「体験」を、放送ではなく「場」を提供する、「ザ・ディレクソン」だった。

「地元を愛し、地元のために活動している人は多い。一方で、そうした人たちは、それぞれで小さなコミュニティーを形成しており、相互に関わることが少ないというケースが往往にしてある。こうした人々が出会う場を提供することは、地域に根付いたNHKだからできること。それが『公共性』といえるのではないか」(花輪CP)

「参加者同士が繋がれる仕組みと継続性を」

参加者らは、どう感じたのか。

同県西原村の復興団体で代表を務める中村圭さん(31歳)は、「共通項を持つ人たちとめぐりあえた。今後、復興関係の活動でも協力していけるかもしれない」と、充実した表情。

熊本市内の高校に通う下川嵩暉さん(18歳)は、「チームメンバーはスケールの大きな発想をする人ばかりで、刺激を受けた。熊本にこんなにすごい人たちがいたなんて」と、興奮気味に話した。

寸劇のプレゼンに備え、顔にペイントを施す参加者も見られた(筆者撮影)
寸劇のプレゼンに備え、顔にペイントを施す参加者も見られた(筆者撮影)

一方で課題感を口にした参加者も。

熊本市の椿原真さん(28歳)は、「熊本で様々な地域プロジェクトに携わってきたが、これまで出会ったことのない人も多く、驚いた。参加して本当に良かった」と歓迎する一方で、「参加者の活動フィールドがあまりにも違いすぎて、お互いを受け入れるのに時間がかかってしまった。事前に参加者の最低限の情報が欲しかった」と注文。そうすることで、参加者らによるコミュニティーが形成されやすくなり、地域活性化の意味で今後につながる、との考えを示した。

同県宇城市から参加した坂井勇貴さん(34歳)も、「参加者は皆、お互い繋がりたいと思っている。ただ、個性が強すぎるがためにうまくいかないこともある。お互いが繋がれる仕組みと継続性が、このイベントには必要」と訴えた。

NHKの「公共性」を考えた場合、どこまで関与すべきか

この日のプレゼンでは、戦隊ヒーローが熊本地震の支援にお礼を伝える企画や、くまモンの新たな一面を探す企画など、ユニークなものばかりが出そろった。順位はつけられたが、企画内容よりも、参加者らが皆「楽しかった」と口にしていたのが印象に残った。

寸劇で番組企画を説明する参加者ら(筆者撮影)
寸劇で番組企画を説明する参加者ら(筆者撮影)

地域プロジェクトや集まりは、どの地方にも存在する。しかし、メンバーの顔ぶれが似通っているケースは多い。そんな中、ザ・ディレクソンには、属性の異なる人々が集った。地域のプレイヤーとなり得る人材の掘り起こしに、成功したともいえる。

イベント終了後の集合写真。異なる属性の人たちが一堂に会する機会となった(筆者撮影)
イベント終了後の集合写真。異なる属性の人たちが一堂に会する機会となった(筆者撮影)

今回、NHKは「場」を作り、提供した。しかし、NHKが今後、コミュニティーの構築・維持・管理まで行うべきなのか。花輪CPは「NHKとしてどこまで関わればよいのか、まだ模索している段階」と吐露する。地域貢献や地域活性化には繋がるかもしれないが、NHKの「公共性」を考えた場合、この点については議論が必要かもしれない。

ファシリテーターを務めた河原あずさん(右)とタムラカイさん(筆者撮影)
ファシリテーターを務めた河原あずさん(右)とタムラカイさん(筆者撮影)

とはいえ、参加者の声を聞く限り、イベントとしては成功したといえる。ザ・ディレクソンのファシリテーターを務める河原あずさんは、こう述べる。「違ったバックグラウンドを持つ人たちが集まることで、新しい刺激、一体感、ふとした合意形成が生まれる。そうした場の提供が我々の役割」。従来通りの取り組みでは、新しいものは何も生まれない。ザ・ディレクソンが、地域の閉塞感を打破する、「きっかけ」となることに期待したい。

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

田中森士の最近の記事