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既得権益は時代のアップデートについていけない…Clubhouseはエンタメ界をどう変えるのか?

谷田彰吾放送作家

 話題の音声SNS『Clubhouse』の勢いが止まらない。芸能人やアーティスト、アスリートらが毎日続々と参加し、大きなムーブメントを巻き起こしつつある。かつてない体験をともなうコンテンツとして、期待を感じている方も多いのではないだろうか。

 そのClubhouseが、テレビや芸能事務所、ひいては広告代理店まで、エンタメ界に革命的な変化をもたらそうとしている。たったひとつのSNSによって、「既得権益」が通用しない世の中になってしまうかもしれないのだ。

 まずは、ClubhouseがどんなSNSなのか、おさらいしておこう。

 Clubhouseは大雑把に言うとラジオのようなSNSで、ユーザーが「部屋」を作ってトークする。そしてそれを他のユーザーが聞くことができる。文字も映像もない。音声だけでコミュニケーションをとる。Clubhouseは招待制のSNSで、誰もが自由に始められるわけではない。しかも、その内容は録音禁止、公開も原則禁止となっている。「拡散」されることが大きな魅力であるはずのSNSだが、Clubhouseはむしろ逆。「密談」だからこそ聞きたくなるという人間の心理を突いたSNSとなっている。仲の良い芸能人たちが24時間いつでも部屋を作り、いきなり台本なしの即興トークを始めるのだから、目が離せない。

 だが、Clubhouseの新しさは「密室」ではない。本当の新しさは、偶然の「出会い」にある。

 Clubhouseのユーザーは、部屋の中で「話し手」と「聞き手」に分かれている。講演会のように話し手はステージの上に立ち、聞き手は観客席で座って聞いているイメージだ。だが、Clubhouseには、話し手が指名することによって、聞き手が話し手に“昇格”する機能があるのだ。

 すると、どんなことが起こるのか? たとえば、若手芸人さん数名が楽しく話しているとしよう。観客席に突然、人気歌手が入室してくる。名前や写真は公開されているので、誰が入ってきたのかわかる仕組みだ。「あれ? これ歌手のAさんじゃないですか?」芸人の誰かが気付く。「ウソでしょ? 話してもらえるかな?」 そして、ボタンひとつで人気歌手が「話し手」として“登壇”する。

A「はじめまして、Aと申します!」

芸「いやー、Aさんが入ってくるなんて思ってもみませんでした!」

A「実は僕、ずっとファンだったんですよ!」

芸「マジすか! テレビでも共演したこと無かったですよね」

こんな形で、偶然の出会いが成立してしまうのが、Clubhouseの凄さだ。

 この機能が芸能人たちに何をもたらすか? まず、これまで交わってこなかった才能と才能が化学反応を起こす。芸人と歌手がClubhouse発の大ヒット曲を生み出すかもしれない。ファッション好きの俳優とYouTuberが新しいブランドを立ち上げるかもしれない。YouTube・テレビ番組・映画などのキャスティングもClubhouseで行われるようになる。「コラボ」と名のつくものは、すべてClubhouseで、とてつもないスピードで決まっていく。

 それだけではない。上記は芸能界同士の交流を描いたが、Clubhouseには有名企業の社長も数多くいる。これまで接点が少なかったタレントと社長が簡単に出会えるようになった。新たなビジネスが生まれるのは容易に想像できるだろう。タレントは直営業でCMを獲得できる。なんならタレント自身がスポンサーを引き連れ、テレビの放送枠を買うことだってできるかもしれない。また、タレントの「起業」も当たり前になる。オンラインサロンも増えていくだろう。いわば「芸能人総複業時代」になる。

 そんな中、エンタメ界で恩恵を受けるのはタレントだけではない。クリエイターはClubhouseによって大きく世界が変わる職業のひとつだ。自ら企業とつながることができるのは、とてつもないメリットだ。これまでは広告代理店やテレビ局を経由するのが常識だった。そこに高額なマージンが発生していたわけだが、これからはClubhouseで仲良くなった企業とクリエイターが二人三脚でコンテンツを作るという未来が見える。

 逆に、これまで通用してきた既得権益は、崩壊するかもしれない。「間に入る」ことで利益を得てきた人たちは、ことごとく淘汰される可能性がある。

 特に厳しくなるのが芸能事務所だ。Clubhouseによってタレントをコントロールすることはより難しくなった。タレントが自分の知名度を利用して、自分で仕事をとってこれるようになる。しかもそれはテレビ出演といったレベルの仕事ではない。企業と直接かかわるような大きな仕事だ。そうなると、「間に入る」のは難しくなっていく。もちろん実務的にマネージャーは必要だし、間に入る仕事がすべてなくなるわけではない。しかし、従来のような「支配型」の芸能事務所は成立しなくなる。

 一方で、マネジメントのリスクは増える。Clubhouseは閉鎖空間ならではのトークが魅力ではあるが、そのぶん失言もありえる。酒に酔って喧嘩することもあるかもしれない。禁止されているとはいえ、それらを録音して暴露する者も現れるだろう。事務所がこれらを未然に防ぐのは容易ではない。

 また、ファンとタレントの境界線も曖昧になる。すでに「タレントが一般人の相談を受ける」という趣旨の部屋はいくつもできている。これまでは「タレントと話す」という行為には有料の価値があったが、いまや無料で毎日行われるようになった。タレントと交流することはもう特別ではない。こうなるとAKBによって大流行した握手会のような交流ビジネスは価値観の再編を余儀なくされる。

 テレビ局やラジオ局も打撃を受けるかもしれない。Clubhouseはコンテンツ色が強いSNSのため、シンプルにエンタメとしてライバルになる。また、Clubhouseによって芸能人とYouTuberの交流が活発になった。今後、YouTubeのコラボキャスティングはより新鮮なものになっていくだろう。ネットコンテンツのアップデートの速さにテレビやラジオはついていけない。誰もがネットでコンテンツを発信できるようになり、「放送」という既得権益が崩れつつある今、テレビやラジオはまた新たな局面を迎えた。

 だが、メリットもある。まずは番組のファン作りにClubhouseはうってつけだ。すでに情報番組の多くが放送の前後にClubhouseの利用を始めた。テレビでは出せない「素」の部分を発信することで視聴者との距離を縮め、番組をコミュニティ化する。日常習慣化が大事な情報番組では有効な手段かもしれない。今後はバラエティなども、番組を一緒に見るといった活用方法が考えられる。

 そして、テレビ局にとっては自局のクリエイターをスター化するチャンスでもある。最近は、コンテンツの制作過程そのものがコンテンツになる時代だ。これまでは「裏方」と言われてきたクリエイターにもスポットライトが当たるようになった。テレビ東京の社員にも関わらずオールナイトニッポンZEROのパーソナリティを務める佐久間宣行氏のような存在を作りやすくなった。スター局員はClubhouseで営業ができる。クリエイター自身がスポンサーを連れてくる時代になる。

 Clubhouseは、エンタメ界を衝撃的なスピードでアップデートしている。総じて言えることは、Clubhouseの登場で、より「個人」の力が強くなったということだ。不要なものが削ぎ落とされ、これまでにない速さで、新しいコンテンツが誕生していくだろう。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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