金融界では、あちらこちらで利益相反の可能性が指摘されていますが、その一つとして利益相反であると認定されたことはありません。しかし、本当に利益相反の事実がないのなら、なぜ利益相反の可能性を問題にするのか。

利益相反ではないことの意味

 「刑事訴訟法」第三百三十六条は、「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」としていて、これが法律用語としての無罪の定義です。

 「被告事件が罪とならないとき」とは、起訴状に記載された事実だけでは犯罪構成要件を充足しないとき、正当防衛などの違法性阻却事由の存在が証明されたとき、責任能力がないなどの責任阻却事由の存在が証明されたときであり、「被告事件について犯罪の証明がないとき」とは、証拠によって合理的な疑いをいれる余地がない程度にまで犯罪の証明ができないときです。

 つまり、無罪とは、平たくいえば、仮に罪に問われ得る行為をなしたときでも、特別な理由により罪を犯したことにならないこと、もしくは、罪を犯したことの証明がなされ得ないことであって、罪を犯していないことではなく、ましてや罪を犯していないことが積極的に証明されることでもないのです。

 これと同じ論理に従えば、金融界において、利益相反のないことは、仮に利益相反に該当する事実があったとしても、利益相反ではないとされているか、もしくは、利益相反であることが証明されていないというだけのことで、利益相反のないことは証明されていないのです。むしろ、常に利益相反の可能性が問題にされるのは、立証されていないだけで、利益相反の事実はあると推測されているからです。

「利益相反の適切な管理」

 金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」では、「利益相反の適切な管理」と題され第三原則に、「金融事業者は、取引における顧客との利益相反の可能性について正確に把握し、利益相反の可能性がある場合には、当該利益相反を適切に管理すべきである。金融事業者は、そのための具体的な対応方針をあらかじめ策定すべきである」と書かれています。

 そして、そこには注が付されていて、「金融事業者は、利益相反の可能性を判断するに当たって、例えば、以下の事情が取引又は業務に及ぼす影響についても考慮すべきである」として、「販売会社が、金融商品の顧客への販売・推奨等に伴って、当該商品の提供会社から、委託手数料等の支払を受ける場合」、「販売会社が、同一グループに属する別の会社から提供を受けた商品を販売・推奨等する場合」、「同一主体又はグループ内に法人営業部門と運用部門を有しており、当該運用部門が、資産の運用先に法人営業部門が取引関係等を有する企業を選ぶ場合」があげられています。

金融機関自身による利益相反の定義

 「顧客本位の業務運営に関する原則」は、いわゆるソフトローと呼ばれるもので、金融機関が自己を律する規範として、自らの判断において採択するものです。ただし、一定の履行強制力を確保するために、採択しないときは、その理由を説明しなければならず、更に履行強制力を強化するために、策定された原則を公表し、その取組状況も定期的に開示することが求められています。

 つまり、各金融機関は、何が利益相反であるかについて、金融庁が例示として掲げているもののほか、利益相反の可能性のある全ての事態を把握し、それが実際に利益相反に該当するかどうか、具体的な基準を定め、客観的な手続きのもとで、自主的に判定するのです。

 こうして、金融機関は、自身で定めた明確な利益相反の定義のもとで、利益相反を回避しなければならない、あるいは、より現実的には、利益相反に該当しないように、必要な対策を講じなければならない、これが金融庁のいう「利益相反の適切な管理」の意味です。

顧客の利益を損なうこと

 基本的な前提として、利益相反は顧客の利益を損なうものです。そうでなければ、金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」で言及されるはずはありません。なぜなら、この原則は、金融機関が専らに顧客の利益のために働くことを定めるものだからです。故に、利益相反の定義とは、顧客の利益に反する事態を特定することです。

 例えば、投資信託事業において、運用を行う投資運用業者と販売会社とが同一の金融グループに属することは、利益相反の可能性の代表事例とされてきましたが、こうした事態については、同一グループに属するという理由で販売される投資信託が選定されている、即ち、顧客の利益よりも自グループの利益を優先させていると推定できるにしても、それだけでは直ちに顧客の利益を損なうとはいえません。

