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生活保護家庭の子どもの大学進学ダメ問題は解決に向かうのか 審議会の議論がダメなので整理します

大西連認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長
生活保護家庭の子どものなかで、制度上の制約により大学進学をあきらめる子は多い(写真:アフロ)

生活保護家庭の子どもの大学進学ダメ問題は解決に向かうのか 審議会の議論がダメなので整理します

今年の1月に、「2017年は生活保護家庭の子どもが大学進学できる社会にしよう!」という記事を書きました。

この記事では、

・生活保護世帯の子どもの大学進学が制度的に認められていないこと

・例外的な措置として「世帯分離」という方法をおこなうことにより大学進学を可能にしているが、この方法は子ども本人や生活保護世帯に負担がくるものであること

・実際に子どもが大学進学をすると子ども分の支給額が減額され(世帯によっては6万円以上減額されることも)、子どもは学費分を奨学金で全額まかない、アルバイトで自分の生活費を稼ぐ生活を強いられること

・これらの実態により、生活保護世帯の大学進学は19.2%であり一般世帯が53.9%であることからも大きな差が開いてしまっていること

を紹介しました。

また、記事のなかで、給付型奨学金の活用や学費の減免などの既存施策の拡大とともに、「世帯分離」という措置での大学進学ではなく、「世帯内就学」という形での事実上の生活保護世帯の子どもの大学進学を認めるような運用に変えるべきだと提案しました。

先日発表された厚労省の平成30年度概算要求に「生活保護世帯の子供の大学等への進学について」が盛り込まれる

先の国会でもこの「生活保護世帯の子どもの大学進学」については国会質問のなかで取り上げられたりと、少しずつ取り組みが拡大する機運が高まっているなか、先日発表された厚労省の平成30年度概算要求に、予算請求という形で盛り込まれたことが明らかになりました。

平成30年度厚労省概算請求主要事項

具体的には、

生活保護世帯の子供の大学等への進学の支援【新規】 「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」における議論等を踏まえ、生活保護世帯の子供の大学等への進学について、必要な財源を確保しつつ取り組む。

と書かれました。具体的な予算額については「必要な財源を確保しつつ取り組む」という何ともあやふやな書かれ方ではあるのですが、これ自体は歓迎するべきことでしょう。

ただ、具体的に生活保護家庭の子どもの大学進学については「世帯内就学」でおこなえるような運営に変えていくのか、それとも限られた財源のなかで、現状の「世帯分離」を維持したままその一部を緩和するような方法をとるのかなどが明確ではありません

ここで注目してもらいたいのは「「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」における議論等を踏まえ」というところです。

この厚労省の概算要求の文章を読むと、この「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」での議論がとても重要、というか、この生活保護家庭の子どもの大学進学という社会的課題をどう解決するかについて、大きな影響をもっていることがわかります。

生活困窮者自立支援及び生活保護部会

生活困窮者自立支援及び生活保護部会は、今年の5月に設置された厚労省の社会保障審議会です。

部会の位置づけはこちら

委員名簿はこちら。(どんな人が委員をやっているかがわかります。学者や自治体の首長、市町村の担当者、社会福祉協議会の担当者や社会福祉法人やNPOの理事長など)

現在、この審議会で来年の国会に改正等の案が提出される予定の生活保護制度や生活困窮者自立支援法についての議論をしているのですが、8月30日におこなわれた際の資料のなかで、これまでの議論の論点というペーパーが提出されています。

部会での委員が議論している論点がダメすぎる

上記部会での「生活保護世帯の子供の大学等への進学について」の論点として書かれているのは、以下の11の内容です。それぞれ、各委員からのコメントと思われるのですが、なんとも拙いと言うか、ちょっとあきれてしまいました

この部会自体、論点が多い部会なので(生活保護家庭の大学進学のみを話すのではなく制度全体の話をする部会なので)、この生活保護家庭の大学進学について専門性を持っていない委員も当然います。

とはいえ、厚労省の概算要求に「「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」における議論等を踏まえ、生活保護世帯の子供の大学等への進学について、必要な財源を確保しつつ取り組む。」と明記されている以上、この部会でのこれらの意見(議論)が大きな影響を与えるということ。

僕は委員ではないし有識者としても呼ばれていないのでこの議論に参加して意見を言えないのですが、ここで出ている論点について以下、コメントしたいと思います。

正直、こんな議論で「生活保護家庭の大学進学について」の是非、というか規模とかが決まってしまうのであれば本当に残念なので。

論点として出ているのはこの11の点です。

1.進学希望の子どもにとっては、親世帯の扶助費が減ることがブレーキ。 特に住宅扶助が減ることの負担が大きい。

2.我が国の18歳で一律に進学する仕組みが特異。働いた後で大学で学ぶなど、成人を対象にした高等教育が一般的になることが望ましく、個人の高等教育進学時の生活扶助は、保護の問題とは別の軸で検討する必要がある。

