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ネパール人経営のインド料理店「インネパ店」、なぜ激増? 背景にある2つの歪曲(わいきょく)

田嶋章博ビジネスとカレーのライター/編集者
(写真:イメージマート)

店舗数は有名チェーン店よりも多い

今や都市部では、1駅に2~3軒あることも普通。そう、「インネパ店」の話である。

インネパ店とは、「インド・ネパール料理店」の略で、ネパール人が手がけるインド料理店を指す。最近ではよく知られることだが、巷にある外国人経営のカジュアルなインド料理店は、実は多くがネパール人経営だったりする。

インネパ店には、共通する“テンプレート”のようなものがある。まずは、ナンとインドカレー、タンドリーチキンなどをメニューの中心に据えていること。中でも多くの店がウリにするのが、こってりまろやかなバターチキンカレーに、おかわり自由なナン。そして、チーズたっぷりのチーズナンだ。ちなみにこうした料理は北インド料理がルーツで、ネパール料理ではない

写真:イメージマート

またインド料理店をうたいながら、よく見るとメニューにネパール餃子のモモがあったり、店の内外にネパール国旗やヒマラヤ山脈の写真を掲げていたりするのも、多くのインネパ店に共通する。

(著者撮影)
(著者撮影)

(著者撮影)
(著者撮影)

そんなインネパ店が近年、激増している。’22年現在、全国に少なくとも2000軒のインネパ店があり、軒数はここ15年ほどで5倍前後になっていると見られる。

街によくあるチェーン店の国内店舗数を見てみると、たとえば松屋は977店、ドトールは1069店、CoCo壱番屋は1238店(すべて’22年1月時点/日本ソフト販売による集計)だ。インネパ店の多くが個人経営で2000軒の一大チェーンというわけではないものの、今やそうした有名チェーンの店舗数をはるかに上回っていることがわかる。最近では、同じ商業ビルに複数のインネパ店が入ったり、小道をはさんでインネパ店がとなり合っていたりもする。

なぜ、これほど増えたのか? 背景には、インネパ店をとりまく2つの歪曲があった。

“開店”と“コック招聘”の連鎖

まず1つめの歪曲が、「移住の連鎖」だ。在日ネパール人コックの実情をつづった『厨房で見る夢』の著書があるネパール人臨床心理士、ビゼイ・ゲワリ氏はこう話す。

「ネパール人コックは、インネパ店の店主が招聘する形で、日本に来ます。働く店が決まっていないと、ビザが下りないからです。そして来日したいコックは、店主または仲介業者に、仲介手数料を払うことが商習慣となっています。その金額はおおよそ100〜200万円。私は何十人もの在日ネパール人コックに話を聞きましたが、9割以上がそうした手数料を払っていました。

それだけの金額がとれるので、来日したコック自身も後に独立して経営者となり、同じように仲介手数料をとってネパール人コックを呼び寄せるケースが多くなります。インネパ店が1つあれば、複数人のコックを呼べます。そうしてコックの呼び寄せ自体がビジネス化し、開店と呼び寄せの連鎖がどんどん広がっていきました」(ビゼイ氏)

ベースには、ネパール国内における貧困と失業率の高さがある。同国では1996年から11年にわたり、政府軍とマオイスト(共産主義運動派)の間で内戦が起こった。それもあり、労働人口の多くが、政治・経済の安定しない祖国を離れ、海外に稼ぎに出る。2015年の統計では、ネパール国外で働く人たちからの送金額は、ネパールの国内総生産の3割以上を占めるまでになっている。

「日本に在留するための技能ビザで求められるのは、10年の実務経験のみで、健康状態や日本語の語学力は基本的に問われません。くわえて10年の実務経験に関しても、証明書を偽造する者がいます。要はお金さえ払えば、スキルがなくても来日して働ける。大金を払ってまで来日したいと思うネパール人が無数にいるのは、そのためです」(ビゼイ氏)

法務省の統計によると、2006年に7844人だった在留ネパール人の数は、2020年には12倍超の9万9582人となっている。ただしここ数年は、ネパール人のビザが以前より通りにくくなったとの話もよく聞く。

「タンドール窯がマスト」の誤解

そしてもう1つの歪曲が、タンドールにまつわる“誤解と忖度”だ。

冷静に考えると、来日したネパール人コックが独立して新たに商売を始める際、インド・ネパール料理店以外にも選択肢はあるはずだ。にもかかわらず、多くのネパール人が祖国の料理とは違う北インド料理を出すインネパ店の形態を選び、結果、同スタイルの店ばかりになっていった。なぜ彼らはインネパ店を選ぶのか?

