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コロナウイルスの影響で試合中止…英国の無敗ボクサーが振り返る波乱のニューヨーク遠征

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/ Top Rank

 アイリッシュの人気者、マイケル・コンランは3月17日にマディソン・スクエア・ガーデン・シアターのリングに立つはずだった。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、コンランにとっては4年連続となるアイルランドの祝祭日『セントパトリック・デー』のメインイベントは変更を余儀なくされる。一度は無観客での強行が発表されるも、最終会見が開催された3月12日の夕方、結局はコンラン対ベルマー・プレシアド(コロンビア)戦のキャンセルが決定。混乱の中で、13戦全勝のプロスペクトは即座の帰国となった。

 2ヶ月以上が経った今、コンランはあの波乱の経験をどう振り返るのか。ロックダウンの日々をどう過ごし、次のリング登場にどう備えているのか。5月26日、電話インタビューでじっくりと話を聞いた。

ケーキ作りの王者?

ーーアメリカ、イギリスともにボクシング界は完全にストップしてしまいましたが、どう過ごしていますか?

マイケル・コンラン(以下、MC) : 幸いにも私の家族は健康を保つことができていて、おかげでこの期間を楽しめています。これまでとは比較にならないくらい、長い時間を家族と一緒に過ごせていますからね。”24x7”を自宅で過ごし、妻、娘、息子と一緒にいられるのは良いものです。私の自宅のガレージにはジムがあるので、トレーニングをこなすこともできています。

ーー3月頃には多くのケーキを焼いて、その写真をソーシャルメディアに投稿していました。ケーキ作りは今でも続けているのでしょうか?

MC : 以前より頻度は減りました(笑)。3月の試合後にはこういったケーキを作って食べてみたいというアイデアがたくさんあり、そのすべてを焼くつもりでいました。ただ、今では欲求も満たされ、通常に戻った感じですね。

ーーかなりのハイペースだったので、毎日焼いているのかと思っていました(笑)

MC : 当時は様々な種類のケーキを焼くことに熱中していました。ただ、これだけ焼いたら、誰かが食べなければならないと気づいたんです。ケーキをたくさん食べるのは家族の中で私だけなので、もうやめなければいけないと思ったわけです(笑)

ーーケーキ作り以外にも、マラソンに挑んだり、奥さんと一緒にスリーヴ・ビニアン(北アイルランドで3番目に高い山)に登ったりもしていました。

MC : 普段はできない様々なことをやって、アクティブでいたいと思っています。料理をしたり、子供たちと遊んだり、さらには登山、トレーニングなど、様々なことに取り組み、常に身体を動かし続けてきました。

ーーボクシング界の動きが止まり、プロボクサーとしてリングに立てないことにフラストレーションを感じていますか?

MC : そんなことはないですよ。私がウイルスの動きを止められるわけではないですし、今できることはないですからね。自身でコントロールできないことを嘆いたり、憤ったりしても仕方ないと思っています。

ーー自宅でのトレーニングの様子もソーシャルメディアで見ています。ガレージにサンドバッグ、スピードボール、ダンベルなどが揃っているんですね。

MC : おかげで毎日、トレーニングできています。私の父親がアイルランド代表チームのコーチなのも大きいですね。父は近所に住んでいて、頻繁に私の家を訪れ、トレーニングの手助けをしてくれます。まだスパーリングはできないのですが、父のおかげもあって、ミット打ちなどの必要なトレーニングはこなせています。

大波乱のニューヨーク遠征

3月12日、プレシアド戦の最終会見時。この直後に興行キャンセルが発表される。 (写真:杉浦大介)
3月12日、プレシアド戦の最終会見時。この直後に興行キャンセルが発表される。 (写真:杉浦大介)

ーー3月にニューヨークで予定された試合の話をしてください。あなたと最後に話したのは、3月17日にマディソン・スクエア・ガーデン・シアターで予定されたノンタイトル戦の最終記者会見の場でした。会見が12日で、結局はその日にキャンセルが決定。クレイジーな経験だったと思いますが、すべてを振り返って、何を思い出しますか?

