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ホテル支配人が金髪にし、そして黒髪に戻した理由。

瀧澤信秋ホテル評論家
(筆者撮影)

伝統的といわれるシティホテルやビジネスホテルといったタイプに加えて、少々乱暴な言い方ではありますが、コロナ禍前からのホテル活況は実に様々なスタイルのホテルを誕生させました。競合が生じると差別化が進むというわけですが、特にビジネスホテルのような宿泊特化したタイプではその傾向が強く、デザインやコンセプトが際立つホテルが多々見られるようになりました。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

そうしたホテルへの取材は意外性もあいまってとても楽しい経験ですが、中でも印象に残っているホテルが湘南・平塚にあります。ホテル名はmiss morgan hotel(ミスモーガンホテル)。JR平塚駅から徒歩5分の繁華街に立地する19室のこぢんまりとしたホテル。外観はオープンエアのカフェスペースなど湘南をイメージするようなオシャレなイメージです。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

ホテルに入るとアナログレコードが壁に並び、一般的なホテルとは異なるコンセプトのホテルということがうかがえます。客室フロアや客室には前衛的なアートがちりばめられ、客室にもレコードプレイヤーをはじめアート小物などがさりげなく置かれています。一方、ベッドをはじめとした調度品は快適性が高くゆったり過ごせますが、いずれにしても変わったホテルであることは言えそうです。

さて、どんなコンセプトなのだろうとサイトを辿ると手紙のような一文が。

『親愛なるモーガン・ミラーへ ねえ、モーガン憶えてる?あのとき、ふたりで旅した日のこと。あのキャンバスの上に重なりあった無数の色たちの向こう側の世界のこと。あれはきっとあのときのわたしたちだから見ることができた、もうどこにもない、そしてどこでもない景色だったとおもう。今でもときどきまぶたが熱くなるまるで鋭利なもので斬りつけたようにくっきりと生命力で満ち溢れた花のように鮮やかに私の中に、記憶としてこころのいちばん深いところにあり続けています。あれから十五年・・・』と延々と続きます。

そして『この物語に存在するのはこの一通の手紙のみ。ミラや、モーガンの過去、未来はきっとこの手紙を読んだ人の数だけ存在します。私たちが架空のストーリーを作ったのは物語を創造することも、アートだと思ったからです。その題材としてこのホテルに虚構(フィクション)の要素を持たせました。あなたはこの手紙からどんな物語を創造しますか?』

と締めくくられています。

一読しただけでは難解な部分も多々ありますが、少なくとも僕がよく泊まるようなビジネスホテルなどのイメージは完全に超越していそう。

客室の変わったオブジェ?(筆者撮影)
客室の変わったオブジェ?(筆者撮影)

どんな方が支配人なのだろうとお目にかかると・・・なんと長髪金髪の若き男性でした。彼の名は高木芳暢(たかきよしのぶ)さん(32)。どこまでも丁寧な雰囲気で立ち姿勢から話し方までまさにホテル支配人のイメージです。ただ違うのはその外見。ダークトーンのラフなジャケットに幅の広めなパンツ、そしてなんといっても長髪の髪色は金色なのです。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

高木さんは九州の出身。そもそも情報科学のエンジニアに興味はあったものの、大学卒業後は外車のディーラーに就職しました。そのような時に有頂天ホテルという映画を見てホテル業界に興味を抱き、24歳で博多にあるビジネスホテルのフロント担当になりました。 5年半の在職中に営業、料飲、清掃、レベニューなど様々な部門を体験。  

当時(2014年年頃)他のホテルに漏れず、高木さんが勤めていたホテルもかなり安売りしていた時代でした。29歳の時に将来のビジョンがホテルにもDX化が必要と肌身で感じ、ホテルシステムを作りたいと30歳で上京、システムエンジニアとして就職します。

客室にはレコードプレイヤーも(筆者撮影)
客室にはレコードプレイヤーも(筆者撮影)

そのような中でコロナ禍となりホテルは安売りだらけの状態に。ホテル業界が変わっている、変わらざるをえなくなっているのかもしれないと思い出会ったのがmiss morgan hotelの求人でした。多様な経験を持つ高木さんは支配人として着任、コロナ禍まっ只中での稼働の問題、人手の問題など体力の乏しいスモールホテルだけに難題は山積していました。

でも、このホテルの個性だけは勝負できる、と高木さんは自らも発信しようと考えます。個性派ホテルだけにオーナーも理解があり、確認してみると服装も髪色も自由でいいといいとのこと。思い切って金髪にしたのは人手不足がその端緒だったといいます。

確かにホテルビジネスは見た目や雰囲気といったイメージが大切であり、そうした点では理にかなっているような。一見アーティストのような外見の高木さんだけに金髪も似合っているように見えますが、本人にとっては社会人となってはじめての経験、大冒険だったといいます。

ルームキーも個性的(筆者撮影)
ルームキーも個性的(筆者撮影)

いきなりの金髪で周囲は面食らったといいますが、それだけインパクトがあるのならばとポジティブに捉えました。「求人してもなかなか応募がなく、面接まで来てもなかなか入社が決まらなかったのですが・・・金髪にしてから“面白そうな支配人”がいると採用が増えていったんですよ!」と振り返ります。

高木さんの“金髪作戦”はホテルのイメージとも見事にマッチしたようで、おもしろい支配人がいるとオープンエアのカフェスペースにも地元アーティストが集うようになり、地域の発信拠点も目指すホテルとしては相乗効果を生んでいきました。

ホテルの支配人といえばパリッとしたスーツにピシッとした髪型という伝統的なイメージですが、金髪の支配人というワードはメディアにもフックしてメディア露出も増えていきました(こうして記事を書いている筆者もその一人ですが)。まさに自らが広告塔となって街の片隅にあるスモールホテルが注目されていきました。

ロビーにはキッチンも(筆者撮影)
ロビーにはキッチンも(筆者撮影)

そんな印象深い取材から時間も経ち、久々にホテルを訪れてみると、高木さんの髪色が黒くもどっていたのです。さすがに日常生活で差し障りがありましたか?と冗談半分で聞いてみると・・・

「いえ、以前からホテルへよく来ていただく地元のおばあちゃんがいるのですが、先日ふと 黒い髪のほうがええよ、と言われました」と。金髪になってからホテルが賑やかになってなんとなく足が遠のいてしまっていたとか。功を奏した金髪作戦、そろそろいいかな、と思ったそうです。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

どこまでも地域のみなさ愛されるホテルでありたい-外見だけではない身を挺した高木さんのホテル再生物語はまだプロローグなのです。おそらく組織だったある程度の規模を有するホテルだったら彼の広告塔作戦は難しかったでしょう。個性的なスモールホテルかつ理解のあるオーナーという環境ゆえと評せます。ホテルの多様化、などと枕詞のように時々書いたりしますが、まさにホテルのいまを見るような取材でした。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

ホテル評論家の辛口取材裏現場

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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