3.世帯内就学については生活保護を受けていない世帯との公平性が保たれないという観点はある。実例を集積するなどして他制度の活用も含めて多面的な検討が必要。

4.大学進学については、夜間部だけではなく昼間部も、世帯分離しない取扱いが考えられないか。

5.保護受給世帯以外にも、家計が厳しい中でアルバイトなどと両立しながら学生生活を営んでいる学生も少なくない。

6.3割程度の子供が進学していないことに鑑みて、最低生活保障との兼ね合いをどう整理するのか。授業料や生活費については、基本的には給付型奨学金の拡大や授業料の減免の拡大に向けた取組で考えることになるのではないか。

7.大学等の高等教育のコストは文部科学省の施策や他制度で賄う必要がある。

8.進学のための教育資金貸付が多額にのぼっており、将来返還可能なのか危惧しながら貸付をしている。

9.文部科学省の調べでも、経済的理由での中途退学者が2.3%、高知市では授業料の滞納があった者が、中途退学者全体の56.5%と過半 数を占めており、経済的な理由で授業料が払えない方が多い。

10.生活費本体というより住宅扶助など側面支援的なバックアップができないか。

11.当面は、住宅扶助の暫定的な維持や、アルバイト収入の収入認定除外について、授業料などにも拡大すること、生業扶助の就職支度金に準じた大学入学支度金のようなものがあってもいいのではないか。

最初から「世帯内就学は認められないという前提」で議論しているのではないかと思うような意見内容

まとめてコメントするとわかりにくいので、以下、一つ一つコメントします。

「⇒」以降が僕のコメントです。

1.進学希望の子どもにとっては、親世帯の扶助費が減ることがブレーキ。 特に住宅扶助が減ることの負担が大きい。

⇒親世帯の扶助費が減ることは大きなブレーキだ。とはいえこの「特に住宅扶助が減ることの負担が大きい」の意味が分からない。例えば、東京だと2人世帯から単身世帯に減ると住宅扶助の上限額は65000円から53700円に減額するため11300円のマイナスになる。しかし、そもそも生活扶助分が4万円以上マイナスになるわけで、こちらのほうがはるかにウエイトが大きい。

なので、「住宅扶助が減ることの負担が大きい」というのは正確ではなく「住宅扶助「も」減ることの負担が大きい」が正しいだろう。そして、ここで住宅扶助が出てきているのは10や11の論点と重なるが、「世帯内就学」は難しいが、住宅扶助分は何とか条件を緩和できないかという意図が明白ななかでの意見である。(生活扶助分を認めること、つまり「世帯内就学」は最初から難しいという考えが念頭にあると思われる)

2.我が国の18歳で一律に進学する仕組みが特異。働いた後で大学で学ぶなど、成人を対象にした高等教育が一般的になることが望ましく、個人の高等教育進学時の生活扶助は、保護の問題とは別の軸で検討する必要がある。

⇒これは一般的な論点としては僕も同意するものの、だから生活保護家庭の子どもの大学進学を認めない、という話とは違うと思う。もちろん、18歳で一律に進学する仕組みについては僕もいいとは思わないが、現状では就職や社会のなかでの一般的の認識としてそれが浸透しているわけだから。

3.世帯内就学については生活保護を受けていない世帯との公平性が保たれないという観点はある。実例を集積するなどして他制度の活用も含めて多面的な検討が必要。

⇒生活保護を利用していない世帯との公平性とは何であろうか。生活保護は生活保護基準以下の収入や資産の人が利用できる制度であり、生活保護を受けていない世帯のなかで生活保護基準を下回る状況なら当然生活保護を利用できる。

生活保護の家庭の子どもは学費等はすべて奨学金でまかなうわけで(学費等の給付はないわけで)、生活保護の手前の世帯との公平性の問題が生じる理由がない。

4.大学進学については、夜間部だけではなく昼間部も、世帯分離しない取扱いが考えられないか。

⇒これは賛同。11の意見のなかで唯一「世帯内就学」を認めるように指摘している意見

5.保護受給世帯以外にも、家計が厳しい中でアルバイトなどと両立しながら学生生活を営んでいる学生も少なくない。

⇒これはその通りだが、だからといって生活保護世帯の子どもの大学進学を認めない理由にはならないのではないか。みんな苦しいから、生活保護家庭の子どもは我慢しろ、という社会ではよくないだろう。

6.3割程度の子供が進学していないことに鑑みて、最低生活保障との兼ね合いをどう整理するのか。授業料や生活費については、基本的には給付型奨学金の拡大や授業料の減免の拡大に向けた取組で考えることになるのではないか。

