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企業年金と母体企業の不適切な関係

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

企業年金は、従業員の退職一時金の支払いや退職後の年金給付を行うための財源を確保する仕組みです。退職一時金や退職後年金は、現役時代の勤労に対する対価として、法律的に、給与の後払いとしての性格を認定されたものですから、その受益者の権利の裏付けとなる資産は、企業経営の支配の及ばないところで、科学的に推計された給付原資相当額を維持しつつ、適切に管理運用されなくてはいけません。さて、その実態はどうか。

「確定給付企業年金法」

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退職時、もしくは退職後に、企業は、任意な裁量によって、功労金等を支給することもできます。その場合の功労金等の性格は、現役時代の雇用契約に基づく対価の支払いではありません。

それに対して、従業員処遇制度として規定等によって定められた退職一時金、および退職一時金相当額を原資として年金化したものは、雇用契約に基づく対価の支払いを後払いにしたものとみなされ、故に、法律上の保護を受けます。

保護を受けるとはいっても、企業が破綻してしまえば、単に優先的な労働債権となるだけのことで、原資がなければ、満額の給付を確保することはできません。ならば、原資を事前に積立てておいて、その積立資産を、企業破綻等から、隔離しておけばいいわけです。

こうして、特定資産に特別な法律上の保護を与えるためには、特別法によって、資産を入れておく特別な器を用意する必要があります。その目的で制定されているのが「確定給付企業年金法」であり、企業年金とは、この法律によって設定された資産管理の制度なのです。

企業年金の母体企業からの独立

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制度の目的は、その主旨に鑑みたとき、企業破綻等の状況において、企業年金資産が、母体となっている企業自身および企業の債権者等の権利から、完全に遮断されていて、専らに受益者の利益のために、即ち、現役の従業員および退職者で年金給付を受けている人の利益のためだけに、処分されることを確実ならしめることです。

そのためには、第一に、企業年金資産として留保されている金額が、必要な給付を履行するに足るものとして、科学的に推計された金額、即ち、年金債務額を、常時、上回っていることが必要です。つまり、年金資産額の年金債務額に対する比率を積立水準というのですが、この積立水準が、理想的には常時、100%を超えていることが必要なのです。

故に、法律は、積立水準の維持について高度な規制を導入していて、一定の定められた水準を下回った場合には、母体企業に対して、是正措置、具体的には、制度への資金の追加拠出を求めているのです。

第二には、いうまでもなく、年金資産の運用管理が、専らに、受益者、即ち、現に給付を受けている年金受給者および将来の受給者となる現役の従業員のために、なされることであり、当然に、法律は、この点についても、忠実義務の導入などの規制をしているわけです。

忠実義務の規定

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「確定給付企業年金法」は、次のように規定しています。

まず、第六十九条第一項において、「事業主は、法令、法令に基づいてする厚生労働大臣の処分及び規約を遵守し、加入者等のため忠実にその業務を遂行しなければならない」としています。

また、同条第二項においては、第一号の行為として、「自己又は加入者等以外の第三者の利益を図る目的をもって、資産管理運用契約を締結すること」、および第二号の行為として、「積立金の運用に関し特定の方法を指図することその他積立金の管理及び運用の適正を害するものとして厚生労働省令で定める行為」をあげて、両方を禁じています。なお、「厚生労働省令で定める行為」というのは、「特別な利益の提供を受けて契約を締結すること」です。

この第六十九条は、いわゆる規約型の企業年金に関するものです。規約型というのは、企業年金資産を企業自身の資産から分離独立させただけのもので、企業年金の運営のための独立法人を設立するものではありません。故に、資産管理者は、企業自身となるのです。

それに対して、基金型という企業年金があります。これは、「確定給付企業年金法」の第九条に、「基金は、法人とする」とあるように、企業年金基金という独立した法人の形態をとったものです。

基金には、経営機関として、理事が置かれていて、法律の第七十条は、基金の理事について、第六十九条と同様なことを規定しています。ただし、第六十九条における事業主と加入者等(制度に加入している従業員とすでに退職している年金受給者)との関係は、第七十条では、基金の理事と基金との関係に置き換えられています。

逸脱行為の禁止

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法律は、当然かもしれませんが、主に、着服や流用などの逸脱行為等を想定しているようです。また、企業年金資産の運用は、事業主や基金自身によってなされるのではなくて、投資運用業者等の運用受託機関に委託される関係上、それらの委託先との契約の締結について、自己または第三者の利益を図る目的が混入する可能性、具体的には金銭や過剰接待等の授受等をも、想定しているのです。

しかし、忠実義務の本質は、専らに受益者の利益のために行動しなければならないという、ただそれだけの単純な行為準則もしくは規範に帰着するのであって、逸脱行為の禁止などは、この規範から簡単に導かれる自明極まりないものであって、些末なことです。

大切なことは、行為規範の現実的な適用において、忠実義務違反とされる具体的な行為類型が確定されていくことです。

母体企業の利益を図る目的

法律の主旨からいえば、自己または第三者の利益を図る目的というときに、その自己または第三者に母体企業が該当する場合が問題になるはずです。

法律に即していえば、規約型の企業年金では、第六十九条にいう「自己」に母体企業が該当する場合、基金型の企業年金では、第七十条にいう「第三者」に母体企業が該当する場合、この二つが、非常に重要なわけです。

実は、法律は、この先に、何らの具体的な規定を置いていません。故に、企業年金の資産運用において、自己または第三者の利益を図ってはならないという行為規範を、母体企業との関係に当て嵌めて、自己または第三者に母体企業が該当してしまう具体的事例を確定させる必要があるのです。