MC : キャンセルが決まった直後には多くの感情が渦巻きました。もちろんフラストレーションもありました。10週間にわたるトレーニングキャンプをこなし、スパーリングパートナーを雇って準備しました。スパーリングパートナーに支払ったお金や、諸経費など、(イングランドの南東部にある)サリー州で行う私のキャンプは非常に高価です。練習で給料が支払われるわけではないので、試合ができなければボクサーは無給になってしまうんです。だから残念だし、憤る気持ちもありました。ただ、これほど歴史的な事態の中で、先ほども話した通り、自分にできることは何もありません。キャンセルは仕方ないことだと思い、(減量から解放され、)多くの素晴らしいレストランがあるニューヨークで食事ができることを喜ぼうと気持ちを切り替えました。

ーーキャンセル決定直後、ピザを購入しているのをソーシャルメディアで見ました。

MC : 中止が知らされた後、すぐに食べ始めたのです(笑)。本当に様々な感情が存在し、複雑ではありましたが、その後、無事に英国に渡り、家族の元に戻れたことを嬉しく思っています。それこそが最も大事なことですからね。

ーー翌日には帰国のフライトに乗ったんですか?

MC : 12日の夕方、会見の後に中止を知らされ、13日の夜には帰国便に乗りました。まだ特に規制もなく、問題なく乗れました。自宅に戻ってからしばらくは自己隔離しましたが、おかげさまで健康でいられています。

世界王者への道

ーー今後のプランを立てるのも難しい状況ですが、今夏に同じベルファスト出身のカール・フランプトンと同じ興行に出る話が進んでいるという報道を見ました。

MC : その可能性があります。カールと同じイベントに出場するプランがあり、場所はベルファストか英国内のどこかが予定されています。いずれにしても無観客興行。期日は8月になるかもしれません。私のコンディションは非常に良いので、夏には試合ができる可能性が出てきたことにエキサイトしています。

ーー世界ランキングも順調に上がっており、3月に話を聞いた際には今年中に世界タイトル戦をやりたいと話してました。パンデミックのおかげでそのプランも少し変わりそうですか?

MC : 今後、様子を見なければいけません。私のファンベースと試合時のゲート収入を考えれば、トップランクと私の陣営がタイトル戦は有観客興行で行いたいと考えるのは理解できます。ただ、私はどちらでも構いませんし、依然として2020年中に世界チャンピオンになりたいと考えています。夏の試合のあと、12月頃にもリングに立てるのであれば、それは成し遂げられるはずです。今年は3〜4戦をこなしたかったのですが、できれば2戦は行いたいです。ただ、まだしばらくは待たなければいけませんね。

ーー世界戦は王座決定戦になりそうですが、希望の対戦相手はいますか?やはり王者と戦いたいという気持ちはあるのでしょうか?

MC : 私としては誰でも構いません。この相手と戦いたいとか、戦いたくないとか、そういった希望はありません。世界王座を争うようになれば、誰とでも戦っていかなければならないもの。世界タイトル戦であれば、喜んでリングに立ちますよ。

ーーWBO王者のシャクール・スティーブンソン(アメリカ)は体重苦でタイトル返上が予想されますが、シャクールと戦いたいという希望はありますか?

MC : その試合はいずれ実現するでしょう。トップランクがどういう風に考えているかはわかりませんが、直接対決の日が来る可能性は高いと思います。

スタイリッシュな着こなしと爽やかなパーソナリティには定評がある。(写真:杉浦大介/2017年に撮影されたもの)
スタイリッシュな着こなしと爽やかなパーソナリティには定評がある。(写真:杉浦大介/2017年に撮影されたもの)

ーー毎回、熱狂的なファンの前で戦うのが恒例になっていますが、無観客興行への出場は問題ありませんか?

MC : これまで多くの経験を積んできたので、もう何事にも戸惑うことはありません。外国でのアマチュアの大会では、メジャーなイベントでもファンなど誰もいない中で開催されたものです。もちろん大観衆の前で戦えるのは素晴らしいことで、残念ですが、無観客興行だからといってそれに惑わされることはありません。

 マイケル・”ミック”・コンラン(アイルランド/28歳/13戦全勝(7KO))

 2012年ロンドン五輪フライ級銅メダリスト、2015年アマ世界選手権バンタム級金メダリスト。2016年のリオ五輪ではバンタム級準々決勝でロシア選手に敗れ、判定への不服からリング上でジャッジに中指を立てるパフォーマンスで一躍有名になった。 プロ入り後、トップランクと契約。2017年3月17日、セント・パトリック・デイ(アイリッシュの祝祭日)に開催されたマディソン・スクウェア・ガーデン・シアターの興行でいきなりメインイベンターとしてプロデヴューを飾る。以降、無敗のまま連勝を続け、WBO世界フェザー級ランキングでは1位、WBAでも同3位と世界タイトル戦も目前に迫っている。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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