金融庁と日本郵便・かんぽ生命との対話はこうなる

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 日本郵便によるかんぽ生命の保険の不適切販売は極めて重大な事案ですから、金融庁としても、厳正な態度で臨むほかないわけですが、不正の疑いのある事案を徹底調査して行政処分したところで、問題解決にはなりませんから、検査的行為は日本郵政が設置した特別調査委員会に任せて、営業現場の暴走を招いた根本原因について深度のある対話を行うべきです。では、対話で何が議論されるべきか。

根本原因への遡及

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 かんぽ生命の保険の不適切な販売について、日本郵便の営業の現場で何が起きていたのかは、日本郵政が設置した特別調査委員会の報告で明らかにされるのでしょうが、既に知られている範囲からして、問題の核心は、日本郵便が過重な販売目標を職員に課したために、それを強引に達成しようとした職員の不正を誘発したことであるのに間違いありません。

 故に、金融庁としては、不正を細かく検証しても意味のあることではなく、根本原因に遡って、なぜ過重な販売目標が課されたのかを問題にしなければなりません。そして、更には、どのような生命保険事業に関する現状認識のもとで販売目標が定められていたのか、はたして目標達成を可能にする商品戦略や営業戦略の差別化があったのかが問題にされなければならないでしょう。なぜなら、かんぽ生命の経営者として、既に高度に成熟した市場において、単純な量的拡大は不可能であることを知らないはずはないからです。

手数料稼ぎか

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 そもそも、本件において、過重な販売目標の設定を主導したのは、かんぽ生命なのか、それとも日本郵便なのか、それに応じて、金融庁の対話の主たる相手も変わることになりますから、まずは、この点が明らかにされなければなりませんが、もしも日本郵便が主導していたのならば、極めて深刻な問題となる可能性があります。日本郵便による手数料稼ぎの可能性です。

 金融庁は、かねてより、銀行による投資信託や生命保険の販売について、その目的が顧客に対する総合的な金融サービスの提供にあるというよりも、本業の利鞘収入の減少を補うための販売手数料稼ぎに堕しているのではないかとの疑念を表明してきています。

 これは疑念というよりも、概ね実態をついたものだと考えられていますが、その是正が金融庁の重要な施策に掲げられてきた経緯もあって、さすがに、現状、多少は改まりつつあるのでしょうし、少なくとも、銀行経営者として、この問題を意識していない人はいないはずです。

 日本郵便の場合、かんぽ生命が兄弟会社にあたるという特殊性はありますが、生命保険の販売会社としての地位は銀行と全く同じですから、銀行と全く同じ動機のもとで販売を行っていたとしても不思議ではなく、むしろ、そう考えるほうが素直でしょう。まさに、この点こそ、金融庁によって明らかにされなければならないことです。

顧客の不利益は誰の利益か

 顧客に対する提案において、既契約の解約推奨と、それに連続した新契約の推奨との間に合理性があったのか、それが決定的な論点です。顧客の真の利益になるように、保障内容を顧客の状況の変化に合わせて変更する、もしくは同様の保障内容に対して、より有利な条件を提供するためならば、まさに顧客本位の業務運営となるでしょうが、そうでないのならば、日本郵便による手数料稼ぎ、もしくは、かんぽ生命による別の不当な利益の獲得が目的であるとみなせます。

 いずれにしても、本件においては、明らかに顧客に不利益があったわけですから、その不利益は、どのような形態で、誰の利益になったのか、その経路が科学的に明らかにされなくてはなりません。そして、いうまでもなく、最大の論点は、経営者の積極的な関与のもとで、意図的に不適切な行為がなされていたのかということです。ここも金融庁が解明するはずです。

現場の暴走ではあり得ない

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 ところで、日本郵便の経営者は、記者会見で、過重な販売目標が不正を誘発したとして、経営者が承知しないところで、職員が自分の目標を無理に達成するために不正を犯したものとの認識を示していますが、そのようなことがあり得るでしょうか。

 銀行の投資信託等の販売について、銀行が行員に正面から手数料稼ぎを命じるはずもありません。しかし、行員の業績評価を通じて結果的に手数料稼ぎが行われることになるとしても、その業績評価の仕組みと基礎となる販売目標は銀行が定めたものであって、銀行は、行員を手数料稼ぎの方向に動機づけるように、意図的に諸制度を運営しているのですから、銀行主導の手数料稼ぎであることは自明です。

 これは金融庁も十分に承知していることで、行員の業績評価における誘因設計は監督の重要な論点になっていて、今では、顧客本位の業務運営に行員を動機づけることが強く求められているのです。

 従って、記者会見において、経営者が過重な販売目標を課したことにより意図せざる不正を誘発したかのように説明したことは、無知、無責任、欺瞞のいずれか、あるいは、その全てであって、経営者としての資質の欠落を露呈するものです。販売目標の設定と職員の業績評価の仕組みは経営者の責任で決められているのですから、そこにおける経営者の意思と意図が明らかにされなくてはならないのです。

