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料金を変動させないことをポリシーにしてきたビジネスホテル、コロナ禍のいま奮闘

瀧澤信秋ホテル評論家
満室になりましたとは言えない空気もあったという(ホテル ココ・グラン高崎提供)

コロナショックが世界を襲ってから半年以上が過ぎた。国内でも近代社会では経験のない社会の変容は“想定外”の連続であった。いまだ出口の見えない迷路をさまようような日々であるが一部変化の兆しもあらわれている。宿泊業界についていえばGoToキャンペーンをはじめとした施策だ。

制度設計や実施手法など様々な批判にさらされ、予定されている実施規模に比べてもまだ一部という中であるが、料金の高価な施設を中心に(費用対効果の測定は別として)その効果を歓迎する業界の声は強い。

そうした総論とは別に、筆者はコロナ禍のホテルへの影響や各種施策の効果等について、特徴的な施設で現場取材をすすめてきた。施設のカテゴリー、商環境や運営形態、規模などホテルをとりまく環境は様々であるが、筆者がホテル評論家となって以来約8年間にわたり定点観測的に取材している「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)をひとつのケースとしてレポートしたい。

基本的に料金を変動させないことがポリシー

JR高崎駅とペデストリアンデッキで結ばれる同ホテルは、バンケットやウエディング、ダイニングレストランなどを擁しない宿泊に特化したホテル、いわゆるビジネスホテルである。とはいえ、ビジネスホテルとは思えないようなスイートルームをはじめ、デザイン性やデラックス感、高付加価値的なサービスが特色で、地方都市のホテルにして全国区の人気を誇る。

癒しのロビー(ホテル ココ・グラン高崎提供)
癒しのロビー(ホテル ココ・グラン高崎提供)

コロナ禍以前の稼働率は平均9割超えだったという。同ホテルが出現する前まで高崎で一番人気と言われてきたビジネスホテルで7割~8割いけば上等とされてきた。そのような中で、東京からの完全な日帰り圏にして、訪日外国人旅行者の恩恵は限定的である高崎市のホテルにしては注目すべき数字だろう。

料金面からみたこのホテルの特色のひとつに“基本的に料金を変動させない”という点がある。みなさんも経験あるだろうが、ホテルに限らず宿泊施設の料金は繁閑に応じて変動するのがごく一般的だ。閑散日に5000円のホテルが繁忙日に15000円などというケースある。

一方で、少数派であるが、基本的に料金を変動させないことをポリシーとするホテルがある。有名なところでは「東横イン」が知られている。ココ・グラン高崎も同様で、ごくまれに(花火大会など)に1000円~3000円程度上げることがあり、その他時に数百円程度変わることはあるが、基本的に変動はさせないことをポリシーとしている。

東横インの公式サイトには、プライスポリシーとして「大型イベントや観光シーズンなど、一時的に宿泊需要が急増する時期に大幅に販売価格を上げ、閑散期には極端に価格を下げるなど、日々価格の変動を行うことで収益の最大化を図ることは宿泊業界では一般的な販売手法となってきました。しかし、東横INNは日々料金を変動させることはいたしません。見るタイミングによって同じ日・同じ部屋の料金が毎回変わるのはお客様の安心感を損なうことになる、そう私たちは考えます。料金の変動が少ないこと=お客様の安心感に繋がるものと確信しています。」(公式サイトより抜粋)と表明されている。

ココ・グラン高崎も同様の理由であり、「同じ客室(同等のモノ)を売っているのに、日によって価格を変えるのは、いつも利用してくれるお客様に対して裏切りのような気持ちになる」と同ホテルの小林貴弘支配人(取材当時)は話す。

いつも朗らかな小林さん(筆者撮影)
いつも朗らかな小林さん(筆者撮影)

 

変動させないが“値上げ”はする

東横インは「半年に1度は価格改定の時期を設け、料金の見直しを行っています」というが、ココ・グラン高崎も同様で過去何度か値上げをしてきた。それは定点観測的に取材を続けてきた筆者も実感しており、予約しようとして「おや?料金上がったなぁ」と感じた経験がある。

筆者が記憶している限り当初はシングルルームで8000円、スイートルームで6万円だった。現在ではシングルルーム1万円、スイートルームは10万円に値上がりしている。それでも稼働率は落ちていないというから、ビジネスとしては正しいのかもしれない。そんな感想を抱くのも日々の料金変動がないからであるが、ゆえに上げるのには相当の理由があるのだろうという説得力に似たものも同時に感じた。

ホテルで1室のプレミアムココスイート(筆者撮影)
ホテルで1室のプレミアムココスイート(筆者撮影)

稼働率の話になったが、業界での常識として「料金を下げると稼働率は上がる」ということがある。通常3万円の部屋を3000円にすれば予約は殺到するだろう。極端な例を出したがこのような点からも“いかに(ビジネスとして)まっとうな価格で稼働率を上げられるのか”はホテル担当者の腕の見せ所かもしれない。

高崎市でココ・グランに次いで二番目に人気というホテルがある。リサーチしてみたところ、コロナ禍(6月)でそれまでシングルルーム8000円程度だった設定を6000円まで落としていた。潜在的需要の有無という話もあるので、それが功を奏したか否かはわからないが、何とか一定の稼働率は確保していたという。とはいえココ・グラン高崎の稼働率には遠く及ばず、料金を下げず(そもそも変動させない)稼働率を保てるということはホテルの価値をあらわすひとつの姿といえるだろう。

