企業年金が企業価値を高めるわけ

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 企業年金は、各企業の自由な判断で実施されているものですから、当然のこととして、経営上の必要性に裏付けされていて、企業価値を高めることに貢献していなければならず、故に、「コーポレートガバナンス・コード」でも言及されているのです。では、企業年金は、なぜ必要であり、どのようにして企業価値を高めているのか、それを明らかにしている企業はあるのか。

「コーポレートガバナンス・コード」第2章 

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 「コーポレートガバナンス・コード」は、第2章の基本原則において、「上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである」とし、2018年の改定に際し、そこに次の原則を追加しています。

 「上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである。」

 なお、ここでいう企業年金は、「自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ」とあること、およびアセットオーナーとしての役割が期待されていることから、確定給付企業年金を意味していると思われますが、だからといって確定拠出企業年金を排除するものでもなく、広義の企業年金ととらえておくべきでしょう。

どのステークホルダーとの協働なのか

 では、この原則は、どのステークホルダーとの適切な協働に関係しているのでしょうか。

 従業員が重要なステークホルダーであることに間違いはなく、この原則でも、「従業員の安定的な資産形成に加えて」との言及があります。また、「企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである」との箇所にある受益者は、現役の従業員のほかに元従業員である年金受給者を含むものですが、元従業員は、本来はステークホルダーではなく、企業年金が存在することにより年金受給者としての地位において、ステークホルダーになるのです。

 つまり、この原則は、企業年金の存在を先に前提し、それを媒介として、その受益者、即ち従業員と年金受給者である元従業員をステークホルダーとして位置付けたものなのですが、適切な協働として課題にあげたものは、企業年金の資産運用の高度化であって、資産運用が重要なのは、その成果が企業年金の「財政状態にも影響を与え」、実効的な維持費用を左右して、株主の利益に直接的に関係するからなのです。

資産運用の成果は株主の利益

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 確定給付企業年金の場合、給付額は資産運用の成果と関係なく決まっていますから、予定した運用成果よりも実際の運用成果が高ければ、その分、企業が負担する将来の掛金が少なくなる、つまり企業の実質的な利益になるようにできています。

 いうまでもなく、企業年金資産そのものは受益者に帰属するわけですが、そのことが意味をもつのは、企業の破綻等の事情により、企業年金を清算するときだけです。つまり、企業年金資産は清算時点における受益者の権利を補償できるように維持されていなければならないのですが、その最低限の責務が果たされている限り、資産運用の成果は企業に帰属するということです。

 そこで、この原則は、第2章に置かれるべきではなく、その本来の主旨は、確定給付企業年金をもつ企業においては、その資産運用を高度化させ、企業年金の維持費用を削減させて、実質的な利益を生む努力をすべきであり、そのためには人材等の経営資源の適切な配置を行うべきであるということですから、株主の利益に直接に関係する原則として、当然に第1章に置かれるべきなのです。

スチュワードシップ活動

 実は、不純な動機から第2章に置かれているのだと思われます。つまり、「コーポレートガバナンス・コード」の策定者としては、「企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう」にすることが目的であって、なかでも「スチュワードシップ活動を含む」とする注意書きに主眼があるのです。

 「コーポレートガバナンス・コード」は企業行動を律するものですが、それと並んで両輪をなすものとして、アセットオーナー、即ち企業年金のような責任ある投資家の行動を律する「スチュワードシップ・コード」があるわけです。そこでは、投資先の企業について、「企業価値の向上や持続的成長を促すこと」を通じて、「中長期的な投資リターンの拡大を図る責任」があるとされています。

 しかし、スチュワードシップ活動は、運用成果との間に明確な関係があるとは証明されておらず、直接的に株主の利益に結びつく保証がありません。故に、第2章に原則が置かれたわけですが、どのステークホルダーとの協働になるのかは不明であって、敢えていえば、産業界一般、国民一般というほかありません。

 要は、この原則は、「コーポレートガバナンス・コード」の補完として企業年金のスチュワードシップ活動を位置づけるために、強引に策定されたものなのであって、本来の企業年金の機能とも、特定の企業の利益やガバナンスとも関係がないのです。

改定の必要性

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 これでは企業に見向きもされません。実際、策定から2年近くたって、どの企業からも、まともな反応はないようですから、この原則は、役立っていないものとして、早急に改訂されなくてはならないのです。その際、先述のように、企業年金の資産運用の成果が株主の利益に直結していることを明らかにした原則を第1章に置き、第2章には、従業員という重要なステークホルダーとの協働の場として、企業年金の機能を明確にする原則を置くべきです。

 企業年金に限らず、法律上の義務としてではなく、企業が独自の経営判断で任意に行う福利厚生制度については、明らかに直接的には従業員の利益のためになされるものでありながら、結果的には企業価値の向上につながり、間接的には株主の利益になると期待されている、それが従業員という重要なステークホルダーとの協働の意味であって、第2章に置かれるべき原則は、その協働の意味を具体的に明らかにするものでなければならないのです。

企業年金の意義

 企業年金のもつ人事処遇戦略上の機能、より具体的には、同じ報酬額を支払うのに、等価交換の経済取引として、年金の現在価値相当分で月例給与を増額できるのに、敢えて年金化する意味が問題にされなくてはなりません。つまり、給与と年金の経済価値が等価でも、敢えて年金化することで、そこに非経済的な付加価値、即ち企業と従業員の双方の利益が発生していなければならないのです。

 企業の利益は、「従業員の安定的な資産形成」を支援することにより、従業員を大切にする思いを表明し、その対価として従業員から勤勉や精励を得ることであり、従業員の利益は、豊かな老後生活のための資産形成を企業が支援してくれることで、面倒な自助努力の必要性が小さくなることです。こうして、企業年金は、従業員の利益であると同時に株主の利益ともなり、従業員という重要なステークホルダーとの適切な協働になるわけです。

資産としての人材

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 別の表現をすれば、従業員を資産として扱うことは企業の利益です。人的資源は、資産ではなく単年度の費用として使い切られるとき、企業年金は不要であり、長期的に価値を創造する資産として、時間の経過とともに熟練によって資産価値が増すものとして扱われるとき、企業年金は必須のものになるということです。

 産業構造によって人の熟練のもつ意味は大きく異なるわけですから、企業経営にとっての企業年金の意義も様々ですが、普遍的にいえることとして、経営者は、人間の価値創造の能力こそ産業の基盤であり、その能力の開発に企業の競争力の本質があることを認識しなければならず、その認識を明らかにすることが原則の意義なのです。

 「上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである」という個所については、多言を要しないことです。企業年金に企業の品位品格が現れるわけであって、人間を単なる費用としか考えない企業、企業年金資産を債権者である銀行や大株主である生命保険会社との関係維持のために利用する企業に、誰が勤めたいと思うでしょうか。

 人材市場で競争力を失ったとき、企業は競争力そのものを失うのです。