Yahoo!ニュース

自分のために働くと顧客本位になる

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 人は自分のために働きます。つまり、人は自分に固有の価値の実現のために働くのです。そして、価値は社会的価値として実現されてこそ真の価値なのですから、真に自分のために働くことは、顧客との共通価値の創造として、必ず顧客本位になるのです。

働く人と雇う側の関係

画像

 人は自分のために働き、同時に、人を雇う側も自分のために雇うわけですが、そこに矛盾対立があってはならないのです。しかし、雇う側に優越的地位があるのは当然で、過去においては、雇う側が著しく有利になる不公平で不公正な関係が存在しました。故に、この力の支配を脱却して、理性の支配のもとで公正公平な関係を実現し、社会的矛盾を解消していく方向へと政治の長い努力がなされてきたわけです。

 つまり、社会の進化とは、働く人と雇う側の利益が一致する方向に、双方の社会的関係が変化することなのであって、現在では、その進化の結果として、働く人と雇う側との間の関係は公正公平度の高いものになってきているのです。

 しかも、効率性の観点からは、働く人と雇う側の間に公正公平性が実現していく過程では、働く人の所得の増大によって経済厚生は拡大していきます。それが福祉国家型の成長戦略です。日本の高度経済成長は、まさに、そのようにして実現したのです。

 しかし、この政策も、公正公平性が実現していくにつれて、いずれは均衡化による効力の減退が生じます。それに加えて、日本では、人口が漸次減少していく超成熟経済のもとで、著しく低い成長率が定着してしまったわけですから、事態は極めて深刻なのであって、故に、構造的に全く新しい成長戦略が必要とされるに至ったのです。それが働き方改革です。

生産性改革としての働き方改革

 働く人と雇う側との間で双方の利益が一致しないのは、雇う側が有利になる場合だけではなく、逆に、働く側が有利になる場合、即ち生産性が非効率に低くなっている場合もあり得ます。故に、雇う側の不当な有利さの是正、即ち雇い方改革が過去の歴史ならば、将来への展望は、働く人の生産性の低さの是正として、働き方改革でなければならないのです。

 生産性改革が働き方改革でなければならないのは、それが雇い方改革であれば、報酬の引下げ等の雇用条件の悪化につながりやすく、経済政策としては逆効果になるからであって、働き方改革は、働く人の意識や行動様式に何らかの刺激を与えることで、何らかの変化を生起させて、生産性の向上を促すものでなければならないのです。そして、それは、要は、人は自分のために働くという原点への回帰なのです。

 人を強制によって働かせても、仕事の質的改善は期待できず、生産性は低下に向かいます。生産性の向上は働く人の自主自律的な創意工夫からしか生じず、創意工夫の成果が自分に帰属するからこそ、創意工夫が促されるわけですから、働き方改革は、人は自分のために働くのであって、雇う側の他人のために働くのではないという原点への回帰にならざるを得ないのです。

 そして、自分のために働くことの意味は、人によって極めて多様であり得るにしても、それは自分に固有の価値の追求になるのですから、その価値の実現が社会的価値の創造になれば、必ずや何らかの経路を通じて経済成長に貢献するはずだということです。

時間から成果へ

画像

 生産性が低くなる原因の一つは、実現された成果と関係なく、時間を基準にして報酬が決められる働き方にあります。それに対して、成果が基準とされ、同一の成果に対して同一報酬が得られる原則のもとでなら、働く人は、より短い時間で成果を達成できるように、同じ時間ならば、より多くの成果を創造できるように動機づけられることになり、そこに創意工夫が生じます。これが働き方改革の基本的な仕組みです。

 もちろん、全ての仕事について明確な基準をもって成果を定義できるわけではありませんが、逆に、成果の定義が可能なものについては、働き方改革の徹底がなされていくでしょうし、そうでない仕事についても、成果の定義が可能になるように、雇う側において様々な工夫がなされていくはずです。なぜなら、生産性の向上は、雇う側の利益でもあるからであり、働く人と雇う側の共通利益があるからこそ、働き方改革が促されるからです。

