被用者は定年によって仕事を失うので、老後生活保障として厚生年金の適用があり、自営業者には定年がないので、厚生年金の適用がないわけですが、自営業者にも引退の花道があり、働かない豊かな老後があるべきではないのか。

被用者と自営業者の働き方の違い

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 自営業者は、老後も働き続けて収入を確保できるので、厚生年金を必要としないともいえますが、逆に、厚生年金がないからこそ、働き続けなければならないとも考えられ、被用者は定年によって収入を失うので、老後生活のための厚生年金を必要とするわけですが、定年が延長され、廃止もされようというなかでも、逆に、厚生年金があるからこそ、働くことをやめてしまう人もいると予想されます。

 見方を変えると、自営業者については、職業選択として自分の好きな事業を営んでいる以上、働くことが自己実現であり、喜びであり、生きがいであり、故に、生涯にわたって働き続けることも苦痛ではないはずなので、厚生年金が不要とされ、被用者については、使用者の都合で働かされていることは苦痛でないまでも決して喜びではなく、故に、自己実現のために、厚生年金によって働かない老後生活が提供されているとも考えられます。

 実際、休日や休暇についても、自営業者にとっては、まさに休業であり、休息なのでしょうが、被用者にとっては、本来の自己実現のための時間としての意味合いが強く、定年後の働かない老後生活とは、むしろ、終わりのない長期休暇なのだと思われます。

働き方改革の意義

 働き方改革は、雇う側の立場にたった雇い方の改革ではなくて、働く人の立場にたった働き方の改革なのですから、働く人の自主自立を促す傾向を帯びるのは当然で、その究極の形態は、使用者に雇われる関係を廃して、使用者から業務委託契約を受ける自営業者、いわゆるフリーランスへの転換になるわけです。

 さて、被用者とフリ-ランスという両極を比較するとき、厚生年金の適用の有無だけでなく、様々な面で差のあることは明らかで、同一職務に対しては同一の処遇が与えられるべきだとすれば、それらの差の全てについて、自由な働き方を選択したことの対価として正当化できるかどうかは、十分に検討されなくてはなりません。

 つまり、老後生活保障をはじめ、様々な面において、被用者は使用者の責任のもとで厚く保護されているのに対して、自営業者については、全てが自己責任に委ねられているのですが、自己責任こそ自営業の本質であるにしても、その責任を適切に果たせるような環境の整備は必要であって、事実として、例えば、個人型確定拠出年金、いわゆるiDeCo(イデコ)においては、自営業者の拠出限度が被用者よりも高く設定されているわけです。

自営業者の引退の花道

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 本来は、被用者の定年は、使用者が決めたもので被用者の自由にならないからこそ、定年なのであり、それを前提にして厚生年金の支給開始年齢も決められていたわけですが、働き方改革によって、定年が延長になり、更には廃止の方向にすらあって、年金支給開始年齢も選択によって繰り下げられるようになるなかでは、働くことをやめる時期は、被用者の決定に委ねられつつあります。

 つまり、働くことをやめる時期の決定については、自営業者にしても、被用者にしても、自己決定になるわけですが、被用者の場合には、老後生活保障の厚生年金があり、年金支給開始年齢を選択する機会によって、働くことをやめる方向に誘因があるのに対して、自営業者の場合には、そうした保障も機会もないため、むしろ働き続ける方向に誘因があると予想されます。そこで、自営業者にも、定年というよりは、引退の花道があってしかるべきだと思われるのです。

意志あれば道あり

 菅総理大臣は、国の基本は自助・共助・公助といっていますが、国民の豊かな老後生活のための原資形成についても、自助・共助・公助の適切な組み合わせがあり、被用者については、公助が充実しているのに対して、自営業者の場合は、自助、即ち自己責任の比率が高くならざるを得ないとしても、共助・公助にあたるものとして、国民年金基金、イデコなどの公的制度があり、相互扶助組織による私的年金などがあるわけです。

