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座右の銘はラテン語で「継続は力」 芸術愛すイタリア新星、引退覚悟から市場価値1000倍超に

中村大晃カルチョ・ライター
6月26日、EURO2020オーストリア戦で得点したペッシーナ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

人生は何があるか分からない。偶然に偶然が重なり、スポットライトを浴びることになったのかもしれない。ただ、堅実かつひたむきに努力したゆえの結果であることは確かだ。

EURO2020でイタリア代表のマッテオ・ペッシーナが称賛されている。グループステージ最終節ウェールズ戦、続く決勝トーナメント1回戦オーストリア戦で決勝点を挙げ、評価は右肩上がりだ。

デビューは2020年11月と、代表キャリアはまだ1年にも満たない。出場わずか8試合ながら、すでに4得点をマーク。終了間際に投入された3試合を除けば、45分以上プレーした5試合で4得点を挙げている。出場時間は合計346分、つまり87分ごとに1得点のペースだ。

◆運命の歯車

大会直前にステーファノ・センシが負傷しなければ、アッズーリ(イタリア代表)の一員になることがなかったペッシーナは、いわば「27人目の男」だ。そもそも、新型コロナウイルスの影響で招集可能人数が増えなければ、今ごろはバカンス中だっただろう。

所属クラブで指揮官と元主将がケンカ別れしたのも、ある意味で追い風となった。アタランタにとって衝撃的だったアレハンドロ・ゴメス退団がなければ、2020-21シーズン後半戦でペッシーナが活躍することはなかったかもしれない。

2017年のアンドレア・コンティ移籍に伴い、アタランタに移籍するまでは、ミランに2シーズン在籍して武者修行を積んだ。そのミラン入りの経緯も興味深い。ペッシーナは地元のクラブ、モンツァのユース出身だが、そのモンツァの破産でミランに移籍することになったのだ。

当時のミランCEOだったアドリアーノ・ガッリアーニは、やはりモンツァ出身でクラブトップも務めた人物。そんなつながりがなければ、ペッシーナの人生は変わっていたかもしれない。様々な運命の歯車のかみ合わせが、ペッシーナを今現在に導いたのである。

◆勉学重視、人間性に賛辞

もちろん、順風満帆な道のりだったわけではない。ミランからセリエCクラブにレンタルされていた2015-16シーズンは、ほとんど試合に出ることができず。ペッシーナは引退も考えたと認めている。

それでも屈しなかったのは、「サッカーが好きだから」(本人)だけではないだろう。『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によれば、ペッシーナが好きな言葉、つまりいわば座右の銘は、ラテン語で「雨垂れ石を穿つ(継続は力なり)」。ラテン語教師だった祖母の影響という。

祖母だけではなく、「サッカーより勉強優先」だった両親の教育も大きい。サッカーは「勉強後のごほうび」と感じていたというペッシーナは、プロになってからもローマの大学で経済学を勉強。遠征後にローマに寄り、試験を受けたこともあった。

『ガゼッタ・デッロ・スポルト』は「タトゥーを入れず、プレステもせず、SNSはサッカー関連のみで、的外れな発言はなく、ゴシップも聞かない」と、ペッシーナの人間性をたたえている。

◆最大の才能は「普通であること」

努力の甲斐あり、今の地位を手にしたペッシーナの市場価値は、大会前で2000万ユーロ(約26億3000万円/『Transfermarkt』より)。『スカイ・スポルト』は、現在では3000万ユーロ(約39億5000万円)を下らないと伝えている。

引退も考えた5年前は、2万ユーロ(約260万円)前後だった。この間に、ペッシーナの市場価値は1000倍超となったのだ。だが、「普通の青年であることが僕の最大の才能」と話すペッシーナだけに、天狗になる心配はないだろう。今、彼が見据えているのは、アッズーリの成功だけだ。

芸術を愛するペッシーナは、イタリアをゴッホの絵画「花咲くアーモンドの木の枝」にたとえた。数々の美しい花々が咲く一枚、自分を「27人目の男」ではなく「グループの一員」と話すペッシーナらしいチョイスだ。

イタリアは7月2日の準々決勝で優勝候補の一角ベルギーと対戦する。ペッシーナは、おそらくベンチスタートだろう。だが、いつでも貢献できるように準備を整えてくるはずだ。アッズーリの仲間たちと、もっと大きな花を咲かせるために――。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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