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地震で世界選手権延期。メキシコからパラスイム日本代表が帰国

佐々木延江国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表
9月26日6時20分過ぎに帰国した選手たち、成田空港で

 今月19日にメキシコで発生・死者300人以上になるマグニチュード7.1の地震により、IPC(国際パラリンピック委員会)とメキシコシティが主催で30日から開催される予定だった世界選手権(パラ水泳・パラパワーリフティング)は、20日、延期が発表された。

 事前合宿のため現地入りしていたパラ水泳12名の選手(肢体不自由・視覚障害)を含む日本選手団は、今日(26日)、山田拓朗、木村敬一、富田宇宙、一ノ瀬メイ、池愛里とスタッフら10名が6時20分過ぎに帰国した。28日には峰村文世監督らを最後に、全員が無事帰国の見通しとなっている。

 地震を体験した日本代表は・・

 1日目の練習を終えたところで、大きな揺れにあった。余震で避難したりもしたが、宿舎のホテルは郊外にあったため安全だった。

 「大きな揺れでした。街の中はひどい状態のようでしたが、自分たちのホテルは安全でした。当初、大会はやるみたいだ、と言われていましたが、次の朝には延期が発表されました」と、山田。

 選手らは、帰国便を待ち、1週間前後の滞在期間となった。トレーニングを続け、外出はせず、世界選手権会場のプールや市街地などの被災状況についてはテレビを通じて知ったという。

 ーー(昨年の)リオパラリンピック後、日本代表の選手は、ほぼ休まずにメキシコの高地という条件での大会に向け1年間練習してきましたが、このようなことになりました。いかがでしょうか?との記者の質問に、パラリンピックでに選手層が多いクラス(S9)で、つねに高いレベルでのメダルを競う山田は、

 「試合がなかったことは残念ですし、延期といってもいつどこで開催されるかもわかりません。11月の日本選手権へ向けて練習します」と話していた。

 視覚障害の富田宇宙は、今回が初めての世界選手権だった。クラスが弱視から全盲に変わり、木村選手とメダルを競えると期待が高まっていた。

 「状況が状況ですし、仕方ないと思います。まずは、メキシコの被災して亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、救助が第一に思います。チャンスだったし、メダルとりたかったですが、次でとればいいですから」と、富田は話してくれた。

 「そう、本当に試合どころじゃないと思います。また地震が起きたら、いつ建物が壊れてもおかしくなかったので、正直怖かった。安心に暮らせて、スポーツとか、試合ができますので、みんなが平穏に暮らせることが、金メダルより大事です。日本に帰国できて、安心しています」と、木村も話していた。

 メキシコシティでの世界選手権は、標高の高い特殊環境のもとでの試合となり、環境に慣れるための合宿や、早くからの現地入りなど、日本をはじめ、各国選手団も準備していた。

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 過去、地震による大会への影響としては、2011年・東日本大震災が発生直後に開催が予定されていた静岡県富士市での長距離記録会が、地震の揺れによる会場の破損で中止となった。

 また、昨年4月にも中南米のエクアドルでマグニチュード7.8の地震が起きた。2015INASグローバルゲームスの開催地(キト)で発生、最終的に270人以上が亡くなった。この時は会場を変更するなどしながら開催、日本からも知的障害の選手が出場した。

 帰国する選手を迎えた日本身体障がい者水泳連盟・桜井誠一氏は、

 「国際大会で遠征中に地震が起きた場合の対応として、選手団が速やかに帰国できるよう、2020の開催国として支援を検討していく必要があるかもしれない」と話していた。

 世界選手権はパラリンピックに次ぐ重要な大会で、中止の決定はIPC史上今回が初めて。

国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表

パラスポーツを伝えるファンのメディア「パラフォト」(国際障害者スポーツ写真連絡協議会)代表。2000年シドニー大会から夏・冬のパラリンピックをNPOメディアのチームで取材。パラアスリートの感性や現地観戦・交流によるインスピレーションでパラスポーツの街づくりが進むことを願っている。

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