Yahoo!ニュース

「木彫り熊」が空前のブーム! 名古屋ゆかりのアートって知っていますか?

大竹敏之名古屋ネタライター
「木彫り熊展」は名古屋大学博物館で2022年2月26日まで開催。入場無料、日月休

企画展に若者も多数来場。熊の足の裏にも注目(!?)

「若いカップルの来場者も多くて驚いています。例年来場者が少ない冬の企画展でこんなことは初めてです

こう話すのは名古屋大学博物館(名古屋市千種区)准教授の新美倫子さん。異例の人気企画となっているのは現在開催中の「木彫り熊展」。熊のかわいらしさに惹かれて訪れる若者が多いのかと思いきや、意外や視点もマニアックだとか。「アンケートに『熊の足の裏も見たかった』という意見もあって、これは産地『八雲』の焼き印が入っているから。熱心な感想や要望を寄せてくれる方も多く、本当に木彫り熊が好きな人が来てくれているんだな、と実感しています

企画展の目玉、八雲を代表する木彫り熊作家、故・柴崎重行氏の作品。抽象熊と呼ばれる面で構成された大胆な造形に魅了される人が急増している。写真はいずれも昭和40~50年代の作品。八雲町木彫り熊資料館所蔵
企画展の目玉、八雲を代表する木彫り熊作家、故・柴崎重行氏の作品。抽象熊と呼ばれる面で構成された大胆な造形に魅了される人が急増している。写真はいずれも昭和40~50年代の作品。八雲町木彫り熊資料館所蔵

展示されている木彫り熊は約40点。そのほとんどは北海道・八雲町でつくられたもの。北海道の木彫り熊といえば、鮭をくわえた熊がまず思い浮かびますが、それとはイメージの異なる抽象的造形の作品が数多く並びます。今、ブームの中心を担っているのはこうした八雲町産の木彫り熊そしてそのルーツは実は名古屋にあるのです

北海道南部に位置する八雲町は、明治維新後に旧尾張藩士が開拓民として名古屋から移り住んで開いた土地。元・藩主である尾張徳川家はその後も熱心に八雲町の経済発展をバックアップします。大正時代、木彫り熊をこの地に持ち込んだのは尾張徳川家19代当主・徳川義親(よしちか)。スイス土産の木彫り熊をモデルに農民たちにつくらせたのが、八雲町の木彫り熊の始まりでした

八雲町でも、当初は主に毛並みも彫り込んだ写実的な熊が彫られていた。目にはガラス球が打ち込まれている。これはこれで素朴な愛らしさがある。八雲町木彫り熊資料館所蔵
八雲町でも、当初は主に毛並みも彫り込んだ写実的な熊が彫られていた。目にはガラス球が打ち込まれている。これはこれで素朴な愛らしさがある。八雲町木彫り熊資料館所蔵

八雲町ではその後、芸術性・作家性の高い作品もつくられるようになり、独自の作風を追求する作家も登場します。その一方で昭和40年代に北海道に一大観光ブームが巻き起こり、“鮭熊”は日本中どの家庭にもあるほどの大人気土産商品に。しかし、当時バカ売れしたのは道内の他地域で大量生産されたもので(あまりの人気に現地での生産が追いつかず本州でつくられたものもあったとか)、八雲町はその特需の恩恵に授かれなかったといいます。そして、途絶えかけていた地域の美術工芸が、数十年の時を経て脚光を浴びているのが現在の木彫り熊ブームというわけです。

「北海道の木彫り熊の誕生に尾張徳川家がかかわっていることを知っている人は名古屋でも少ない。それを地元の人に知ってもらうことも、この企画展を開催する意義だと考えました」(新美さん)。

「名古屋の人はヒグマになじみがないのであえて木彫り熊だけでなく毛皮やはく製も合わせて展示しました」と新美さん。古代北海道で使用された熊の爪の装飾品の写真なども展示。規模は大きくないが内容は充実している
「名古屋の人はヒグマになじみがないのであえて木彫り熊だけでなく毛皮やはく製も合わせて展示しました」と新美さん。古代北海道で使用された熊の爪の装飾品の写真なども展示。規模は大きくないが内容は充実している

ブームを先取りしていたガイドブックの秀作が新装発売

ブームに先んじて、木彫り熊について掘り下げた貴重なガイドブックも名古屋で刊行されていました。独立系書店「ON READING」(名古屋市千種区)の自主レーベルから2017年に発行された『熊彫~義親さんと木彫りの熊~』です。同書は人気の高まりを受けて、この2月に新装版として復刊されることになりました。

「ON READING」の黒田義隆さん(左)と『熊彫』編集人の上原敏さん。「編集作業は充実していましたが、出版しても関心をもってもらえるか、当時は不安がありました」と上原さん
「ON READING」の黒田義隆さん(左)と『熊彫』編集人の上原敏さん。「編集作業は充実していましたが、出版しても関心をもってもらえるか、当時は不安がありました」と上原さん

