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吉野修一郎戦は「死に物狂いで」元世界王者・伊藤雅雪が語った戦い続ける理由

杉浦大介スポーツライター
写真:山口裕朗/アフロ

4月9日 さいたまスーパーアリーナ

東洋太平洋、WBOアジアパシフィック・ライト級タイトル戦

王者

吉野修一郎(三迫/30歳/14戦全勝(11KO))

12回戦

元WBO世界スーパーフェザー級王者

伊藤雅雪(横浜光/31歳/27勝(15KO)3敗1分)

リスクを背負って戦える試合

――伊藤選手にとって、今回の吉野戦の位置づけはどういったものなのでしょう?

伊藤雅雪(以下、MI) : とにかくこの試合を乗り越えたい。吉野選手はすべてをぶつけられる相手だと思っていますし、この一戦にかけようって思える試合ですね。

――吉野選手への評価の高さが伝わってきますが、ボクサーとしての印象は?

MI : 吉野選手は国内でのポジションがいいですし、世界ランカーでもあるので、以前から対戦したいという気持ちは強かったんです。アマチュアのキャリアがある分、基礎がしっかりしていて、平均点が高い。穴がなく、負けにくい選手だなと思います。スタミナもあるし、手数も出るし、すごく止めるのが難しい選手だなという印象がありますね。

――昨年7月、伊藤選手が細川バレンタイン(角海老宝石)選手を8回TKOで下した一戦の出来は評判が良かったですが、満足感はありましたか?

MI : パンチをもらわなかったですし、相手をコントロールして、確かに完勝ではあったと思います。ただ、満足はしていないですね。前回はとにかく先に繋げなければいけない試合でした。だからリスクを冒さず、慎重になりすぎるくらい慎重に試合をしたつもりです。相手のパンチを避けることを最優先し、踏み込んで打っていないので、パンチは軽くなっていたはず。そういう意味で、自分の実力のたぶん6、7割しか出せていない試合ではありました。

――もっと魅力的な戦い方、面白い試合ができたはずが、絶対に勝つためにリスクを回避したということでしょうか?

MI : もっと危険なタイミングでもパンチを当てることができたとは思います。そういうタイミングで打った場合、相手を効かせられる自信はありますけど、10回やったら1回は変なパンチをもらってしまう可能性が出てくるんです。それをすべて排除して進めた試合がバレンタイン戦だったということ。だから内容としては完勝に見えたんでしょうし、見栄えも良かったのかもしれないですけど、自分にとってのベストではなかったと感じています。

――2020年12月、三代大訓(ワタナベ)選手に敗れた後で、絶対に負けられない戦いでした。だとすれば、そうやって戦ったのは理解できます。

MI : 実際はあの試合に限らず、8オンスのグローブ、ヘッドギアなしの試合でリスクを冒して戦えたことはほとんどないんです。そうやってリスクを回避するおかげで、相手のパンチが効いてダウンをしたことは今まで一度もありません。ただ、多少危険を冒してでも、100%をぶつけた時によりいい自分が出せると思うんで、だからスパーリングではもっといい戦いができていると思います。そんな中で、自分の中の殻を破り、リスクを背負って戦えた数少ない試合がクリストファー・ディアス(プエルトリコ)との世界タイトルマッチでした。

アメリカでディアスに勝って世界王者になったのは2018年7月28日のこと。珍しく”リスクを犯して戦えた試合”だったのだという Mikey Williams / Top Rank
アメリカでディアスに勝って世界王者になったのは2018年7月28日のこと。珍しく”リスクを犯して戦えた試合”だったのだという Mikey Williams / Top Rank

――細川バレンタイン戦後、「勝ちたいという気持ちがこんなに出るんだというくらい出た。安心しました」というコメントがありました。世界王座になる前のようなハングリー精神が戻ってきたのでしょうか?

MI : ハングリーとはちょっと違うと思います。三代戦ではもう一歩、いやもう半歩踏み込んで打てずに終わってしまいました。ああいう形で負けたままでは嫌でした。自分はあれで終わったわけではないという姿を見せなければ、今までやってきたプライド、自尊心みたいなものが崩れてしまうと感じたんです。こんなに勝ちたいって思ったことはない、というくらい勝ちたかった試合でした。だからこそ、ゴールテープを切るまで、絶対に事故は起こさせないっていう気持ちが強くなったんだと思います。

激闘は必至か

――先ほど、吉野選手は「すべてをぶつけられる相手」という話がありましたが、それでは今戦はディアス戦のように戦うのでしょうか?

MI : 今回はそういう自分を作らないと勝てないでしょうし、腹を括っています。「リスク回避すれば勝てるのかな」っていう試合はありますが、吉野戦はそうではない。難しいチャレンジだし、全部を出さなければ吉野選手は越えられない。怖さはあるし、すごく厳しい流れになるというのは感じています。ギリギリの戦いの中で最後、自分が勝っていればいいなっていう感覚が強いです。

――シェアできる範囲で、どう戦うつもりなのかを話してもらえますか?

