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高齢者に対する正しい資産管理営業

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

金融庁は、国民の安定的な資産形成を重点施策に掲げて、資産運用関連事業の急速かつ大胆な改革を強力に推進しています。資産形成の名のもとに主として想定されているのは、勤労層の老後生活資金の形成ですから、既に老後生活に入っている高齢者については、形成済みの資産を管理運用するものとして、異なる視点のもとで検討されなくてはならないはずです。さて、金融機関の対応は、どうあるべきか。

まともな投信1%

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金融庁の森信親長官は、4月7日の今となっては有名になった講演で、「日本で売られている公募株式投信は5406本ありますが、そのうちインデックス型株式投信は381本です。これから、複利の利益が得られない毎月分配型の投信、レバレッジのかかった投信、信託期間が短く長期投資を前提としていない投信を除き、ノーロードで信託報酬が一定率以下のものに限ると、積立NISAの対象として残ったものは50本弱でした」と述べました。

こうして、まともな投資信託が全体の1%にも満たない惨憺たる現実を指摘したのに続けて、森長官は、投資信託の運用と販売における不適切な実態を指摘し、極めて厳しい調子で徹底的な批判を加えることで、業界を震撼させたわけです。

投資信託の貧しい現状

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もっとも、積立NISAの対象として相応しいものが全体の1%未満だとしても、投資信託は積立NISAのためだけにあるわけではなく、そこからは、投資信託全体の質の悪さは導けないとも思えます。しかし、森長官は、全てを理解したうえで、国民の安定的な資産形成という施策遂行の全体計画のなかで、その重要な要素である積立NISAを舞台に投資信託改革の必要性を明らかにし、その改革の主旨を、投資信託全体へ、資産運用と管理の全体へ、更には個人金融サービス全体へと論理展開しているのだと思われます。

実際、森長官は、「この基準を満たさなくても実績の良い投信が存在することを否定するわけではありません」と述べていて、それでも、同一基準をアメリカの投資信託に当て嵌めると、事情が全く異なり、はるかに多くのものが基準を超える事実を紹介したうえで、対象を積立NISAに限定したとしても、日本の投資信託には改善の余地が大きいといっているのです。

ならば、積立NISA以外の領域について、仮に「実績の良い投信が存在する」にしても、その比率が極めて低いと推定することには十分な根拠のあることであって、投資信託全体について、品質面で大きな問題を抱えていることは否定できないのです。

「顧客本位の業務運営に関する原則」

金融庁は「顧客本位の業務運営に関する原則」を公表していますが、その前提として金融庁の重点施策である国民の安定的な資産形成があり、その施策の一環として積立NISAの導入があり、積立NISAに適した投資信託を調べたところ全体の1%未満しかなかったという結果があり、その事実を踏まえて森長官の講演があったのです。

ですから、理屈上、この原則は、国民の安定的な資産形成に資するように資産運用関連事業の改革を促すものだと考えていいのです。そもそも、この原則はソフトローなのであって、受け入れて自己を律する規範とすることは各金融機関の自治に委ねられていることですから、狭く限定的な適用を志向することも自由でしょう。

しかしながら、そのような対応をとる金融機関は、顧客の信頼を得られるものでしょうか。顧客本位という言葉は、字義通りに捉えられるべきもので、専らに顧客の利益のために働くことの結果としてしか金融機関の利益はないことを意味しているのですから、その裏に金融機関を律する普遍的な理念の存すべきことが予定されているのではないでしょうか。

経営の質の「見える化」

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森長官は、同じ講演で、「顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが有効に働くような環境を作っていくことが、我々の責務」と述べていますが、この市場原理による自動浄化作用が働く前提として、金融機関の実態を「見える化」することが森長官の行政手法なのです。実際、原則への対応いかんにより、口先だけの顧客本位であるかどうか、顧客の前に明瞭に「見える化」するに違いないのです。

顧客本位の徹底は、経営者が先頭に立って改革を推進し、内部規則等の次元ではなくて、組織の風土、文化、価値観等の次元において、所属員の自然な行動と思考の様式として定着しない限り、実現し得ないものです。ならば、それを特定範囲に限定して適用しようとすることは、極めて明瞭に「口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関」の体質を露呈することではないでしょうか。

高齢者の問題

故に、原則は、もっと幅広い領域で適用されるべきなのです。そこで大きな問題となるのは、資産形成ではなくて、既に形成されてある高齢者の資産についての対応です。

いうまでもなく、資産形成の真の政策課題は、高齢化社会のもと、財政的に公的保障の相対的縮小が避けられないなかで、それを補完するための自助努力を促すことにあるのですから、積立NISAがそうであるように、勤労層、特に若い世代の老後へ向けた長期投資の促進普及が重要なのです。故に、金融機関にとっては、資産形成は未来へ向かっての大きな成長分野なのですから、顧客本位にも前向きに対応できるし、また対応すべきなのです。

ところが、現在の状況は全く異なっていて、金融機関にとっては、既に老後生活に入っている高齢者の形成済みの預金等の資産のほうがはるかに大きく重要なのです。この高齢者の資産は、形成済みである点で、勤労層の長期形成過程にある資産とは、根本的に性格が異なりますから、顧客本位の理念は同じでも、実務の対応は違わなくてはならないのです。