「きっかけは2016年頃。名古屋のCOMPASSという店で柴崎重行作の熊を初めて見たらあまりに魅力的だった。シンプルな造形は円空仏のようでもある。当時は知る人ぞ知る存在で、そういえば北海道土産として有名だった木彫り熊の成り立ちは知られてないのでは?と興味がわいたんです」と編集人の上原敏さん。調べてみると名古屋とゆかりが深いことが分かり、作品展を企画、その図録として同書の作成にも取りかかったといいます。実際に八雲町へも行き、資料館の収蔵作品の撮影、関係者のインタビューも敢行。写真集としても、貴重な証言を記録した読み物としても充実した1冊が完成しました。

「初版の1000部が1年足らずで完売し、2刷分も昨年夏には品切れに。その後も問い合わせは多く、『カーサブルータス』の特集や名古屋大学博物館の企画展が重なり、モチベーションが高まってきたので、復刊することにしました」と発行人の黒田義隆さん。「若い人たちの間でもすごく人気が高まっている。見た目のかわいさから入った人も、本を読んで民芸や郷土玩具、近代史など関連する様々な分野にも興味を広げてもらえたら」と期待します。

『熊彫~義親さんと木彫りの熊~』は2200円で2月10日発売予定。ON READINGおよび同店のオンラインショップ、その他全国の取り扱い書店などで販売。新装版はカバーなどの仕様が一部異なる
『熊彫~義親さんと木彫りの熊~』は2200円で2月10日発売予定。ON READINGおよび同店のオンラインショップ、その他全国の取り扱い書店などで販売。新装版はカバーなどの仕様が一部異なる

圧巻の柴崎熊コレクションに出合えるショップも

名古屋でいち早く木彫り熊の魅力を紹介してきたのが「COMPASS」(名古屋市中区)です。アウトドアグッズや古着を扱うショップの一角に、木彫り熊のコレクションがディスプレイされています。

「COMPASS」店内にディスプレイされた木彫り熊。ケース内の柴崎作品の熊はすべて非売品だが、ケース上のスイスの木彫り熊は販売商品。価格は1万円前後~。
「COMPASS」店内にディスプレイされた木彫り熊。ケース内の柴崎作品の熊はすべて非売品だが、ケース上のスイスの木彫り熊は販売商品。価格は1万円前後~。

「2013年頃、お客さんが柴崎重行さん作の木彫り熊を教えてくれたのがきっかけです」というオーナーの杉戸伸行さん。柴崎さんと作品交換をするなど親交のあった画家・登山家の坂本直行さんが作品集「木塊」に寄稿していたことから興味を深め、北海道の古道具店などから主に柴崎作品を買い集めていったといいます。

「去年くらいまでは店で販売もしていたんですが、今残っているのは手放したくないものばかりで、現在は柴崎さんの熊はすべて非売品です」と杉戸さん。しかし、八雲町の熊のモデルになったスイスの木彫り熊はいくつか販売も。海外で手に入れた主に昭和初期のもので、これはこれで非常に味わい深く、木彫り熊ファンならかなりグッと来るのではないでしょうか。

「COMPASS」はインポートの古着、ヴィンテージのアウトドア用品、インテリア、雑貨などを取り扱う。場所はJR・地下鉄鶴舞駅からすぐ
「COMPASS」はインポートの古着、ヴィンテージのアウトドア用品、インテリア、雑貨などを取り扱う。場所はJR・地下鉄鶴舞駅からすぐ

人気雑誌の特集で木彫り熊・熱がいよいよ本格化

一部でひそかに盛り上がっていた木彫り熊・熱。これを広く可視化したのはライフデザインマガジン『カーサブルータス』(マガジンハウス)でした。2022年1月号の巻頭特集として大々的に取り上げたのです。

「木彫り熊愛好会『東京903(くまさん)会』が中心になって東京で開催された展覧会を2019年、2021年に取材しました。そこで柴崎作品をはじめとする抽象熊の独特の魅力、そして人々の熱の高まりを実感したことが特集を企画した大きなきっかけです」と同誌編集部。発刊後は「愛読者からの反応がよかったのはもちろん、ふだん弊誌を手に取ってない方々からの熱い声がSNSを通して多く届きました。“鮭をくわえた黒々とした熊”のイメージが強かったからこそ、抽象熊と称される作品群の独特のたたずまいに、多くの読者が驚きと魅力を感じてくれたのが伝わってきます」といいます。

木彫り熊を大きくフィーチャーした『カーサブルータス』2022年1月号。抽象熊の巨匠4名の作品約70体を掲載し、これほどの点数を撮り下ろしたのは一般誌ではおそらく初めての試みだったという
木彫り熊を大きくフィーチャーした『カーサブルータス』2022年1月号。抽象熊の巨匠4名の作品約70体を掲載し、これほどの点数を撮り下ろしたのは一般誌ではおそらく初めての試みだったという

一部の愛好家にとどまらず、幅広い層へと人気が広まっている木彫り熊。ゆかりの地である名古屋でも、その魅力にふれられる場所や機会が今後いっそう増えていくかもしれません。

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

大竹敏之の最近の記事