空室が残っても値下げしません

もう1点、リードタイムについても腑に落ちる話を聞いた。リードタイムとは、宿泊日と予約日の間の日数であるが、本来ならば早期に予約した人ほど安く予約できるべきというのは理解できるだろう。飛行機などはまさにそうであり、筆者も先日某航空会社で予約しようとし忙しさにかまけて躊躇していたら翌日に1000円上がっていた苦い経験がある。

ホテルも料金変動という点では同じかもれないが、必ずしもそれが当てはまらない。当日に近づくほど料金が下がる傾向があるのだ。ギリギリまで待った方がより安く予約できたという経験のある人もいるかもしれない。利用者にとってはラッキーな話かもしれないが、ホテルにとっては頭の痛い話とされる。ホテル ココ・グラン高崎はこの点でも留意しているという、というよりもそもそも料金変動がないので無縁の話なのかもしれず、リピーターも下がることに期待していない。 

シングルルームも余裕の広さ(ホテル ココ・グラン高崎提供)
シングルルームも余裕の広さ(ホテル ココ・グラン高崎提供)

ココ・グラン高崎のおおよその稼働率として、2月は80パーセント(対前年比10パーセント減)で推移したが、3月は60パーセント(他の市内ビジネスホテルが平均30パーセント)、4月、5月は同ホテルとしてはかなり低調であったが他のホテルと比べると倍ほどの数字だったという。6月に入ると4~50パーセントまで回復、土曜で満室になる日も出てきたと話す。

当時、他の周辺ホテルが苦戦する中で、“満室になった”とはとても周囲(の業界関係者)に話せなかったという。それだけコロナ禍は殺伐とした空気を社会にも作り出している。GoTo下において、低廉な料金のビジネスホテルはその恩恵をあまり受けなかったという話も聞くが、一方で、ココ・グラン高崎ではスイートルームといった一部高額な客室に予約が殺到し売り上げに相当貢献したという。

期待を裏切らないホテルを目指して

ある種、コロナ禍で強かったホテルと評せるホテル ココ・グラン高崎について、プライスポリシーなどを中心に考察してきた。他方、筆者の仕事上、ホテルの広報やPRといった部門との交流が強い中で、しみじみ感じてきたのが、周知性を高めるたゆまぬ努力と期待を裏切らない運営の重要さだ。ココ・グラン高崎は小規模のホテルでありそのような専門の部署はないが、ビジネスホテルの常識を覆す仕掛けがメディアにフックした。

インパクトのあるデザイン性高いハード(これはよくある)、大浴場・サウナ・水風呂の3点セット(これもまぁまぁある)は当然として、露天風呂に炭酸泉まで導入、全客室に電子レンジ、高級マッサージチェアを設置、客室のデスクには各種ステーショナリーまで揃っている。

こんなビジネスホテルは見たことないと、そうした設備やサービスが一部話題となり、数年間前に全国区の人気テレビ番組に取り上げられたことで視聴者がホテル情報を検索(サーバーダウンは想定外だったという)、一気にバズり放送直後に半年先まで予約が埋まった。その際に全国から訪れたいまとなってはリピーターとなっているゲストによりSNSで情報が拡散された。

情報は共有され続けいまでも放送を見て来てみたかったという口コミが多いという。AISAS(アイサス)というマーケティング用語がある。Attention(注意)Interest(興味関心)Search(検索・情報収集)Action(購入)Share(共有)の頭文字を取ったものだ。“購入”を“宿泊”に置き換えると、2012年8月に開業してからのココ・グラン高崎の8年間をみているような気になる。

そうした周知性の高まりは前述の料金アップのタイミングと一致するが、重要なのは情報拡散による期待値の高まりに、ホテルのハード・ソフト・ヒューマンそして一定した価格が利用者を裏切らなかったという点と指摘できるだろう。ヒューマンといえば興味深い話を聞いた。同ホテルでは清掃スタッフも全て自社雇用しているが、オープン時の清掃スタッフ9人のうちいまだ4人が残っているという。

新たな挑戦

ココ・グラン高崎が全国区になったことは、高崎エリア全体の注目へも繋がっていったが、最近高崎とココ・グランについて新たなニュースがあった。高崎市では伝統的なフルサービスタイプのシティホテルだった「ホテルグランビュー高崎」が、リニューアルオープンしたのだが、ホテル ココ・グラン高崎のスタッフが一部異動して運営している。

もちろんグランビュー高碕にもスイートルームが(筆者撮影)
もちろんグランビュー高碕にもスイートルームが(筆者撮影)

ホテルグランビュー高崎は、もともと経年ホテルで老朽化や耐震性の問題など抱えていた。とはいえ、エリアのシンボルホテルという存在だけに行政などの動きもあり、ホテル ココ・グラン高崎の運営会社へオファーがあった。新たな運営会社が設立されたがスタッフは元々配属していたグランビューのスタッフの加え、前記のとおりココ・グランのスタッフが異動して運営している。今回、ロビーと客室部分のリニューアルが実現したが、ココ・グランと高崎同じ建築家によるもので、ココ・グランのエッセンスが存分に注入されている。

 

ココ・グラン高崎のシティホテル版みたいなイメージであるが、ココ・グランを知っている者としては、もはや全客室の電子レンジ&マッサージチェアや可動式65インチTVにも驚かない(どこかマヒしている)。ただし、ココ・グラン高崎にはないサービスが宿泊者専用ラウンジだ。各種アルコールからオードブルなどを無料提供が好評である。

ホテル ココ・グラン高崎“支配人”の小林貴弘氏と前述したが、グランビュー高崎開業に伴って同ホテルの宿泊支配人に着任した。これから来年かけてさらに進化していくというグランビューであるというが、やはり「料金は変動させない」と小林氏は言う。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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