金融庁の考え方

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ところで、企業年金の資産運用も、金融の分野ですから、金融庁の基本方針を類推適用できます。金融庁の用語でいえば、忠実義務はフィデューシャリー・デューティー、行為規範はプリンシプル、逸脱行為の禁止等の行為規制はルールです。そして、金融庁の基本方針は、ルールからプリンシプルへ、ということです。

ルールからプリンシプルへ、というのは、いわば、書かれた法から生ける法へ、ということです。これは、プリンシプルという法の理念のもとになされる具体的行為から、金融取引の現場において、類型としてのルールを抽出していくという法創造の過程を重視したもので、日々変化していく現実に対して適切に対応しようとするだけではなく、常に最善が目指されること、金融庁の用語でいえば、ベスト・プラクティスへの志向性をも意図したものなのです。

これに対して、逸脱行為の禁止規定などというものは、これも、金融庁の用語でいえば、ミニマム・スタンダード、それも、ミニマム中のミニマムなスタンダードにすぎないのです。

厚生労働省の「ガイドライン」

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では、企業年金の資産運用において、母体企業との関係について、具体的なベスト・プラクティスを考えるとしたら、どうなるか。

最初に、監督官庁である厚生労働省の姿勢を確認しておきましょう。それには、まず、「確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて」という2002年3月29日付の厚生労働省年金局長通知を参照しなくてはなりません。

この「ガイドライン」の性格は、企業年金が運用受託機関を通じて資産運用を行う現場において、企業年金と運用受託機関との関係を律するものとして、「現行法における「善管注意義務」や「忠実義務」の概念」を、「具体的な行動指針として記述した」ものです。

「ガイドライン」の内容としては、圧倒的に、善管注意義務に関連した資産運用の技術的なものが多くなっていますが、そのなかで、母体企業との関連において、「忠実義務違反のおそれがある行為」として、次の例があげられています。

「事業主又は基金型事業主と運用受託機関(運用受託機関と緊密な資本又は人的関係のある会社を含む。)との間に緊密な資本関係、取引関係又は人的関係がある場合において、事業主自らが当該運用受託機関との間で資産管理運用契約を締結すること、又は基金型事業主が基金をして当該運用受託機関との間で基金資産運用契約を締結させること。」

ここで、基金型事業主といっているのは、基金型の企業年金における母体企業のことです。従って、この記述は、規約型であろうが基金型であろうが、母体企業と親密な関係にある金融機関等が運用受託機関となる場合には、「忠実義務違反のおそれ」を生じるといっているのです。

また、基金型の場合、基金の理事の責任ついて、「ガイドライン」は、次のように、述べています。

「理事は、管理運用業務の執行に当たっては、もっぱら加入者等の利益を考慮すべきであり、基金型事業主の利益に配慮することが加入者等の利益を犠牲にするような場合には、基金に対する忠実義務に違反することについて、基金型事業主の理解が得られるよう努めなければならない。」

蔓延している「忠実義務違反のおそれ」

残念ながら、「おそれ」といい、「努めなければならない」といい、「ガイドライン」には、実効性がありません。実際、日本の現実では、企業年金の運用受託機関として、母体企業と密接な関係にあるものが選ばれていることは、珍しくないというよりも、普通にみられることなのです。

母体企業と密接な関係にあるものというのは、具体的には、大株主の生命保険会社、その系列の投資運用業者、大株主の銀行の系列の投資運用業者、借入先の銀行の系列の投資運用業者、借入先の信託銀行、幹事証券の系列の投資運用業者など、要は、緊密な取引関係にある金融機関と、その系列の投資運用業者のことです。

こうして、「忠実義務違反のおそれ」は至るところに蔓延していていますが、「忠実義務違反のおそれ」が事実としての忠実義務違反になるためには、運用機関の選択に際して、母体企業の親密先だという理由以外に合理的な理由がない、不当に運用機関に有利な契約になっているなどの事実の実証が必要です。このことは、「ガイドライン」にも触れられています。

しかし、現実には、忠実義務違反の事実は実証されていません。それは、事実の実証が、不可能といっていいほどに、困難だからです。そもそも、重大な事故や訴訟が起きない限り、論点は浮上しない、訴訟を起こすためには、客観的に見積もれる損害が発生していなければならないが、運用機関の選択の不適切を理由に、逸失利益の推定を行うことなど、不可能に近い、そして、何よりも、訴訟を起こす人を想定し得ない、要は、そういうことです。

厚生労働省の怠慢

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金融庁が、2014年の「金融モニタリング基本方針」で、「資産運用の高度化」を重点施策に掲げて、フィデューシャリー・デューティーを前面に出してくるなかで、厚生労働省の「ガイドライン」が2002年の段階にとどまっているのは、安倍政権の政策連携を無視した行政の怠慢といわざるを得ません。

「忠実義務違反のおそれ」を放置することは、結果的に、潜在的な忠実義務違反の事実を許容するのと同じことです。この事態の改善のためには、「忠実義務違反のおそれ」と認定される事象から、直ちに忠実義務違反の事実を推認できる推定規定を導入し、当事者において、反対の事実を挙証できない限り、忠実義務違反の事実が認定されるなどの措置が必要です。

実際、英米法におけるフィデューシャリー・デューティーは、原理的に、そうした構造になっていて、故に、法律の履行強制力が強く働いているのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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