拙速に進む種苗法改正 広がる農家と市民の不安

(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナ禍が再び世界で広がる中で、今国会で改正が目指される種苗法改正に対して農家や市民社会で不安が広がっている。

 種苗法は、品種育成の振興と種苗流通の適正化により農業の発展を目指す法律である。種苗法が成立した1978年には、農家の自家増殖の慣行に配慮し、対象品目は、栄養繁殖の植物であるキク等の花卉類とバラ等の鑑賞樹に限られていた(大川 2018、2020)。しかし近年、農水省が定める「自家増殖禁止の品目」は、2016年の82種から2019年には387種まで急拡大し、さらに登録品種が全くない野菜(ニンジン・ホウレンソウ)や果樹も対象に含まれるようになった改正案では、日本の優良品種海外流出防止のため、作物の品種登録の際に栽培地域や国の指定が可能となり指定外への持ち出しは、育成者権の侵害となり、刑事罰や高額の損害賠償の請求が可能になった。さらに登録品種の自家増殖が育成権者の許諾を必要とする許諾制となり、農民の自家増殖が著しく制限される方向性が出された(現代農業2018)。

 種苗法改正における問題は、登録品種の種苗の「知的財産権」が強化される一方で、農民の「自家増殖の権利」が制限される点にある。「自家増殖」とは農業者が収穫物の一部を次期作付け用に種苗として使用する、いわゆる「自家採種」のことを指す。

 国会の議論やメディアの報道では、改正案の内容を巡り議論が紛糾している様子がみてとれる。主要な論点は、種苗の登録品種の自家増殖(採種)への許諾制導入による農家の負担増の有無と海外流出防止の実効性だ。

 中でも国会審議では、農家が種苗の利用にあたり種苗を開発した育成権者に許諾料を支払うという許諾制について議論が噴出した。野党議員や参考人からは、許諾制導入による農家の負担増への強い懸念が示された。対して農水省は、公的機関が開発した品種は普及を目的としており、高額の許諾料を徴収しないと答弁。他にも許諾料の相場がわからないという指摘もあり、品目ごとの許諾料の試算も示した。しかしこの試算はあくまで現時点のものであり、改正案にも許諾料の規定がなく今後の見通しや農家の負担の有無については不透明なのが現状だ。

 また議論紛糾の背景には、農水省が示した登録品種の統計の不確かさもあった。同省は、登録品種の割合が米で17%、野菜で9%と少なく改正案による農業生産や食料供給への影響は軽微であると主張してきた(※1)。しかし改正案審議の主要舞台となった衆議院・農林水産委員会に参考人として立った印鑰智哉(本連載で寄稿)は、対象となる稲の登録品種について道府県が使用する産地品種銘柄では「半分以上」との結果を示し、同省の説明との乖離を指摘した(※2)。さらに印鑰氏は、農水省が登録品種の自家増殖を規制するのが世界基準と説明するが、欧米では主要穀物や小規模農家向けに例外措置がある状況を説明し、すべての登録品種の自家増殖を規制する改正案が世界で類を見ない内容であると批判した。

 農家の自立を目指す農山漁村文化協会の調べでは、例えば新潟県では、コシヒカリのうち97%がBL品種であり、水稲面積の約85%で登録品種を作付けているという。また農水省が言及しない品目で、例えば北海道の小麦では99%、大豆では86%が登録品種だったとされる。野菜の登録品種数も他品目と異なる算出方法をとっており議論の土台となる統計ではないと批判している(※3)。

 審議で農家の自家増殖を海外流出の原因とする農水省の考えを問題視した篠原孝・衆議院議員(立憲民主党)は、国際条約で農家の自家増殖の例外を設けており、欧米も食料安全保障にかかる主要作物は例外扱いしていると指摘する。また許諾料導入は将来的に多くの農家の農業経営を圧迫すると警告する(※4)。

 

 問題は、こうした改正案の内容が農家自身に周知されていない点にある。東京大学の学生が種苗法に関して農家向けに行ったアンケート調査では、半分以上の農家が判断が難しいと回答した(※5)。筆者の周辺でも種苗法の内容自体を知らない農家がほとんどを占める。

 農水省もそうした状況を理解しているのか、改正案の付帯決議(衆院農水委)では、改正後に農業者が許諾を得ずに登録品種の自家増殖を行わないよう制度見直しの内容について丁寧な説明を行う、という項目が入っている(※6)。しかしこれは手順が間違っているのではないだろうか。付帯決議は、国会の衆・参議院の委員会が法律案を可決する際に、当該委員会の意思を表明するものとして行う決議のことであり、法案ではなく法的拘束力もない。

 一人の農家として悲しいのは、種苗法改正を巡って農家の間でも賛否両論があり、情報が周知されずまた論点が整理されていないことが対立をより深めている現状があることだ。

 日本国内の種子を巡る政策については、2018年4月に種子法が廃止され混乱が起きてきた。国は米・麦・大豆という主要穀物の種子の安定生産を民間に移行していくとして、その責任を放棄した状態が続いている。政権与党は種子法廃止後、種子については種苗法で対応していくと主張した。しかし種苗法には食料の安定供給や生産といった視点はほとんどない。

 今回の改正案の付帯決議(衆院農水委)には、なんと旧種子法の内容が盛り込まれた。その背景には、同法廃止後に生産現場で大きな不安や混乱が発生していることを国も認めていることがあるのだろう(※1)。しかし繰り返すが種苗法は、主に種苗の知的財産権を扱う法律であり、決議の内容自体が改正案の迷走を物語っていると言わざるを得ない。衆院・農水委での議論はわずか7時間のみであった。新型コロナで食料や種子の輸入が不安定化する中で、今後の種子をめぐる政策については、食料の自給も含めた安定供給と生産の視点から慎重に議論することを求めたい。

【引用文献・脚注】

(※1)「種苗法の一部を改正する法律案(第201回国会、内閣提出)について(法案の概要・現状と論点)」衆議院調査局農林水産調査室、2020年11月

(※2)「衆議院農林水産委員会種苗法改正法案参考人陳述」印鑰智哉ブログ、2020年11月12日

(※3)「種苗法改定に異議あり!Q&Aでよくわかる「農家に影響はない」は本当か」『現代農業』農山漁村文化協会、2020年11月号

(※4)「海外大手種苗会社は種のGAFAM化を狙っている- 中山間地域は種の生産振興で活性化すべし」篠原孝ブログ、2020年11月22日

(※5)「種苗法改定「賛成25%、反対15%、判断できない61%」の意味――偏った情報により結論を急ぐ危険性『JACOMシリーズ・食料・農業問題 本質と裏側』鈴木宣弘、2020年11月11日

(※6)「衆院委 種苗法改正案を可決 安定供給などで付帯決議」『日本農業新聞』2020年11月18日

大川雅央「人類の生存、農作物の多様性のために、『農民の権利』を育みたい」『季刊地域』2018,SPRING

http://www.ruralnet.or.jp/s_igi/image/c33_01.pdf

大川雅央「ITPGRと農民の権利」『現代農業』2020年2月号

現代農業編集部「農水省にも種苗業界にも話を聞いたけどやっぱり『農家の自家増殖に原則禁止』に異議あり !」『現代農業』2018年4月号

http://www.ruralnet.or.jp/s_igi/image/gn1804_01.pdf

農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。

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