イギリス最高裁が下す世紀の判断 - 憲法秩序における政治と司法の緊張関係 -

ボリス・ジョンソン英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「議会閉会」という奇策に打って出たジョンソン英首相

 イギリスの最高裁判所が下す世紀の判断に、今、世界中の注目が集まっています。

 7月23日に新しく就任したボリス・ジョンソン首相ですが、EU離脱をめぐる問題において議会で苦しい立場に立っていました。ジョンソン首相は、EUからの合意がなくても、とにかく10月末にはEUを強硬離脱するということを主張し続けていましたが、この主張に対して、野党はおろか与党保守党からも批判が相次いでいるという状況でした。

 そこで、ジョンソン首相は、8月28日にエリザベス女王の承認を取り付けた上で、9月9日の週から約1ヶ月間イギリスの議会を閉会するという奇策に打って出たのです。

 閉会の理由は、新しい立法政策を打ち出すための期間として必要であるというようなものでしたが、これはあくまで建前であり、本当の狙いは、離脱に関する議論を阻止し、時間切れによって強硬離脱に持ち込むということは、誰が見ても明らかでした。

 本来、労働党などの野党勢力は、9月3日に再開する議会において「合意なき離脱」を阻止するための法案を提出する予定だったのですが、肝心の議会が閉会されてしまっては、法案成立の見通しは立たなくなってしまうのではないかということで、大いに議論を呼びました(もっとも実際には保守党からの造反などもあり、6日までに上下院でEU離脱延期法案は可決されました)。

そして議論は法廷へ

 国の命運を左右するような重大な局面において議会を閉会するという行為は常軌を逸していました。結果として、議会が紛糾しただけではなく、司法の場でも闘争が始まったのです。

 アンチ・ブレグジット活動家のジナ・ミラーという女性が、1ヶ月間も議会を閉会するという首相の行為は、権力の横暴であると訴えました。これについて、イングランドの高等法院は、閉会期間をどのくらいにするのはというのは、極めて政治的な問題であって裁判所の判断する事項ではないという理由により、訴えを却下しました。しかし、裁判所はこの件についてはあらためてイギリスの最高裁に控訴するように促したので、ミラーは最高裁に上訴しました。

 一方で、同様の様の裁判がスコットランドでも提起されており、スコットランド国民党のジョアナ・チェリー議員率いる75人の超党派の議員グループによって訴えが提起されていました。

 スコットランド民事控訴院の外院で行われた第一審では、議会閉会は違法ではないと結論付けられましたが、第二審(内院)の3人の裁判官は全員一致で一審の判断を否定し、ジョンソン首相は、議会を妨害しようという不適切な目的の元に動き、閉会を進言することで事実上、女王をだましたとのといういう判断を示した上で、首相が女王陛下に行った助言と、それに基づく議会閉会は違法であり、かつ無効であるとする禁止命令を発令したのです。当然、政府側は即時に上訴しました。

 こうして、ジナ・ミラーのイングランド高等法院の事件と、議員グループによるスコットランド民事控訴院の事件、結論のまったく異なる判断が下された2つの事件について、イギリス最高裁判所が審理を行うという事態となりました。

 9月17日に始まった審理は3日間開催されました。最高裁長官であるレディ・ヘイルが、来週には判決を出すといっています。もし仮に、首相の行った議会閉会という行為に憲法上の問題があるとなれば、ジョンソン首相の立場はますます苦しいものとなるでしょう。果たして、最高裁がどういった判断を下すのか、世界中からの注目を集めています。

政治と司法の緊張関係 憲法秩序をどう維持するか

 憲法が構成する権力分立において、政治と司法は常に緊張関係にあります。政治が憲法の規定する秩序の枠内で行われている場合には、司法は介入すべきではないといえるでしょう。問題は、憲法秩序の枠を越えるような問題に切迫したとき、司法は政治に対してどうあるべきなのか、です。

 このことは、イギリスのみにとどまる話ではありません。日本でも、憲法69条以外の根拠に基づいて行われた衆議院解散が憲法上有効であるかどうかと苫米地事件という裁判例があります。この時、最高裁は「統治行為論」という理屈をもって、高度に政治性を有する問題については、裁判所の権限外であると示し、司法判断を回避しました。まさにイングランド高等法院が今回下した判断と同じものと言えるでしょう。

 また、2017年6月22日に、憲法53条に基づいて1/4の以上の国会議員が臨時国会の召集を要求したにもかかわらず、安倍内閣が98日間臨時国会を召集せず、さらには、開いたその日に衆議院を解散したという事態に対して、複数名の国会議員がそれぞれ憲法違反であると訴訟を提起しています。

 これらのケースは、たしかに政治的な問題ではあるのですが、同時に憲法上の解釈問題を多分に含む問題でもあります。こうした政治と司法の緊張関係がある論点について、いったい誰が憲法秩序を担っていくのかというのは、日本でも非常に重要な問題です。

 日本同様に議院内閣制を採用しているイギリスの最高裁がこの問題についてどう判断するのか、これはイギリスに限られた問題でなく、我々日本人としても強い関心をもって注視していくべきでしょう。