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仲居さんや布団のセットで「部屋に入られるのはちょっと・・・」という声? ホテルと旅館の違いとは

瀧澤信秋ホテル評論家
和室にベッドを設える旅館も増えた(筆者撮影)

GoToで様々な宿泊施設が注目されている。少し前に“ちょっと高い旅館に泊まったら夕食が多すぎ”といったSNS投稿が物議を醸し出したが、そもそも論として旅館とは何か?ホテルとは何なのか?その差は・・・わかっているようでなかなか奥深いところもある。それら差異とカテゴリーのボーダレス化について、プライバシー性という点も鑑みつつ少々考察したい。

宿泊施設には様々な形態がある。ホテルだけみてもシティホテル、ビジネスホテル、カプセルホテル、リゾートホテルなど多様なスタイルがある。旅館といえば和風ということが条件のようにもみえるが、最近では館内が畳敷きの“和風ビジネスホテル”という形態も登場している。

御宿 野乃の客室(筆者撮影)
御宿 野乃の客室(筆者撮影)

たとえば、充実した大浴場で人気のビジネスホテルチェーン「ドーミーイン」は5つのサブブランド(ドーミーイン/ドーミーインPREMIUM/ドーミーインEXPRESS/御宿 野乃/グーバルキャビン)を有するが、そのうちのひとつ「御宿 野乃」はビジネスホテルと旅館をテーマにした、このところ積極展開がみられるドーミーイン肝いりのブランドだ。コンセプトは「ビジネスホテルと旅館の融合をイメージした全館畳敷きで和風テイストのドーミーイン」とある。

実際出向いてみると、靴を脱いで入館する館内は畳敷き、まさに旅館の風情。エレベーターにも畳が敷かれておりリラックスした気分で館内を移動できる。当然のように客室も畳敷き。至る所に和を感じる設えや小物があり旅館に滞在している気分。とはいえベッドはしっかり設置されておりその点だけ見ればホテルらしさもある。

温泉も本格派の御宿 野乃(筆者撮影)
温泉も本格派の御宿 野乃(筆者撮影)

もはやビジネスホテルのイメージはないが、天然温泉大浴場がご自慢のドーミーインだけに旅館というコンセプトを打ち出したことは理解できる気もする。ビジホの旅館版にはしっかりベッドがあると書いたが、一方の旅館でも洋風の客室へリニューアルしベッドを導入する施設もよく見かける。

洋風ではなくとも最近の旅館では和室にベッドを設えるのは珍しくない。温泉が旅館の条件!という意見があるかもしれないが、温泉のない旅館もあるし温泉を楽しめるホテルも多い。このように考えていくと、ホテルと旅館を厳然と特徴付ける一線はないかのうように思える。ゲストの嗜好多様化に宿泊施設が呼応した結果だろうか。

ホテルや旅館について定められている旅館業法という法律がある。2018年6月15日に従来の法律が改正されたが、それまでは「ホテル営業」及び「旅館営業」と分かれたいたものが改正により「旅館・ホテル営業」と一本化された。これがイコール旅館とホテルのボーダレスを意味するところではないのだろうが、実際、旅館といわれる様々な施設を取材して感じるのは“温泉宿のホテル化”だ。

マットレスがあるだけで何となくスタイリッシュに感じる(筆者撮影)
マットレスがあるだけで何となくスタイリッシュに感じる(筆者撮影)

前述のように、温泉宿といわれる施設にしてベッドやソファを配した洋室はよく見かけるようになったし、ベッドとまではいかないまでもローベッド(マットレス)はいまやマストアイテムとも言えるほどになっている。こうした施設では仲居さんを見かけることは少なく、ベッドゆえ布団の上げ下ろしも必要ない。

一方、純和風という温泉宿の和室では、座布団、座卓、敷き布団という施設がそのイメージだ。ホテルは完全個室が基本だが、このような温泉宿では仲居さんが客室でお茶を淹れてくれたり、夕食や朝食で部屋を空けている間に布団が上げ下ろしてくれる。部屋食というところもありゆっくり食事ができると人気だが、食事の上げ下げや食後の布団セットなどでスタッフが客室に入る。

この温泉宿特有ともいえるプライバシー性へ対しては、いろいろ気遣いをするという宿泊者の声もある。特に若い世代に多いというが、そういえば親戚のおじいちゃんやおばあちゃんは仲居さんと話をするのがとても楽しそうだった。一方で、部屋に入られるので部屋を散らかしておけないという声、到着してすぐ休みたい朝食後も一寝入りしたいといった人もいる。

布団はそのままでと連絡すれば対応してもらえる施設もあるだろうし、嫌だったらホテルのような施設へ行けばいいという話かもしれないが、プライバシー性ということからも心からリラックスして旅館風情を満喫したという気持ちも含め、純和風の旅館にベッドを設えた施設が支持され増加している理由がわかる気がする。

こうしたホテルと旅館のプライバシー性という点について、星野リゾートの星野佳路代表は、以前拙著のインタビューで以下のように答えている。

「(ホテルと旅館では)パブリック施設の扱い方が違います。西洋ホテルは客室のみがプライベート空間で一歩出るとパブリックスペースです。パブリックな空間の中に自分のプライベートな空間が付いているともいえるでしょう。旅館は入った瞬間にセミプライベートがはじまります。旅館の玄関で靴を脱ぐ、家に上がる、プライベート空間に入っていく過程。セミプライベートなので浴衣を着てパブリックへ出てきても良い。食堂、大浴場もセミプライベートの一部です-」(『辛口評論家、星野リゾートへ泊まってみた』(光文社新書)より抜粋)

料理人が腕によりをかけた料理も旅館の魅力(筆者撮影)
料理人が腕によりをかけた料理も旅館の魅力(筆者撮影)

パブリックなのかセミプライベートなのかがホテルと旅館の最大の違いというが、そう考えると、たとえば温泉宿では食事処のようなパブリックスペースへ、浴衣姿やスリッパで訪れるゲストが殆どという点は特徴的だ。温泉宿の食事については、泊食分離というワードも聞かれるようになったが、やはり夕食がセットかつ最大の楽しみという点は、温泉宿とホテルの大きな違いなのかもしれない。

御宿 野乃でいえば、温泉大浴場は星野氏の言うところのセミプライベート空間であるが、食事については、朝食はあるものの夕食の提供は前提とされていない。無論、一般のホテル内レストランで夕食を楽しめる魅力的なダイニングも多く見られるが部屋着では行けない。お風呂上がりに浴衣など気軽な格好でその土地毎、四季折々の料理を楽しめるのは、まさに温泉宿といわれる旅館の魅力だろう

純和風の離れが魅力の宿、まさしく“旅館”だ(筆者撮影)
純和風の離れが魅力の宿、まさしく“旅館”だ(筆者撮影)

以前と比較してホテルライクな旅館、旅館を謳うホテル的な施設が増加しているのは事実だ。ボーダレス化は個人の嗜好多様化に合わせて変化する宿泊業そのものの進化かもしれない。そうした傾向は、純和風で仲居さんが世話を焼いてくれるような伝統的旅館の存在感をより際立たせている。

御宿 野乃は全館畳敷きと前述したが「大きなキャスター付きスーツケース来館するお客様も多く、畳のメンテナンスには気遣いや苦労も絶えないです」というスタッフの話が印象的だった。ホテルと旅館・・・それぞれに苦労は絶えないようだ。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

ホテル評論家の辛口取材裏現場

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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