Yahoo!ニュース

鹿島からやってきたゲレイロ(戦士)、アラーノ。円陣でも熱く語る男は、服の着こなしにも真面目さがにじむ

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
ガンバ大阪の巻き返しを支えたファン・アラーノ(筆者撮影)

 まだガンバ大阪が、J1リーグの残留争いで勝ちきれない日々に喘いでいた9月10日のFC東京戦の一幕が、ファン・アラーノの持つ人柄をよく物語っていた。ガンバ大阪では移籍直後から活躍してきたブラジル人は数多いが、加入まもないブラジル人選手が試合前に率先して円陣で熱く語った例を少なくとも筆者は知らない。

加入まもないファン・アラーノが率先して円陣で熱くトーク

 パナソニックスタジアム吹田で行われたFC東京戦は、まだ声出し応援が解禁されていなかったが、試合前には珍しい光景が展開されていた。

 通常、キックオフ直前のピッチ上で選手が円陣を組む光景が、ベンチサイドで行われていたのだ。

 昌子源が試合後、その理由をこう明かしてくれた。

 「あれはアラーノが一言、言いたいということだったけど、でもアイツは日本語が話せない。ピッチで円陣を組むと通訳がいないのでマサさん(木村正樹・ポルトガル語通訳)を呼んで自然とああなった。彼らもそれぐらい賭ける思いがある」

 鹿島アントラーズからガンバ大阪に完全移籍。8月3日に新加入会見をしたばかりのアラーノだが「このビッグクラブをもう一度立ち上がらせる力にもなりたい」と話した言葉に嘘はない。

 アラーノは通訳の助けを受けながら、こう熱く語ったという。

 「サポーターがいる中で、それを自分たちのエネルギーへの追い風にして、ベストを尽くして今日の試合を頑張ろう」。

 夏場の試合を終えたガンバ大阪の選手たちは、チームお揃いのポロシャツでミックスゾーンに姿を見せるが、胸元のボタンを全てとめているのは見る限りアラーノのみ。その真面目な人柄が、服の着こなしにも現れているが、ピッチ上ではチーム屈指の熱量を放つ存在だ。

 残留争いに向けて絶対に勝利が必要だった10月29日のジュビロ磐田戦でも、敵陣深くでスライディングを敢行。ボールがタッチラインを割った瞬間、アラーノはガッツポーズを見せながら、ホームのサポーターに向けて吠えて見せた。ブラジルでは守備で気迫あるプレーをした後、選手が見せるお馴染みのパフォーマンスである。

アラーノのプレースタイルを形成したのはブラジル南部の特異性

 ピッチを離れた後に見せる姿は細身の優男だが、その体に流れる血は紛れもなくブラジル人のそれ。その熱さの原点は、アラーノがキャリアを育んできたブラジル南部の特異性にある。

 日本では「サッカー王国」の表現で呼ばれることが多いブラジルではあるが、かの国の民はそんな大袈裟な表現は用いない。ブラジル人は「サッカーの国」と自国を呼ぶが、日本の23倍に相当する広大な国土では、実に様々なスタイルが展開されてきた。

 芸術サッカーをこよなく愛する国民性ではあるものの、ブラジルの中でとりわけ勝負にこだわるのがブラジル南部にあるポルト・アレグレ市のビッグクラブ。ドイツ系やイタリア系の移民が数多く存在するこの地域の人々は「ガウショ(牧童)」と呼ばれるが、タフなサッカーを好む。

 日本でもお馴染みの闘将ドゥンガや勝負強い名将、フェリポンことルイス・フェリペ・スコラーリ、ブラジル代表監督のチッチの精神性は典型的なガウショである。

 ポルト・アレグレを代表する二大クラブはグレミオとインテルナシオナウ(以下、インテル)であるが、アラーノはインテルの下部組織で育ち、トップチームに昇格した。

 余談だが松田浩監督が筑波大学時代に研修生として一年を過ごしたのもインテル。下部組織にいたドゥンガとも松田監督はピッチに立った経験を持っている。

 「僕の特徴はダイナミズム」。アラーノもこう認めるように、鹿島アントラーズでも献身的な動きを見せていたが、そのスタイルの原点にあるのはやはりインテル時代の経験だ。

 「僕はインテルの下部組織で育ったが、育成年代もトップチームもブラジル屈指の環境で、学んだことはたくさんある。ブラジルの南部は強度が高くて、凄くダイナミックなサッカーをするけど、そこで学んだことをガンバ大阪でも活かしたい」(アラーノ)。

古巣の鹿島アントラーズ戦はJ1残留をかけた大一番に

 アキレス腱断裂から復帰した宇佐美貴史がまだ、ピッチに立てなかった当時、チームを支えたのは加入まもないアラーノだったが、松田監督もその頭の良さを絶賛する。

 アラーノが口癖のように語る自身の強みは「レイトゥーラ・デ・ジョゴ(試合を読む目)」である。松田監督も証言する。「非常にサッカーをよく知っているというか、勝負どころがどこかを分かっている。判断の物凄く速い選手だと思う。彼は体も大きくないし、抜群のパワーを秘めているわけじゃないけど、ここまでやれているのはそういう部分があるから。よくパワーやフィジカル能力に優れた人はなんでも体で解決できるので、考える能力がなかなか付かないこともあるが、彼の場合はここまで生き抜いてくる中でどういうところで勝負していけばサッカー選手として生き残れるかというのをよく考えてきた選手だという印象が強い」

 ジュビロ磐田に勝利したことで15位に浮上したガンバ大阪は11月5日の最終節、鹿島アントラーズ戦で勝利すれば、無条件でJ1残留が決定する。

 舞台となるのは県立カシマサッカースタジアムだが、アラーノにとっては過去2シーズン半を過ごした古巣でもある。

 今季、ガンバ大阪は鹿島アントラーズに対して公式戦で4戦4敗。しかし、今のガンバ大阪にはアラーノや復帰後、2勝1分で無敗を誇る宇佐美がいる。「ブラジルでは残留争いの経験はないけど、あっちでは毎試合、サポーターからの重圧が凄いからね。その経験をガンバ大阪で活かしたい」。古巣と初の顔合わせになる今回、そのパフォーマンスは必見だ。

 試合を離れれば、細身の優男。ただし、ピッチ上ではブラジル南部仕込みの熱さと激しさで「ゲレイロ(戦士)」になる。

 それがファン・アラーノという男だ。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

下薗昌記の最近の記事