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【熊本地震】地震からまもなく1年で懸念される「記念日反応」 この時期、子供とどう向き合えばよいのか

田中森士ライター・元新聞記者
熊本県臨床心理士会会長の江崎百美子さん=2017年4月8日(田中森士撮影)

熊本地震からまもなく1年を迎える。ここ数日、テレビで熊本地震の映像を目にする機会が増えてきた。こうした状況下では、災害などを経験した人が節目の日の前後に心身に不調をきたす、「記念日反応」(アニバーサリー反応)が起こりうる。この時期、子供とどう向き合えばよいのか。熊本県臨床心理士会会長でスクールカウンセラーの、江崎百美子さん(55歳)に聞いた。

子は親への気遣いから我慢してしまう

ーー子供に見られる記念日反応について教えてください

江崎さん:災害などの大きな出来事によりショックを受け、トラウマ(心的外傷)を受けた時と同じ曜日や日にち、季節のタイミングで、心身に不調をきたすことがあります。そわそわ、イライラしたり、思考がまとまらなかったり、ぼーっとしたり。他にも、少しの刺激で驚いたり、不眠や過食、拒食、暴力をふるうこともあります。こうした反応を記念日反応と呼び、大人にも起こります。

ーーなぜそういった反応が出るのでしょうか

江崎さん:一般的に「大人は我慢できて子供は我慢できない」と思われがちですが、実はそうではありません。災害時、子供も我慢しているということが、近年分かってきました。これは熊本地震にも当てはまります。

私はスクールカウンセラーとして、地震後、熊本市内の小中学校で講話を続けてきました。その中で「地震の時に我慢していた人はいるかな?」と尋ねると、どの学校でも6〜7割の子が手を挙げる。講話後のアンケートを見ると「『怖かった』と(親や友人に)言ってはいけないと思っていた」と記述している子が何人もいました。

小学生の親は、働き盛りの世代。地震直後、母親と子供が避難所や自宅で生活する中、父親は職場の復旧や避難所の運営などにあたるケースが多くありました。すると、たとえ小学1年生だとしても、「僕がお母さんや弟(妹)を守らなきゃ」と考えます。つらい経験をしたのに、「つらい」と口にするのを我慢してしまう。大好きな親のために頑張り過ぎちゃうんですね。その状態が今も続いている子供は大勢います。それが、報道などがきっかけで、地震のことを思い出し、爆発してしまうのです。もしそういった反応が出た場合、大人はそれらをやさしく受け止めてあげる必要があります。

「思ったことを声に出してもいいんだよ」とやさしく伝えて

ーー記念日反応を防ぐため、大人は子供にどう接すればよいのでしょうか

江崎さん:周囲の大人が「思ったことを声に出してもいいんだよ」と、やさしく伝えてあげることが重要です。あとはそっとしておく。「なんとかしてあげたい」という思いは理解できますが、決して気持ちを口にすることや書き出すことを、「強要」してはなりません。

記念日反応が起きる可能性がある子供は、いわば傷口に「かさぶた」ができている状態。つまり、まだ完全には傷が治っていないのです。かさぶたを無理やりはがそうとすると、再び出血してしまいますよね。触らずに時間が経てば、いつの間にかかさぶたが消えている。これが理想です。

もし「怖かった」「びっくりした」「嫌だった」などと、子供が自発的に地震のことを口にしたら、それはかさぶたが消えつつある証拠。「そうだったんだね」とやさしく受け止めてあげましょう。

「やさしく受け止めて」とアドバイスする江崎さん
「やさしく受け止めて」とアドバイスする江崎さん

ーー学校現場はどのように子供と向き合えばよいのでしょうか

江崎さん:チームで見守ることが大切です。担任や学年主任、養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーらが密に情報交換しつつ、チームで子供を見守りましょう。

子供に絵や文字などで「今の気持ち」を表現させることで、トラウマをケアする手法も存在します。導入する場合は、注意すべき点があります。経験豊富な学校の先生やカウンセラーが取り組むのなら問題ないのですが、見よう見まねでやることは、さらに子供を傷つけてしまうリスクもあります。専門家の助言を受けながら、チームで慎重に取り組んでください。

日本を変えるリーダーは被災地から生まれる

ーー家庭ではどのように接すればよいのでしょうか

江崎さん:家族は発災時から同じ体験を共有しています。この場合、「あの時は大変だったね」などと話しかけるのは問題ないでしょう。ただし、「あの時は大変だったけど、今は楽しく生活できているからいいよね」などと、ポジティブな言葉をセットにするのがポイントです。

ーー「地震から○年」の報道が、記念日反応を誘発する恐れがある。報道機関に求めることはありますか

江崎さん:風化を防ぐ意味でも、報道の必要性はよく分かります。ただ、地震の刺激的な映像を流す際は「これから○○の映像が流れます」などと、事前告知するなどの配慮をしていただけると、ありがたいですね。あまり神経質になりすぎるのもどうかと思いますが、親は映像が流れる間はチャンネルを変えるなど、子供に刺激を与えないような選択もできるからです。

ーー江崎さんは今後、どのように子供のケアに関わっていくつもりでしょうか

江崎さん:今回の熊本地震では、高校生がボランティアで避難所運営に携わった例が見られました。極限状態でのボランティアは、大変な困難を伴うものだったでしょう。しかし、困難を乗り越えた時、人は成長します。彼らは未来のリーダー候補と言ってよいと考えます。

このように、「トラウマを克服してより強い人間になろう」という前向きな考え方をPTG(心的外傷後成長)と呼びます。「G」は「成長」を意味する「growth」の頭文字です。熊本地震の被害は地域差が激しいので、一斉にこの概念を浸透させることは乱暴です。かさぶたが消えて傷が完全に癒えたタイミングで、ゆっくりと取り入れていくのが理想ですね。

私は、日本を変えるリーダーは、被災地から生まれると信じています。そのためにも、引き続き、関係機関と連携しながら、子供のケアにあたっていきたいと考えています。

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

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