 むしろ、自営業者の場合、被用者と比較したときの最大の問題点は、働くことをやめる方向への誘因が欠けていることです。菅総理大臣は、意志あれば道あり、という言葉が好きだそうですが、自営業者に働くことをやめる意志があれば、自己責任のもとで、その財源の確保に道筋をつけるはずですし、そもそも、自己責任とは、意志を前提にしてのみ問い得るものです。

金融機関の使命

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 そこで、意志の形成を刺激するものが必要になるのですが、まさに、それが金融機関の使命なのです。金融庁は、最重点施策として、国民の安定的な資産形成を掲げているわけですが、その主たる目的は豊かな老後生活のための原資形成にあるのですから、金融機関には、自営業者に対して、老後生活資金形成を動機づけ、支援すべき使命があるのです。

 しかし、金融排除、即ち、金融機能を必要とするものに対して、その提供がなされない事態があるとしたら、自営業者こそ、その対象になりやすいのです。例えば、住宅ローンの申し込みについて、大企業の勤務者には簡単でも、自営業者には少なからざる困難が生じます。いうまでもなく、自営業者は所得が不安定だとされ、与信リスクを高く評価されてしまうからです。

 資産形成にはローンのような信用リスクがないのですから、金融機関として、自営業者を排除する理由は全くないのですが、現実には、ローンの取引がなければ資産形成の取引もないという実態があると考えられ、そこに隠された大きな市場があるのです。

引退は廃業であり、承継である

 なぜ自営業者の引退の花道が重要なのかといえば、それは、自営業者にこそ生き方の多様性があってしかるべきだからであり、また、生産性の向上のためには、長く働き続けることよりも、期限を定めて、即ち引退という目標を定めて、引退までに老後生活のための資産形成を完了させるように、集中力をもって働くことが肝要だからです。

 実のところ、引退とは廃業の別名ですが、廃業があれば、起業もあるわけで、社会全体としては、活発な新陳代謝のなかで生産性が高まれば、それでいいわけです。更には、自営業者の健全なる野心としては、自営業を廃業して法人化し、事業を成長させる努力もなされるべきで、そのような努力が社会全体の生産性を高めるのです。

 そして、法人化された事業は、属人的な個人事業を脱して、社会的存在になるのですから、他者によって承継可能なものとなり、引退とは事業承継の別名になるのですが、経営者は、事業価値を高くするほど、より豊かな引退後の生活を手に入れることができるわけです。この場合、引退後とは、必ずしも老後とは限らないでしょう。

事業承継の問題

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 現在、中小零細企業の事業承継が極めて深刻な問題となっていますが、事業に社会的価値があれば必ず承継可能なのですから、承継が困難になるのは事業に社会的な価値がないからです。当然のこととして、社会的な価値はなくとも、経営者および同族の家業、即ち自営業の延長としての価値はあるからこそ、事業として成立してはいるのです。故に、事業承継の問題は、経営者および同族の家業からの引退に帰着します。

 そして、現在、事業承継が深刻な問題になっているのは、経営者および同族の高齢化による強制的な引退が大量に生じるなかで、家業ならではの複雑怪奇な事情を内在させている事案の整理に要する時間も、人材も、経験値も不足しているからです。

ここにも金融機関の使命あり

 悔やまれることは、早期に経営者および同族を引退させ、家業を真の企業に脱皮させることができなかったことで、できていれば、日本の経済にとって、好影響が大きかったと思われますが、まだ遅きに失するわけではなく、ここでも金融は重要な役割を演じることができ、また演じるべきなのです。

 つまり、金融の着目点として、経営者および同族の家業に融資することから、その個人資産の管理に重点を移し、家業から引退する花道を用意すべきなのです。この転換を可能にするためには、税制改正等の政策も必要ですが、金融機関として、個人資産管理を委任されるほどの高度な信認を得ることが必須であり、そのためには、融資における経営者個人保証の完全廃止など、抜本的な経営改革の断行が必要なのです。