裁量労働制の議論が「日本人はバカだ」に行きつく理由

(写真:アフロ)

厚生労働省が、裁量労働制についての調査データに異常値が含まれていたとして約2割の事業所のデータを削除するそうです。全国の労働基準監督署が一般労働者と裁量労働で働く労働者の残業時間を調べたもので、これに基づいて安倍首相が、裁量労働制を導入したほうが残業時間が短くなると答弁したことが問題になりました。

厚労省は資料を開示せずに都合のいい結論を導いており、「誤ったデータに基づいて政策を決めるのはけしからん」との野党の批判はもっともです。こんな醜態をさらすことになったのは、調査や分析をすべて省内で行ない、労働経済学者など外部の専門家を排除しているからでしょう。その結果、「素人仕事」が見破られて立ち往生してしまったのです。

とはいえ、野党のいうように、いったん法案を取り下げて正しいデータを集計し直せばいいというわけではありません。裁量労働制の残業時間が一般労働者より長かったとしても、統計学的には「裁量労働制にすると残業時間が増える」とはいえません。因果関係が逆で、「長時間労働が必要な事業者が裁量労働制を導入している」かもしれないからです(新聞やテレビが裁量労働制なのはこれが理由です)。

どちらが正しいかを知るためには、全国からランダムに事業者を選び、半数を裁量労働制にして残業時間がどのように変わるかを調べる必要があります。これがランダム化対照実験で、現在では、これ以外は恣意的な解釈が可能で政策決定の役には立たないとされています。

ランダム化対照実験で裁量労働制と残業時間の関係がわかったとしても、それで結論が出るわけではありません。裁量労働制によって収入が増えたり、時間を自由に使えるようになった労働者の満足度が上がるかもしれないからです。正しい政策にはこうした要素も考慮に入れなければなりません。

しかし、これで話が終わるわけではありません。裁量労働制に適した仕事とそうでない仕事があるかもしれず、どんな働き方が向いているかを知るには職種ごとのランダム化対照実験が必要になります。年功序列・終身雇用の日本的雇用と、欧米のように同一賃金・同一労働が徹底され、不況時には金銭解雇が一般的なジョブ型の働き方で、裁量労働制の効果が異なることもじゅうぶん考えられるでしょう。

このように「働き方」の議論はものすごく複雑ですが、日本では「長時間労働=悪」「短時間労働=善」という単純な善悪二元論でしか論じられません。サラリーマンの本音は「残業代が減ると家計が苦しくなる」でしょうが、その分は「副業の自由化」で補えということのようです。

これまで何度か指摘しましたが、日本の労働者は長時間労働に苦しむ一方で、先進国でもっとも労働生産性が低く、アメリカの労働者の7割程度しか稼げません。この事実を説明しようとすれば、「日本人はバカだ」というか、「働き方がまちがっているか」のいずれかしかありません。

こうして「働き方改革」が急務になったのですが、それを主導する厚労省のあまりに稚拙な仕事と国会での低レベルの議論をみると、残念ながらもうひとつの説明のほうが正しいような気もしてきます。

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