不可解な販売目標の設定

 販売目標の設定を主導していたのが日本郵便なのか、かんぽ生命なのかは、これから解明されることで現時点では不明ですが、注目すべきは、2018年5月15日に公表された日本郵政の中期経営計画のなかでは、かんぽ生命について、積極的な業容の拡大が見込まれていることです。つまり、これまで緩やかに事業縮小してきた傾向を反転させて、成長を目指すとしているのです。

 記者会見では、日本郵便の経営者は、販売目標の設定について、これまで右肩上がりで伸びてきたので、そのままいけると思ったという主旨の発言をしていますが、日本郵政の中期経営計画の記述とは矛盾していないでしょうか。実際には、右肩下がっていたものを右肩上がりに転じさせるために、販売目標を強引に設定していたのではないでしょうか。

日本郵便の営業力頼り

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 さて、気合と根性で販売するという乱暴な計画でないとしたら、販売目標を達成するために、どのような戦略が立てられているのでしょうか。

 国内の生命保険事業は高度に成熟しており、限られた分野にしか成長の余地は残されていません。故に、事実として、かんぽ生命の事業は緩やかに縮小してきたのです。

 その現実に反して、敢えて積極的な拡大計画を立てるのならば、成長分野を特定した独自の商品戦略、固有の既存顧客基盤の特性分析に基づいて策定された潜在需要の深耕についての戦略、顧客本位で独自性のある生活設計コンサルティング力の強化、新規顧客開発における他社との差別優位の確立など、高度な工夫が必要です。しかし、そのような具体的で実効性のある施策について、日本郵政の中期経営計画のなかに記述はありません。

 実は、そもそも、新商品の認可等については、日本郵政が保有するかんぽ生命の株式の売却が進まない限り、制限があるのです。純民間会社になって経営の完全な自由を得たとき、かんぽ生命がどのような戦略のもとで成長するのかは不明ですが、間接的に政府によって所有されている間は、かんぽ生命固有の差別優位を形成することは、客観的にみて極めて困難だろうと思われます。

 故に、かんぽ生命が他の生命保険会社と違う点として強調できることは、唯一、日本郵便の営業力しかなく、そこに今回の事案の伏線があったのだと思われます。

郵政民営化の矛盾

 では、日本郵便の営業力に固有の差別優位はあるのでしょうか。顧客本位の業務運営の視点において、日本郵便の営業力に真の差別優位があるのならば、今回の事案は起きなかったと思われますから、少なくとも現状では、そのようなものはないのです。しかし、理論的には、日本郵便には、他の金融機関にはない巨大な郵便局ネットワークを活かした差別化された営業戦略の構築はあり得て、そこでは、かんぽ生命の保険を優先的に扱う必要など全くなかったのです。

 そこで、敢えて日本郵便のために述べれば、今回の事案の背景に郵政民営化の矛盾があることは間違いないのです。つまり、法律によって課されたユニバーサルサービスの責務によって、日本郵便は、いずれはかんぽ生命との資本関係がなくなる予定であるにもかかわらず、かんぽ生命との一体性を維持しなければならない事情にあるということです。

 金融庁の立場から、郵政民営化の問題に論究することとこはあり得ませんが、今回の問題の根本原因が深いところにあるのは間違いないでしょう。おそらくは、そうした背景もあって、日本郵便は、経営の積極的関与を否定し、あくまでも問題を営業現場の暴走に矮小化しようと努めているのだと思われます。

 しかし、既に述べたように、どう考えても、経営の積極的関与を否定することはできません。仮に百歩を譲って、今回の事案が経営者の知らないところで起きた現場の暴走だと認定されても、経営者は、会社の経営実態について全くの無知だったことになり、故に、経営の能力を完全に欠落させていたことになって、別の責任を免れません。もっとも、そのほうが保身のためには安全という判断なら、あまりにも次元が低すぎて、もはや論じるに値しないでしょう。

量的拡大が不可能ななかで

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 金融庁は、かねてより、生命保険に限らず国内金融の全般について、量的拡大が限界に達していることを指摘し、金融機関に対しては、持続可能性のある事業構造への転換を求めてきていますが、その答えの一つが質的な差別優位であり、顧客本位の業務運営の徹底であったのです。この点、かんぽ生命の計画は、根本的に金融行政の方向性に反しています。

 もっとも、生命保険業界全体として、金融庁にとっての優等生にはほど遠く、生命保険とは名ばかりで、顧客の利益に必ずしもならないような金融商品の開発販売に奔走しているなかで、かんぽ生命の場合、幸か不幸か、経営の制約があって、そうした方向への展開ができないために、日本郵便による気合と根性の販売に依存しただけのことで、特に劣等生というわけでもないのです。

 金融庁として、今回の事案は、かんぽ生命固有の問題というよりも、生命保険業界全体の問題の特殊例と考えるべきで、そもそも、国民全体の合理的な付保額として現在の付保総額は妥当なのかという根本の論点の検証から始めて、生命保険業界の抜本的な改革につなげるべきです。