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外貨建ての資産に投資して為替ヘッジをするとして

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
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 外貨建て資産に投資したいが、外国為替には投資したくないときは、為替ヘッジを利用すればいいのですが、さて、為替ヘッジとは何か、そこには、どのような利点と問題点があるのか。 

外為法の改正

 「外国為替及び外国貿易管理法」(外為法)の第1条には、「この法律は、外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行うことにより、対外取引の正常な発展並びに我が国又は国際社会の平和及び安全の維持を期し、もつて国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともに我が国経済の健全な発展に寄与することを目的とする」とあります。

 この条文に明定されているように、法律の基本原則が対外取引自由になったのは、1980年の改正においてであって、1949年の法律制定時には、全く逆に、対外取引禁止が基本原則でした。しかし、この1980年改正でも、先物外国為替取引に関する実需原則は存続していて、それが撤廃されたのは、1984年のことなのです。

先物取引の実需原則

 外国為替取引には、直物と先物の二種類があります。直物は、取引が成立してから2営業日以内に、外国通貨と自国通貨との交換受渡しが実行されるもので、先物は、3営業日以降、当事者間で任意に約定された日に、受渡しが実行されるものです。なお、英語では、直物はスポット(spot)、先物はフォワード(forward)と呼ばれます。

 実需とは、貿易における売買代金の決済のように、具体的な経済取引に付随して為替取引の必要性が発生することであって、先物外国為替取引に関する実需原則とは、実需が存在しない限り、先物取引を行い得ないという原則です。 

実需原則撤廃が可能にした為替ヘッジと投機

 例えば、外貨建ての資産を売却する取引が既に成立していて、将来の受渡し日が決まっているときは、その日付において外貨を売却することは、実需に基づく先物取引となって、1984年以前にも可能だったのです。

 しかし、為替ヘッジは、外国通貨建ての資産の継続保有を前提にしたうえで、為替変動の影響を抑制するために、当該通貨への投資額の一部もしくは全部について、先物取引を用いて、先日付で売却しておくことですから、実需に基づかない取引となり、1984年以前には不可能だったわけです。

 外国通貨建ての資産への投資において、先物取引における実需原則の撤廃によって、為替ヘッジが可能になったことは、非常に大きな意味をもったわけですが、同時に、外貨建て資産の取引に不可分に付属していた為替取引が独立し、為替自体が投資、あるいは投機の対象となった点も重要なのです。なぜなら、実需原則の目的は、投機資金の流入を封じることだったと考えられるからです。

投機の効用

 通貨の安定について、旧外為法は為替取引の制限によって実現していたのに対し、1980年の改正外為法は、全く逆の発想のもとで、即ち、市場原理のもとで、多種多様な取引主体による自由な取引によって、実現しようとしているわけです。市場原理とは、片や、様々に異なる事情のもとでの実需があり、もう片や、様々に異なる思惑のもとでの投機があるがために、売買交錯して、為替は一方に偏ることなく安定するという理屈なのです。

 実際、現在では、FX取引などを通じて、巨額な投機資金が為替市場に流入していると考えられますが、こうした巨額な投機資金の存在によって、貿易や資本取引に伴って発生する為替取引が円滑に執行されている面は否定され得ないのです。

為替ヘッジのヘッジコスト

 簡単な例として、1月後の日付でドルをヘッジ目的で売却する先物取引において、スポットの為替レートは1ドル130円、期間1月に対応する金利は、円が3.6%、ドルが7.2%だとします。1月後の将来価値について、現時点での100ドルは100.6ドル、現時点での13000円は13039円となりますから、1月物のフォワードの為替レートは、13039を100.6で除した値である129.61円になり、130円との差損である0.39円がヘッジコスト(hedge cost)、即ち、ヘッジの費用となります。

 このヘッジコスト0.39円は、別様に表現すれば、1月間に対応するドルと円の金利差である0.3%を130円にかけた値と同じであって、要は、ヘッジコストとは、金利差のことなのです。なお、金利差が損失になるのは、外貨の金利が円の金利よりも高いときで、逆に、円の金利のほうが高いときは、ヘッジコストの金利差は利益になります。

 つまり、外貨の金利が円の金利よりも高いときは、フォワードの為替レートはディスカウント(discount)になる、即ち、スポットの為替レートよりも安くなるので、為替差損が発生し、逆に、外貨の金利が円の金利よりも低いときは、フォワードの為替レートはプレミアム(premium)になる、即ち、スポットの為替レートよりも高くなるので、為替差益が発生するということです。

外貨調達と外貨運用

 外貨をスポットで調達し、一定期間の外貨預金を行い、同時に、満期時の元利金をフォワードで売却しておくと、同一期間に対応する円と外貨の預金の金利差は、スポットとフォワードの為替レートの差による損益によって相殺されますから、円で預金したのと同じ経済効果になります。

 つまり、スポットで外貨預金し、同時に満期時の元利金をフォワードで売却することは無意味なのですが、このことを別様に表現すれば、ある期間について、その期間に対応する金利で資金を調達し、その資金を同じ金利で運用すれば、運用利益と調達費用が相殺されて、無意味になるのと同じことです。

 要は、馬鹿げているほどに当然至極のことですが、為替ヘッジは、外貨調達に必要な金利費用よりも、外貨による投資収益が大きいことを前提にしているのです。

外貨金利の上昇による影響

 外貨の金利上昇によって、並行的に、円の金利が上昇するとは限らず、外貨の投資収益が増加するわけでもありませんから、一般的にいって、外貨の金利上昇は、為替ヘッジを困難なものにします。特に、投資対象が債券の場合、金利上昇によって、債券価格が下落し、投資損失が発生しているときに、ヘッジコストが上昇するという深刻な問題を生じます。

 他方で、円と外貨の金利差の拡大は、円安・外貨高への期待を生みますから、為替ヘッジをしないで、為替差益を得ようとすることにも合理性が生じます。そこで、投資の技法として、ヘッジ率、即ち、投資外貨額に対する為替ヘッジ額の比率の調整が重要な課題になりますが、外貨金利上昇に際しては、程度の差こそあれ、ヘッジ率引き下げが検討されるわけです。

為替ヘッジのロールオーバー

 為替ヘッジは、実需のないフォワード取引ですから、受渡日には、スポット、もしくはフォワードの反対取引によって、相殺されるほかありません。つまり、売却されている外貨を円で買い戻すわけです。

 ここで、実務上の大きな問題は、円安、逆にいえば外貨高が進んだときには、安く売った外貨を高く買い戻すことになって、為替差損が実現するために、それに充当するための現金を留保しておく必要があることです。為替ヘッジを行うときの投資の技法として、この現金管理は意外と重要な意味をもちます。

 為替ヘッジは、継続的になされるのが原則ですから、受渡日が到来する毎に清算され、改めて新規に実行し直されます。このことはロールオーバー(rollover)と呼ばれます。

 頻繁にロールオーバーを繰り返すことは煩雑なので、できるだけ長期間のフォワード取引でヘッジできればいいのですが、取引の相手方である銀行にとってみれば、フォワード取引は、一種の与信行為であるために、長期の取り組みは難しく、通常は、短期取引のロールオーバーの連続になります。もちろん、理論的には、長期のフォワード取引も可能ですが、フォワードの為替レートが不利なものとなって、経済的に成立しないと考えられるのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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