毎月分配の可否

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実は、森長官が批判した投資信託の属性は、むしろ、高齢者には相応しいともいえるのです。

資金使途が遠い先にある長期積立投資においては、積立期間中の現金配当は必要ではないので、配当原資を内部留保して再投資に回すほうが顧客の利益になるでしょう。森長官が指摘している複利効果とは、この再投資が累積的な投資成果を生むことです。故に、長官は毎月分配型を否定したのですし、同様の視点で信託期間の短いものも否定したのです。

しかし、高齢者の資産は、長期積立の正反対で、中短期取崩しですから、毎月分配型も信託期間の短いものも適合するといえます。特に、毎月分配型の主な使われ方は公的年金の補完であるとされていますから、国策に適合しているとすらいえるかもしれません。

つまり、現状、極めて表層的には、顧客の需要に基づいて商品設計されているのです。森長官は販売会社の視点で売りやすい投資信託が作られていることを批判していますけれども、売りやすいということは需要の存在を前提にしていることであって、その限りでは、間違ったことがなされているとまではいえません。

例をあげて説明しましょう。顧客が年金の受取額に加えて毎月5万円の上乗せを得ようとするとき、手元に1000万円の預金があるとしたときは、年率6%の収益が期待できる毎月分配型の投資信託に振替えれば、毎月5万円の配当金を得て、しかも元本は万が一のために保存できることになります。このような顧客の目論見を実現する投資信託を作って売ることは、必ずしも直ちに批判されるべきことではありません。

幻想を売る商売

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しかし、これは、顧客が自然に抱いた目論見ではなくて、非現実的な期待を与えることで金融機関が創作した巧みな営業話法、ほぼ詭弁といっていいようなものなのです。

6%の期待収益率は非現実的であり、幻想です。現実にあるものは、年率6%の分配を可能にする表面金利の高さです。いうまでもなく、表面金利の高さは期待収益の高さを意味しません。単なる表面金利の高さを追求すれば、高金利通貨や信用格付けの低い社債等への傾斜を強め、元本の毀損を招く可能性を高めます。元本を減らしつつ毎月分配を行うのは実質的に元本から配当することであって、それを収益分配の名のもとに行うことは顧客を騙すようなものです。

こうして、毎月分配は、顧客の関心を毎月の現金に惹きつけることで、背後の大きな投資リスクを隠蔽し、顧客を誤認させるわけですが、より大きな、また深刻な問題として、高額な販売手数料や信託報酬の存在をも隠蔽してしまうことがあげられます。要は、表層的に顧客の需要に応えることは、顧客本位に著しく反する場合があるのです。

逆にいえば、顧客本位を貫徹することは表層的な顧客の需要に反する場合もあるということです。少し前の金融庁の表現を使えば、「顧客の真のニーズ」は必ずしも「顧客のニーズ」ではないのです。あるいは、別のいい方をすれば、表層的な顧客満足は本質的な顧客本位とは異なるのです。

高齢者向けの高度なサービス

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では、高齢者に対する顧客本位な投資信託の販売とは、どのようなものか。実は、そのような問いのたて方に、誤りがあるのです。そもそも、なぜ高齢者に投資信託を販売しなければならないのでしょうか、なぜ預金のままではいけないのでしょうか、預金と投資信託以外に選択肢はないのでしょうか。その理由が金融機関の自己都合な営業政策、もっと露骨にいえば手数料稼ぎ等にすぎないのなら、そのこと自体が根源的に顧客本位に反しているのです。

ここに、金融庁の原則を狭く限定的に理解してはならない理由が明らかとなります。高齢者の適切な資産管理提案は、投資信託の販売の問題ではなく、資産運用の問題ですらないのです。顧客本位の経営原則は、預金、投資信託、ローン、保険等の全ての領域について、顧客の利益の視点で、顧客の生活にそった最適な提案がなされることを目的としなければなりません。

更には、生前贈与、住宅なども視野に入れる必要があります。

生前贈与を視野に入れるためには、顧客概念の拡張が必要です。顧客との関係性が世代を超えて継承されていってこそ、金融機関は真の顧客基盤をもつといえるのです。こうした強い基盤を作るためには、信頼関係は、より高度な信認関係、即ちフィデューシャリー関係に高められなくてはならない、それが顧客本位の片仮名表現であるフィデューシャリー・デューティーの求める課題なのです。

相続税対策は確かに重要です。しかし、このように顧客基盤を考えたとき、その答えとして単に生命保険を販売するだけのことで、真の顧客本位に基づく提案だといえるのでしょうか。それは、多くの場合、顧客本位に反した手数料稼ぎにすぎないのではないでしょうか。

高齢者の住宅問題は、実は、重要な政策課題です。借上げによっても、リバースモーゲージによっても、年金を補完する定期収入を作れます。このほうが毎月分配型の投資信託よりも顧客本位に適う場合も少なくないはずです。

淘汰されないために

高齢者に対する投資信託や生命保険の販売のあり方の是正、それは確かに必要なことです。しかし、そのような狭い視点でしか思考できない金融機関は、おそらくは、森長官がいうように、淘汰されてしまうのではないでしょうか。高齢者と、その家族の真の利益の視点で適切なサービス体系を組み立てること、そのことが自然な行動として実現できるような経営風土を確立すること、それが「顧客本位の業務運営に関する原則」の求めているものなのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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