MI : 中途半端な距離で戦うと相手の方が上手いと思います。ただ、リスクを冒した戦いを8オンスのグローブ、ヘッドギアなしでやったらどうなるか。試合で打たれたら「やばい」と思うかもしれないし、「ガードの上でもこんなに衝撃があるんだ」と感じるかもしれません。今までより危険な距離で戦うことになるので、腹を括らなきゃいけないですし、試合中にやりたいことをどこまで実行できるかが勝負になると思っています。

――並んだ写真を見る限り、サイズは吉野選手の方が大きいよう見え、パンチを浴びたら確かにパワーは感じるかもしれませんね。

MI : 吉野選手は大きいなと思いました。背も少し高いし、身体のボリュームもあります。もちろんパワーと耐久力はあるんだろうなって思っています。僕もずっと上の階級の選手としかやってないので、差が出るとしたら後半かもしれませんが、とにかく強引な戦い方だけではダメでしょうね。

――KO勝利は常にベストの形ですが、仰る通り、タフな吉野選手をストップできるとすればどんなシナリオなのでしょう?

MI : 僕が倒すとしたら前半だと思います。前に出て戦い、噛み合った場合、回転力やタイミングは僕の方がいいでしょうから、そこで捕まえられるかもしれません。前半で捉えられなかった場合、じわじわとリードを広げていくのが勝利パターンになるんでしょうね。もちろん近い距離でまったく勝てなかった場合、少し距離をとって、というふうに適応していかなきゃいけませんが。

――安直な言い方になってしまいますが、見ていて面白い試合になりそうですね。

MI : 吉野選手がどう戦うかにもよりますが、望む距離で戦わせる戦術は持っているつもりなので、自動的に面白くなってしまうと思います。お互い、長いラウンドまで持つのかなと考えたりもしますけど(笑)。繰り返しますが、怖い距離感での戦いになるはずなので、どっちに転んでも自分の中で満足できると思うんですよ。この戦い方で勝てれば僕はまた強くなれると思っていますし、ダメでも納得できるかもしれない。久しぶりに挑戦者の気持ちです。吉野修一郎という選手に対しての挑戦であり、自分が一皮向けられるかどうかのチャレンジでもあります。

「負けたら終わり」という思いも

――伊藤選手はすでに世界王者になり、タイトルを失った後も戦い続けていますが、今のモチベーションはどこにあるのでしょう?

MI : もうベルトではないですね。階級を上げて、ライト級でも認められたい。ライト級に上げてダメになった選手ではなく、ライト級に上げても戦える選手と思われたい。今の目標はとにかく吉野選手を超えて、ライト級の伊藤を認めさせること。認められないまま終わりたくないんです。

――負けたら進退が問われるという思いはありますか?

MI : 僕はデビュー戦からその思いを持っていて、これまで2、3回負けても続けてきているので、信憑性がないところはあるんですけど(笑)。ただ、今回負けたら終わり、やめるっていう思いは持っています。だからこそ、何度も言いますけど、リスクを負った戦いがしたい。ケガをするかもしれないし、変なパンチをもらって倒されちゃうかもしれないですけど、危険を冒さずに逃げたまま終わるのは嫌なので、自分が満足する試合がしたいですね。一番、自分が強いと思える戦い方がしたいと思っています。

――村田諒太(帝拳)対ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)戦という日本ボクシング史上に残るビッグイベントのアンダーカードで戦うことに特別な思いはあるんでしょうか?

MI : 村田さんは僕にとっては模範的なボクサーなんですよ。人柄も好きですし、地位と名前があって、お金も稼いだであろうボクサーが、あれだけボクシングに真面目に向かっている。年齢も上ですし、すごく良い刺激をいただく先輩でもあります。そういう偉大なボクサーと、世界中で偉大だといわれているゴロフキンが対戦する興行のアンダーカードに入るっていうのは感慨深いところはあります。もちろん自分の試合が一番ですから、僕もしっかり勝って村田さんに繋げたいし、村田さんも良い結果であって欲しい。自分にとっても歴史的な1日になるのかなと思っています。

――吉野戦に向けた伊藤選手からは覚悟が感じられますが、最後に改めて意気込みをお願いします。

MI : 今回の試合はボクシング人生の集大成になると思うんですよ。いいこともあったし、悪いこともあった。そういう僕のボクシング人生をかけて戦う試合です。ギリギリでもいいから、死に物狂いで、一歩超えていこうと思っています。すべてをかけて戦える1日になると思うので、そんな僕の生き様を見て欲しいです。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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