報酬よりも自分の時間

 豊かさのなかで消費の飽和が生じている現状において、より大きな消費のために、より大きな報酬を得ようとするよりも、より短い時間で成果を達成し、同一報酬のもとで、自分自身の時間を作ろうとすることは、これからの普通の生き方になっていくのでしょう。

 その結果、金銭の消費が伸びなくなっても、金銭では買えない価値の追求がなされるのならば、それが趣味の領域であれ、社会貢献活動であれ、文化的な、あるいは社会的な価値の創造につながる限り、必ずや何らかの経済への寄与を生むはずで、これこそ新しい成長戦略のあり方です。

 そもそも、金銭で買えない価値の追求にこそ人生の本質があるのであって、その人生を経済的に支えるために働くにすぎないと考えるほうが素直です。働くことと人生における価値の追求が一致する、そのような幸福な事態は稀であるにもかかわらず、貧しき時代の経済成長神話のもとでは、それが一般的な生き方であるとする通念が強要されていただけなのです。

副業という時間の使い方

画像

 経済政策的には、より多くの成果を同じ時間で実現しようとする働き方のほうが望ましいのです。より大きな夢の実現のために、より大きな経済的所得を求める、そのような働き方を望む人について、雇う側として、自分の事情で仕事の量を増やせないときには、副業を認めることで、その人材を確保するほうが合理的なのであって、ここにも働く人と雇う側の共通利益があるわけです。

 もちろん、副業においては、本業と全く異なる仕事を創業することも可能で、人生の目的としての副業を創業するために、生活のための本業がある、これもまた、これからの新しい生き方です。こうした創業のあり方は、時間と精神の余裕のもとで、成功確率を高めるかもしれず、成功して副業が本業となれば、働くことと人生における価値追求の一致という幸福を実現できるのです。

働き方改革による組織変革

 経済全体の成長戦略としては、どのように創業がなされようが、とにかく創業の成功確率が高くなればいいわけですが、雇う側の成長戦略からいえば、働く人の創造的活動は、外部での副業による創業としてよりも、内部での創業としてなされるほうがいいはずです。内部での創業とは、具体的には、働く人の自由と自律に基づく職務選択であり、業務委託を含めた弾力的な勤務形態です。実際、こうでもしなければ、雇う側の変革など起きはしないでしょう。

 雇う側は組織ですが、組織は個人で構成されていて、組織が変わるとすれば、個人が変わるからです。働き方改革の重要な側面は、働く人の働き方、即ち働く動機と目的が変われば、働く人の組織も変わるということですから、組織変革の方法論でもあります。人が組織のために働く限り、組織変革は起き得ず、組織変革が起き得るためには、少なくとも、第一段階として、人は自分のために働かなくてはならないのです。

顧客本位な働き方改革

画像

 第二段階は、いうまでもなく、それが顧客本位です。なぜなら、雇う側が人を雇うのは組織的に事業活動を行うためで、事業は顧客に価値を提供することで対価としての利益を得ること、即ち顧客との共通価値の創造なのですから、本質的に顧客本位なのであって、雇う側の組織変革が必要になるときは、必ず顧客本位の徹底がなされなくなったときだからです。

 趣味であれ、社会貢献であれ、創業であれ、専門的技能の高度化であれ、どのような形態で自分に固有の価値の追求がなされようとも、価値は必ず社会的価値として、社会との共通価値として実現されるのですから、自分のために働くことは必ず社会のために働くことになります。故に、事業における顧客との共通価値の創造においても、自分のために働くことと顧客のために働くこととの一致は、理想ではなく現実なのです。

 要は、働き方改革とは、人は勤め先の組織という社会、そのような閉じた社会、狭く偏った社会のなかで働いているのではなく、広く開かれた社会のなかで働いていることの再発見なのであって、それによって広い社会のなかにある顧客も再発見されるということです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

森本紀行の最近の記事