⇒もちろん、給付型奨学金の拡大や授業料の減免の拡大も大事だ。これは生活保護家庭のみに関わらず低所得家庭の子どもすべてが恩恵をこうむることができる。なので、これを進めてもらいたいが、では、来年度からどうする、と言うときに、いま起きている差別的な運用である「生活保護家庭の子どもは大学進学はダメだ」というものを是正しなければ、こういった奨学金の拡充や授業料の減免の議論をして制度が定まるあいだにも、どんどんと生活保護世帯の子どもたちは高校を卒業していくわけで、議論が終わるまで差別的な運用だけど待っていてね、はおかしいだろう。

7.大学等の高等教育のコストは文部科学省の施策や他制度で賄う必要がある。

⇒これもその通りではあるが、であれば文科省での予算が通るまでは、生活保護家庭の子どもに対して大学進学はまだちょっと待っていてね、と言うのか、ということ。厚労省管轄の生活保護制度の運用のなかで「稼働能力の活用」で進学を認めていないわけで。

8.進学のための教育資金貸付が多額にのぼっており、将来返還可能なのか危惧しながら貸付をしている。

⇒これは生活保護家庭の子どもの大学進学に関係ないよね、てか何の意見だよ、と思いつつ。もちろん、貸与の奨学金のみであることの限界は大きいので、早く給付型奨学金を拡大しましょうよ、と。

9.文部科学省の調べでも、経済的理由での中途退学者が2.3%、高知市では授業料の滞納があった者が、中途退学者全体の56.5%と過半数を占めており、経済的な理由で授業料が払えない方が多い。

⇒この発言は内容的に高知市長の岡崎誠也委員の発言だと思いますが、これも同じく早く給付型作りましょうよ、という話と、世帯分離という形だと生活費分を本人がアルバイト等で稼がないといけないので、生活保護家庭だと余計に中退リスク上がりますよ、という話。意見というより自分の自治体の実態を話しているということか。

10.生活費本体というより住宅扶助など側面支援的なバックアップができないか。

⇒「生活費本体というより」という文言が入る理由がわからない。むしろ、なぜ住宅扶助のような側面的支援にこだわるのか。本丸である「世帯内就学」を認めるということ(生活費分も支給するということ)を避けるがために「住宅扶助」のような側面的支援でお茶を濁しているというようにも読める。

11.当面は、住宅扶助の暫定的な維持や、アルバイト収入の収入認定除外について、授業料などにも拡大すること、生業扶助の就職支度金に準じた大学入学支度金のようなものがあってもいいのではないか。

⇒正直、ここが厚労省がしたい案なのかなと思う委員の発言。

このように、この審議会での議論、発言の内容を見ていると、4の方以外に「世帯内就学」を主張していないことに驚きます。

大人の事情で語るのはやめよう

実際に支援の現場にいると、世帯分離で進学することの大変さというものを間近で感じます。ぜひ、世帯分離で大学に通う生活保護家庭の子どもの声を審議会で聞いてほしいなと思います。

現状で発生している「世帯分離」の問題点、生活保護世帯の子どもの大学進学率が一般世帯と比較して著しく低いこと、大阪の堺市の調査によれば、生活保護世帯から大学に進学した子どもの半数以上が大学在学中に経済的な事情で勉強をつづけることに困難を感じたり、一般世帯の大学生よりも多額の奨学金を借りざるを得ずにその返済に不安を感じたりなど、すでに大きな問題が起きています。

こういった子どもたちの現状によりそうことなく、大人の事情で制限のある制度をそのままにしてしまうのは無責任なことだとも思います。

11の意見を見るに、

11.当面は、住宅扶助の暫定的な維持や、アルバイト収入の収入認定除外について、授業料などにも拡大すること、生業扶助の就職支度金に準じた大学入学支度金のようなものがあってもいいのではないか。

が厚労省の本案に近いのではないかという勘繰りをしてしまいます。

しかし、一般世帯、一般低所得世帯とのバランスを考えるのであれば、ここで出てきている「大学入学支度金」などは、一般世帯(低所得世帯)にはないわけで、公平性の観点からも問題があるのではないかなと。

むしろ、真正面から「世帯内就学」に舵を切ったほうが、制度の運用もシンプルになるように思いますし、そういった主張が審議会のなかで出てこないことが不思議です。

厚労省の予算要求の額はまだ決まっていませんから、この部会の議論や多くの人の関心によって、現状の問題ある運用を撤廃して、「世帯内就学」に向かっていく余地は残されています

通知一本で変わる運用なのですから、なんとしてでも変えましょうよ、と言いたいです。

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。主著に『すぐそばにある貧困」』(2015年ポプラ社)。

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