著書『日本のインド・ネパール料理店』で、日本全国のインネパ店を巡ってその成り立ちをつづった、インド食器販売店「アジアハンター」代表・小林真樹氏は、こう明かす。

「インネパ店は、日本のインド料理店黎明期だった’80~’90年代にコックとして店に招かれたネパール人が後に独立し、自分が勤めた店と同じ、ナンを焼くタンドール窯のあるインド料理店を開いたのが起こりといわれます。そして彼らがまた、ネパール人コックを国から招いていった。

そんな歴史もあって、ネパール人経営者の間では『ネパールから人を呼ぶ際の技能ビザは、タンドールを使うインド料理店じゃないとビザが下りない』という説が信じられてきました。結果、判で押したように同じ形態のインネパ店が増えていった。

でも実際のところは、技能ビザで求められているのは“外国料理”であり、タンドールを使わない料理でもビザは下ります。事実、近年ではタンドールを置かないネパール料理専門店が何軒も登場し、ネパール人コックを技能ビザで呼び寄せています。要はインネパ店の形態が採用され続けたのは、ネパール人経営者による『誤解』、あるいは前例を踏襲することでビザ申請時の失敗を減らそうという、審査側への『忖度』といえます」(小林氏)

ビゼイ氏は、こうした歪曲がもたらす弊害を指摘する。

「インネパ店激増による過当競争などで、経営が苦しいインネパ店も少なくありません。結果、コックは非常に安い給料のもと、社会保険などの保証がない状態で雇用されることが常態化しています。日本語が不自由な人も多く、体や心を病んでしまうケースも見られます」(ビゼイ氏)

お手頃な居酒屋やファミレスとして

一方でインネパ店の存在は、ポジティブな面も決して少なくない。

「ネパール人による日本での就労が、経済的にも文化的にも、本国に寄与している部分は小さくないでしょう。来日してビジネスで成功するネパール人も多くいます」(小林氏)

「日本には、コックに敬意を払うすばらしい文化が根づいています。だから私は、ネパール人が日本でコックになること自体は、反対ではありません。ネパール人が来日後に困らないよう、ビザの審査時にせめて最低限の日本語能力と健康状態、そして受け入れ先の雇用環境をチェックしてもらいたいんです」(ビゼイ氏)

そして日本人にとっても、インネパ店の増加はメリットがいろいろある。まずはナン&インドカレーというエキゾチックな文化に、気軽に触れやすくなったこと。また酒やつまみメニューが豊富な店が多く、手頃な居酒屋としても利用しやすい。

くわえてインネパ店の多くは鷹揚で、かつお子さまセットなども置くため、小さな子どもを連れていきやすい。したがって家族での食事やママ会など、使い勝手の良いファミレス的に活用されることも多い。

お子さまセット(著者撮影)
お子さまセット(著者撮影)

さらに近年は、ネパールの定食「ダルバート」など、ディープなネパール料理を楽しめる店も増えている。

ネパールで日常的に食べられる定食料理・ダルバート(著者撮影)
ネパールで日常的に食べられる定食料理・ダルバート(著者撮影)

インネパ店が数を増やし、いわばインフラ化しつつある今こそ、ぜひそれを有効活用し、そのうえで彼らに一歩関心を寄せたいところだ。ネパールの赤い三角旗を掲げたそこでは、他ではなかなか味わえない体験と未知のネパール文化が、あなたを待っているだろう。

ビジネスとカレーのライター/編集者

ビジネス系メディアでの記事制作とあわせ、カレーライターとしてWebや雑誌で執筆。NewsPicks、東洋経済オンライン、dancyu、文春オンラインなど。東京でネパールの定食「ダルバート」を食べられる店をまとめた『東京ダルバートMAP』を運営。dancyu web連載『インネパ食堂で飲む』。東洋経済オンライン連載「カレー経済圏」。

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