 なぜなら、販売会社が中立的かつ厳正な手続きにより最善の投資信託を選定したところ、偶然にも自社グループ内の運用会社のものになったときや、敢えて意図的に自社グループ内のものを選定したとしても、それが運用能力の差がつかないインデクス型のもので、かつ信託報酬が業界最低水準であるときは、利益相反であるとはいい難いのです。これらは、いわば違法性阻却事由による無罪です。

利益相反の構成要件の違いによる無罪

 顧客の利益を損なうことの定義は、金融庁が法令等により客観的に規定したものではなく、金融機関が経営判断によって自主自律的に定めるものですから、それに応じて、利益相反の可能性がある同一の事態について、利益相反に該当するとして排除されるか、単なる可能性として許容されるか、判定は異なることになります。

 例えば、販売会社として、同一グループの運用会社の投資信託を積極的に採用する前提で、それらが排除されにくいように、厳格さを欠いた選定基準と手続きを定めている場合、販売されている投資信託が著しく同一グループのものに傾斜していて、極めて強く利益相反が推定されるにしても、一応は自社の規定に従っている限りは、利益相反になりません。

 それに対して、企業系列を一切斟酌せず、顧客の利益のみを考えて最善のものを選択するとし、そのための履行規定を定めて、厳格に実践している販売会社においては、同一グループ内の運用会社のものが選定されたときは、先ほどの違法性阻却事由による無罪に該当しない限り、利益相反になります。

証明できないことによる無罪

 問題は、顧客は金融機関の内部手続きの適正性を評価できない以上、利益相反かどうかを知り得ないことです。利益相反により顧客の利益が損なわれているとしても、損害賠償の訴訟を起こすためには、顧客は、利益相反の事実を立証し、損害額の合理的な推計を行わなければなりませんが、それが限りなく不可能に近いことは明瞭です。

 つまり、利益相反という容疑は、証拠によって合理的な疑いをいれる余地がない程度にまで証明できないために、ほぼ確実に無罪となるのです。故に、利益相反の可能性が蔓延しているにもかかわらず、それを根絶することはできないわけです。そこで、金融行政として、利益相反の事実や損害額について、法令等により推定規定を設けることで、訴訟を起こしやすくすることが考えられます。

 例えば、投資信託において、販売会社と運用会社が同一の金融グループに属しているという事実から、利益相反が推定され、金融グループとして、証拠によって合理的な疑いをいれる余地がない程度にまで反対証明ができないときは、利益相反の事実が認定されるという制度を導入すれば、利益相反は根絶されます。

 なぜなら、そもそも、こうした推定規定のもとでは、販売会社として、投資信託の選定手続きにおいて、最初からグループ内の運用会社を排除するはずで、利益相反は、その可能性の段階において、根絶されるからです。

金融庁のやり方

 しかし、金融庁は、別の道を選び、金融機関に対し、「利益相反の適切な管理」の具体的な内容を開示させることで、顧客の選択行動に影響を与えようとしています。

 例えば、ある販売会社は、グループ内の運用会社を選定過程から完全に排除し、別の販売会社は、系列関係を一切斟酌しない厳格な選定手続きを導入し、その履行状況まで開示し、また別の販売会社では、厳格さを欠く選定手続きしか開示できておらず、事実として多くの投資信託がグループ内の運用会社のものであるとしたら、顧客は、どう考えて、どう行動するでしょうか。

 もしも、金融庁が想定するように、より厳格な選定手続きをもつ販売会社のほうへ顧客が移動していくなら、そこに金融機関間の切磋琢磨が生じて、業界全体の利益相反管理の厳格化が生じるでしょう。こうして、規制の強制によらずに、顧客の選択行動と金融機関間の競争によって、利益相反の可能性を根絶していく、それが金融庁のやり方です。